サッカーW杯ロシア大会1次リーグ最終戦でポーランドに0対1で敗れたものの、日本は2大会ぶり3回目の決勝トーナメント進出を果たした。
日本は後半終盤、負けているにもかかわらず、ボールを自陣で回し続けた。セネガルーコスタリカ戦の結果に自らの運命を委ねたことに、国内外で賛否が分かれた。
開幕前の低評価を覆し、決勝T進出を決めた西野ジャパン。西野監督の思い切った采配に賛否両論が交錯する。
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「勝つ可能性を1%でも追い求め」
朝日新聞デジタルによると、BBC電子版は元選手の「最後の10分の両チームの行動は恥ずかしかった。決してW杯では見たくないものだった。茶番になった」というコメントを報じたという。
筆者にも、SNSで「恥ずかしい試合」「代表の試合、あれでいいのか」「危険なギャンブルだ」といった感想が寄せられた。
賭けではあった。
日本がボールを回している間にセネガルがゴールを決めたら、突破はかなり難しくなったはずだ。「自分たちの運命を相手任せにするなんて」とリスクをとった戦法は批判された。
だが、もしあそこで攻めにかかってカウンターを食らい2点目を献上していたら、果たしてどんな反応だったか。
「なぜ攻めたのだ?」と批判されたに違いない。
そんな「微妙すぎる突破」は、みんなの度肝を抜いた。
ふと思い出すのは、強化委員長だった西野朗さんを監督に抜てきした田嶋幸三さん(日本サッカー協会会長)の言葉だ。
「日本が勝つ可能性を1%でも2%でも追い求めていきたいから、西野さんにお願いした」
20試合レッド・カードゼロという計算
ポーランド戦では、スタメンを6人交代させた。先発した岡崎慎司は後半、負傷退場した。
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西野さんはJリーグで270勝挙げた歴代最多勝監督。頭の中には、きっと自家製の「勝率算盤(そろばん)」がある。それはスタッフの分析やデータを組み合わせてはじき出されるのだ。
例えば。
後半3分の岡崎の負傷退場で、恐らく西野さんのそろばんは計算をし直したはずだ。交替で大迫を出したが、疲労が残る彼には難しい状況であることは分かっていたと思う。サッカーで、得点のにおいがしない・するという表現があるが、後半の日本代表にそのにおいは漂ってこなかった。
そして、後半33分頃に飛び込んできたコロンビア先制の一報。
西野さんのそろばんは最後の勝率を並べ、そのなかでもっとも高かったのがあのやり方だった。
しかも、あの「リスク法」の準備もなされていた。手倉森コーチから選手らに試合前日、「カードはなるべくもらわないように」と指示されていたという。
日本はポーランド以上に「コロンビアーセネガル戦」を分析していたのではないか。
西野さんは、仲間を信じる人である。 分析班の「読み」を信頼したのだろう。
なにより、W杯レッドカード・ゼロ連続試合を記録更新中(20試合)である選手を信じた。われわれにはハイリスクに見えても、彼にとっては「一番確実な方法」だったのだ。
日本サッカーの新たなチャレンジ
ポーランド戦終了後、日本代表メンバーからは「こういう勝ち方もある」というコメントが漏れた。
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他方、「そもそもなぜ先発メンバーを6人も入れ替えたのか。ベストメンバーで戦うべきだった」という声もあった。
あるサッカー評論家は「次の試合で負けたら、この試合の最後10分に選択したことも含めて全て無駄となる」と述べていた。
そうだろうか。
私は、試合前に先発メンバーを見たとき、「西野さんは日本サッカーに新しいページをつくろうとしている」と感じた。
日本が決勝トーナメントを見据えメンバーを入れ換えるのは、W杯出場6度目にして初めてのことだ。突破がよほど盤石なケースや、上位進出を狙える実力国は先の戦いを見据えて戦力を整えるが、今までの日本にその余裕はなかった。
日本のサッカーにとって新しいチャレンジだった。
その意味で西野ジャパンは、「新たな経験」という未来への手土産を持って日本に帰れる。
GK川島がいく度かファインセーブで失点を防ぎ、自信を取り戻せた。本来なら休ませたい柴崎は出さざるを得なかったが、日本の心臓もラスト十数分は体力を消耗しなくて済んだ。
