今後、医学部入学のコスパは本当にいいのか—— 医師が長時間で給与が低い仕事になる日

数年前から医学部人気が過熱し、現在倍率は少し低下傾向にあるものの、高止まりとなっている。志願者数は2014年の14万3145人(文部科学省)を境に緩やかに減少し、倍率も2016年には国公立大学で5倍を割った。

とはいえ、偏差値の上昇傾向が顕著で、難化傾向が著しいようだ。

下に医学部合格ラインの偏差値の1990年と2014年の変化を示したが、どの大学も軒並み上昇傾向で、10以上上昇した大学も珍しくない。

駿台模試での医学部A判定ラインの変化

医学部偏差値

駿台模試での医学部A判定ラインの変化

出典:日本内科学会誌(石原賢一)

筆者の医学部時代を思い返すと、当時医学部に入学する学生は主に、「純粋に医師になりたい人」「親が医師である人」「成績がよかったから医学部に来た人」の3種類がいたように思う。

資格職以外では継続的に就労することが難しいと思われている女性では、「ずっと働きたいから」という人がいたような気がする。そして、長い就職氷河期を経て、「安定した、(ほかの職種よりも)給料の多い職業だから」という動機で入学する人が増え、それが今の医学部人気につながっているように思われる。

「安定しているから」という理由は賢明か

患者の手術をする医者

GettyImages

本コラムでは今後、医学部に入学することが、果たしてコストの点からみて「賢明な選択なのか」ということについて述べてみようと思う。

「医師」という高い倫理観を求められ、かつ「やりがい」のある仕事に対して、「コスパ」という観点からのみ語るのはやや乱暴だし、医師の仕事に魅力を感じ、なりたい人は、コスパにかかわらず目指すのがよいと思う。

しかし、「安定しているから医師になりたい」と考える人にとっては、その選択が本当に賢明であるのかどうか、再考してみる必要があるかもしれない。

日本は近い将来人口減少に転じる。2017年度の国立社会保障・人口問題研究所による推計では、今後100年ほどで、明治時代後期の人口まで急速に減少していくと予測されている(低位推計で2115年には3876万人)。

グラフを見ると、人口がジェットコースターのように急降下していっている。この人口減少の前に、高齢者の割合が顕著に増加する時代がやってくる。

日本の人口の長期的推移

出典:国土交通省「国土の長期展望」中間とりまとめ概要(平成23年2月21日国土審議会政策部会長期展望委員会)

高齢化と医療技術の進歩により、年々医療費は上昇傾向をたどり、大きく減少する兆しはない。

医療費抑制で給料は下がる?

厚生労働省の発表によると、国民医療費は2015年度は42兆円を超え過去最高を記録し、2016年度は微減したが、ほぼ横ばい状態である。増加する医療費に対して、少子高齢化による労働人口の減少で、長期的な税収の増加は見込まれない。現状でも、医療費や社会保障費の増加は国庫の財政を逼迫している。そのため2019年には消費税の10%への増税が予定されているが、国は医療費の増加を食い止め、削減してゆくことを余儀なくされるだろう。

国民医療費・対国内総生産・対国民所得比率の推移

出典:厚生労働省「平成27年度国民医療費の概況」

日本の医療費は、ほかの先進国と比較すると安い部類に入る。

CTやMRIなどの検査の値段は、欧米だと日本の数倍することは珍しくはなく、アメリカでは破産理由として最も多いのが医療費によるものだ。日本の年齢に応じた1〜3割負担では、病院に行っても「医療費が高くて払えない」といった経験をした人は少ないのではないだろうか。

保険診療では、厚生労働省が点数を決めて医療の値段が決定されているが、日本が比較的安い値段で良質な医療を受けることができるのは、時間外労働など医療者の無償労働を含めた献身によって成り立っている部分が大きい。

今後のことは断言できないが、医療費の増加を抑制せねばならない以上、医師の給料が今後増える見込みは、特殊な例を除けばほとんどないと言っていい。

2040年には医師過剰の時代に?

医師になる「コスパ」を考える上で欠かせないのが、医師の需給が今後どうなるか、ということだ。現在でも、医師不足の地域では医師の給与は高騰する傾向があり、都心などの医師が充足している地域では医師の給与は低い。今後医師過剰になれば、医師の給与は下がっていくかもしれない。

厚生労働省は、2018年4月の「医師の需給に関する分科会」で、中位推計で2024年頃に医師は充足し、2040年には医師過剰になると発表している。女性医師や高齢医師の増加も見込んで計算し、女性医師、高齢医師は0.8をかけて試算したという。

だが、この通りに充足することになるのかどうか、筆者には確信がもてない。

試算に使用された男性医師(=1)の週あたり労働時間がかなり長く(当直は通常勤務時間に含まないので、当直以外の通常勤務の時間)、短く見積もった場合で週55時間、中間で60時間、長くて80時間だという。現状このぐらい働いている医師は多いが、平均的な子育て中の女性医師や高齢医師が、週44時間の労働をこなすことは考えにくい。

また今後は、働き盛りの男性でも子育てなどの事情で仕事量を減らす人も出てくるかもしれない。

この推計には、働き方改革による平均的な医師の労働時間減少も補正されているとのホテルことだが、詳細は明らかにされていない。

ただ実際に医師が充足するのは試算よりも後で、医師過剰になるのももっと先だとしても、国の財政的な事情により、医師過剰ではなくとも医師の給与は減っていくだろう。そうなると長時間労働で、なおかつ低い給与、という、介護の現場に類似した構造になる可能性もある。

忙しく、給与が低い「報われない」業界になる可能性

医師の需給推計(暫定)

出典:厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会第19回医師需給分科会資料」(2018年)

忙しく、なおかつ給与が低い、という「報われない」業界になる可能性もある医師の世界。

しかし、多くの医師を目指す若者にとっては、お金が目的ではないだろう。

国立大学の医学部では年間授業料は50万程度(現在53万5800円、入学金28万2000円)なので、ほかの学部と変わらないコストで医師になれる。利子なし奨学金の返済をしたところで、多くの金銭的見返りを考えないのであれば、それほどコスパは悪くないのかもしれない。しかしながら、「家が建つ」と言われるほど高い授業料の私立大学医学部はどうだろうか。

私立の医学部に入学するのは、支払いが可能な層が大半だと思われるが、無理して入学すると、コストの回収は今後厳しくなる可能性がある。医学部の倍率が近年緩い低下傾向にあるのは、少子化に加え、一般の文系などの学部を出た学生の就職状況が改善し、その層が流出したのと、日本の医療業界の将来性を憂う層の動向が影響しているかもしれない。


松村むつみ:放射線科医、医療ライター。ネットメディアなどで、医療のことを一般の人たちにわかりやすく伝えることを心がけて記事を執筆。一般の方の医療リテラシーが高まることを希望している。人口問題や働き方など、社会問題にも関心が高い。

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