20代、30代転職者の退職金はなぜこんなに低いのか——終身雇用崩壊でも変わらぬ制度

若いサラリーマン

希望に燃えて入社し、将来退職する日のことなど考える余地もない……若いうちはそんなものだと言いたいところだが、古き良き時代の日本ではもはやない。今から考えておかないと、後から大変なことに。

REUTERS/Issei Kato

半年後に今勤めている会社を辞めたら、退職金をいくらもらえるかご存知だろうか。

会社のイントラネットで探してみたら、実は退職金に関する規定が定められていなかった、あるいは、初めて規定を読んで条件や内容にガッカリ、というのはよくある話だ。退職金を計算してみたらあまりに安くて、退職する気が失せたという話もときどき聞く。

「ウチの会社は退職金が高いと聞いていたが、勤続10年までは1円ももらえないと知ってショックです……」(28歳、医薬系ベンチャー)
「勤続3年で6万円。馬鹿にするなと思った」(27歳、元大手商社)
「確定拠出年金の場合、中途退職だと1円も引き出せないことを、退職願を出してしまってから知りました」(32歳、元大手SIer)

人事コンサルタントの視点から客観的に評価すれば、退職金制度は基本的に若者に冷たい。そして、将来さらに冷たくなる。終身雇用制度が崩壊した今、退職金に期待して会社にしがみつく考えを持った人はあまり多くないと思われるが、それでも今後のビジネスキャリアを考えていく上で、退職金制度について理解しておくことは間違いなくプラスになる。

退職金制度は日本固有のシステム

退職金、つまり退職時のボーナスは、ほとんど日本独自の報酬システムである。欧米では、社員の老後のための年金積立に会社が協力する制度が一般的で、退職時にボーナスをもらえるのは役員などごく上層部に限られる。日本のように多くの従業員が対象となる制度(厚生労働省の調査によると全企業のうち75.5%が導入している)は世界でも稀有だ。

日本の退職金制度は、係数型、ポイント制など会社ごとに独自の制度が用意されているように見えるが、実は根底にあるロジックはあまり変わらない。「1年ごとに、その年の給与1カ月分増やしていく」という考え方が基本で、給与が月20万円の時は年20万円、月30万円の時は年30万円、退職金が上積みされる。

結果として、一般的なサラリーマンであれば、新卒から定年まで働いて退職した場合、2000~3000万円を受け取ることができる。定年後の必要生計費を8000万円とし、公的年金6000万円で足りない分を退職金で穴埋めすることで、老後の安心を保障する。そんな考え方に基づいて、多くの会社が退職金を支払ってきた。だからこそ、社員の方も漠然とした安心感を抱いてきた。

勤続10年、20年でも転職者に厳しい制度設計

就職面接のイメージ

新卒時も転職時も、面接や就労条件の説明時に退職金制度について詳しく説明を受けることはほとんどない。しかし、そこに落とし穴が……。

Shutterstock

しかしこの退職金制度、転職する若者には冷たい。まず支給条件がシビアである。勤続3年未満の退職にはゼロという企業が大半だ。

新卒採用偏重の我が国では、会社と従業員はミスマッチな状況からスタートするという考え方が根底にある。最初は会社も従業員もお互いに我慢し、双方の努力によって歩み寄りミスマッチを解消していく。言ってみれば、お見合い期間が必要なのだ。したがってその間のギブアップは我慢不足とみなされ、そこまで積み上げた退職金は没収される。「盗人に追い銭」はいらないというわけだ。

3年以上勤めた社員に対しても、退職金制度はまだまだ厳しい。一般的なサラリーマンが10年目で転職する場合、前節の計算に基づいて、360万円程度の退職金を受け取れるはずだ。ところが実際の平均支給額を見ると、180万円程度と半分近くまで減額されている。

なぜかと言うと、転職市場での価値が高い30代や、専門性を習得した後、その成果を発揮する期間の転職者(勤続25年未満)には、退職金を大胆に減額する計算式が設定されているからだ。少子化で人材獲得競争が激化するなか、社員を引き止めたい企業にとっては合理的な判断と言える。一部の企業では、これまで以上に減額率を高める制度変更も進んでいる。

退職金は廃れ、年金制度が主流に

転職しながらキャリアを形成していくスタイルが一般的になった今、ここまで説明してきたような若手に厳しい退職金制度の弊害が、一部顕在化してきている。

「40代のエンジニアを積極的に募集しているが、実はこれから定年まで勤務してもらっても退職金は1000万円ほどにしかならない。年齢的に前職の退職金は(新卒から転職していないケースでも)900万円程度だから、合計すると1900万円。当社に新卒で入って定年退職する場合のモデル退職金は3200万円なので、だいぶ開きが出てしまう。新卒と中途の間で老後生活にけっこうな格差が出ることになるが、見て見ぬふりをせざるを得ない」(大手電機メーカーの人事部長)
「中途退職を防ぐ視点から減額率を高くする必要はあるけれども、プロパーの定年退職者以外の老後はどうでもいいと割り切るわけにもいかない。本来、仕組みの抜本的な見直しが必要なのだが……」(大手製鉄会社の人事部長)

政府は、転職者の老後生計破綻が増えることを予見し、「確定拠出年金」の導入拡大を急いでいる。(積み立てた年金資産を)転職しても60歳まで通算し続ける方式なので、従来の退職金制度をこの確定拠出年金中心に置き換えることで、確実に老後資金が確保できる。ただし確定拠出年金の場合、中途退職時には1円も受け取ることができない。退職時のボーナスではなく、あくまでも老後生活のための年金制度なのだ。

「想定外の退職」を考えたことがあるか

悩める若いサラリーマン

人生何が起きるか分からない。希望しないタイミングで退職を迫られることもある。

REUTERS/Yuya Shino

人手不足時代ゆえ、会社は中途離職を防ぎたい。国は転職者の老後の生活を守りたい。いずれも当然のことだが、結果として若者がもらえる退職金は減っていく。定年まで同じ会社で勤め続けるキャリアのあり方がどんどん稀有になっているにも関わらず。

若いのに退職金を当てにする発想が間違っている、と思う人もいるかもしれない。本当にそうだろうか。

我々はキャリアアップの時だけ退職するわけではない。会社の急激な業績悪化や、自身の健康問題や家族の都合など、思わぬ退職も十分にありうる。そんな想定外の退職が必要になった時、一時的な窮状を支える生活費として退職金を当てにできなくなる、と考えたらどうだろうか。

退職金制度を導入している企業はこの10年で12%も減り、これからも制度を廃止する企業が増えるだろう。退職金制度がない企業に勤めているあなたは、老後資金の積み立てをしていないことを忘れてはならない。社会が裕福で、いざという時に家族や親族が何とかしてくれるお金を持っていた、過去の日本ではもはやないのだ。


秋山輝之(あきやま・てるゆき):株式会社ベクトル取締役副社長。1973年東京都生まれ。東京大学卒業後、1996年ダイエー入社。人事部門で人事戦略の構築、要員人件費管理、人事制度の構築を担当後、2004年からベクトル。組織・人事コンサルタントとして、のべ150社の組織人事戦略構築・人事制度設計を支援。元経団連(現日本経団連)年金改革部会委員。著書に『実践人事制度改革』『退職金の教科書』。

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