南アフリカ大会でベスト16に導いた岡田武史さんが先日、テレビの解説中に語っていた。大会前に練習をしたくても、ドクターから「まだ疲労が抜けていない」と止められたと。
「見た目元気だから、いいだろうと言っても、まだ内臓疲労が残っているって言うんだよ。頑として言い張るから、それを信じて休ませた」
今回も、試合会場によって気温差や環境差の大きいロシアの地で、コンディショニングスタッフは個々の選手をつぶさにチェックしている。これまでの5大会のように3試合を同じメンバーで戦い切ったとして、世界ランキング3位のベルギーや11人そろったコロンビアと勝負できる力が残っているか。ポーランド戦前には、そんな見極めもあったはずだ。
「真実は結果の中にしかない」
戦法の是非について語った長谷部の言葉が、全てを言い当てている。
奇跡は緻密な準備と作戦の成果
ポーランド戦後、西野監督は会見で「究極の選択だった」と述べた。
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思えば、西野さんは「マイアミの奇跡」の時も、超守備的戦術で臨んだことをバッシングされた。が、この時も、「それが最も現実的な方法だと考えた」と答えている。
今回もまた「談合」「逃げた」と責められたが、本人は「究極の選択だった」と述べている。失敗すれば全て責任をとる覚悟だったと思う。だからなのか、経営者の間では西野支持派が多いと聞く。ハイリスク・ハイリターン。まさしく捨て身の判断だった。
22年前。スポーツ紙記者時代に、遠征先の豪州で西野さんを取材したことがある。アトランタ五輪を見据えた強化合宿に帯同していた。
代表チームが宿泊していたホテルのロビー。白い椅子、ピンクっぽい壁紙、中庭、晴れて抜けるように青い空。さまざまな風景を思い出す。
今は解説者となったコーチの山本昌邦さんも一緒に応じてくれた。広報がいなかったので、恐らくウイットネスとして同席したのだろう。
日本勝利のキーマンに、伊東輝悦(現J3アスルクラロ沼津)の名前を挙げた。10番をつけていた前園真聖でもなく、すでにエースだった中田英寿でもなく。
そして、丁寧に教えてくれた。
「これからのサッカーは、今まで司令塔と言われたトップ下ではなく、ボランチが重要になる。前のプレッシャーがきつくなるから、ボランチが試合をつくるようになる。そうやって試合をつくりながら、機を見て前に飛び出して得点にも絡める。テル(伊東)にはそういう役割をしてほしい」
そして、マイアミの奇跡が訪れた。
ゴールを決めたのは、ご存知のように伊東だった。
その伊東、「奇跡ではなく(勝利は)必然だった」と述べている。監督の緻密な準備と作戦の成果だった、と。
2022年を見据えた道づくり
決勝T進出が決まり渋谷の街頭に繰り出すサポーター
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「監督の仕事は試合前に終わっている。綿密な準備と作戦の用意が監督の仕事だ」
そう語ったのは、日本代表元監督のイビチャ・オシム氏だ。
スポーツライターの田村修一さんが書いたウェブコラムで、オシムさんは「西野のことはよく知っている」と前置きして、こう述べている。
「チームは(コロンビア戦の)勝利で自信を得ることができたはずだ。次の試合でどうなるか注目しよう。1試合だけですべてを判断すべきではないから。だが、コロンビアはどうでもいい相手ではない。その相手に対し日本はサッカーにおけるしっかりした『知性』を見せることに成功した。それこそが大事なことだ」
西野ジャパンは、日本のサッカーがどうあるべきかを示している。
スピードでも、パワーでも、技術でもなく、知性(インテリジェンス)こそが、日本が世界に伍していくための必須アイテムだと。
知将・西野監督には、1度のW杯で契約が終わる外国人監督とは異なる「ミッション」があった。
日本のサッカーの未来へ道をつくることだ。
2018年大会で新しいチャレンジを体験した上に先のステージに進めるのは、日本サッカーの未来を明るく照らしだす。
16歳の久保建英や、レアル下部組織にいるピピこと14歳の中井卓大らは、次の2022カタール大会では20歳と19歳。フランス代表で今大会エース級の活躍を見せる19歳のキリアン・エムバぺのように、彼らものしあがってくるだろう。その次のW杯、カナダ・メキシコ・アメリカ3カ国共同開催の2026年大会はさらに飛躍できるはずだ。
西野さんは今も、こころは強化委員長のままベンチにいるのだと思う。
(文・島沢優子)