中国でも激戦就活。新卒AI人材に875万円の初任給——「普通の学生」は薄給インターンから

eスポーツを学ぶ中国の学生たち

新たな成長産業である「eスポーツ」とそのマネジメントに関して学ぶ学生たち。四川省の成都にて。中国では大学で即戦力を育てる。

REUTERS/Tyrone Siu

「中国での仕事は本当に大変ですよ」

こう嘆いたのは、中国大手IT企業で広報として働く張さん(仮名)だ。筆者の現地取材に丸1日同行してくれたのだが、休憩時間にお茶を飲んでいると、ぼそぼそっと愚痴を言い始めた。

張さんは1年前まで大手新聞社に勤務、退職後に自媒体(SNS上でニュースや読み物を提供するメディア)を立ち上げたが失敗。今の会社に転職したという。

待遇はいいし、暮らしは豊かになった。

張さんだけではない。鄧小平が主導した改革開放から40年、中国は世界第2の経済大国へと成長。この間に1人当たりGDPは30倍弱にまで上昇した。

それだけ生活の質も向上したが、「楽になった」という実感はないようだ。特に都市部では中産階層は仕事のノルマと物価上昇に追いまくられ、ストレスフルな生活を余儀なくされている。

「競争が激しくて、結果を出さないと生き残れないんです。成績を出せない社員を切って新陳代謝を図るのは珍しい話じゃありません。中国では給料に占めるボーナスの比率が高いんですけど、これも成果給。マンションの値段はがんがん上がっていて、相当稼がないと買えない。夢のマイホームは遠のくばかりです」

成果を出した分だけ見返りがあり、業績を出せないとあっさりクビになる。中国にもゴリゴリの市場原理が導入されたわけだ。

実は、働き出してからだけではなく、就職前から個人の市場価値がきっちり測定されてしまうのが今の中国だ。さまざまなパターンがあるが、今回は都市部の4年制大学の卒業生を想定してご紹介したい。

人工知能専攻はやっぱり引く手あまた

中国の就職相談会

河南省の鄭州大学で2017年11月に開かれた就職相談会の様子。表面的には日本とほとんど変わらない。

REUTERS/Stringer

日本企業ではオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)が一般的だ。素質ある人材を採用し、時間をかけて自社で鍛える。だから現在の力よりも将来の伸びしろを見る。

しかし、中国ではサクサク転職するのが当たり前。即戦力しか価値を持たない。日本流に「学生時代は部活で頑張りました」などとアピールしても、「それが仕事の役に立つわけ?」と見向きもされないだろう。

そんなわけで、人気の専門分野を名門大学で学んだ学生たちは引く手あまた、なおかつ最初から好待遇だ。2017年に広東省深セン市で行われた就職説明会では、人工知能(AI)専攻の新卒生に初年度50万元(約875万円)もの高額給与が提示されたと話題になった。ただしその話にはオチがあって、AI専攻の学生たちはすでに青田買いされた後で、説明会にはほとんど来なかったそうだ。

どんな専門分野を学べば就職しやすいかは、メディアがこぞって取り上げる人気コンテンツとなっており、さまざまなランキングが発表されている。就職しやすさのランキングでは、コンピューター・エンジニアリング、エネルギー・動力エンジニアリングなど工学系科目が上位を占める。人文・社会科学系でも財務管理、マーケティングなど実学分野が強い。

中国では実学重視の教育が行われているため、大学の専門分野がそのまま仕事に結びつくことが多いようだ。

「普通の学生」は薄給のインターンで修行を積む

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陝西省西安市で大学入試をモニター監視するスタッフたち。名門大学、有力企業への道は険しい。

Wang Jian/Xi'an Evening News via REUTERS

一方、名門大学出身でも人気の専門分野専攻でもない普通の学生にとっては、中国の就活はひたすらツラいばかりだ。専門知識どころか働いた経験すらなく、他人と差別化する武器を持っていない。どうにか自分の価値を底上げしようと必死な彼らは、長期インターンで仕事の経験を積むのが定番だ。給料は激安だが、我慢するしかない。

自分の価値を高めるもう一つの方法は、学歴のアップグレード。大学院に進学し、修士号や博士号を取得する。海外留学するといった手法で差別化を試みる。ただし、大学院進学者や海外留学経験者が増えすぎたため、こちらの神通力も衰えは隠せない。

日本では割と有効な手段となる資格取得だが、中国ではさほど重視されない。就活に有利になる資格は基本、英語だけ。他の資格は結局のところ戦力としての評価につながらないので、企業も学生も軽視しているのが現状のようだ。

公務員、国有企業への就職も最近は厳しい

ガツガツした競争に放り込まれた中国の学生たちだが、安定した職に就きたいと思う者も少なからずいる。彼らが目指すのが公務員、国有企業だ。「親方日の丸」ならぬ「親方五星紅旗」に頼りたいという寸法だ。

ところが、現実はいずれも狭き門。2018年度の公務員試験の申し込みが始まっているが、倍率は数十倍から100倍超えが当たり前となっている。

さらに、国有企業は民間に倣って成果主義を導入することを決定。2018年5月に公布された「国有企業給与決定メカニズム改革に関する意見」は、成果に応じて社員の給与を増減させるよう求めている。

習近平政権発足後、反汚職運動や贅沢禁止令などの締め付けが厳しくなって、のんべんだらりの幸せな生活という状況はすでに失われつつあったが、その傾向に今後さらに拍車がかかりそうだ。

職を得たのに、戸籍と住宅を得られない事態も…

アリババグループのジャックマー会長

世界のアリババグループは中国でももちろん最高の人気を誇る企業の一つ。写真はテルアビブ大学で講演中のジャック・マー会長。

REUTERS/Amir Cohen

では、競争に挑む中国の学生たちに人気の企業はどこだろうか?今最も景気がいいのはやはりIT業界。日本でもよく知られるアリババグループやテンセントなどの大手は人気の的だ。

ただし、東京一極集中の日本とは異なり、大陸規模の広がりを持つ中国では、どの企業で働くかだけでなく、どこで働くかという選択も同じくらい重要な意味を持つ。この点を踏まえないと、中国の就職事情を正確に理解することはできない。

日本で有力企業に就職しようと思えば、勤務先(少なくともその本社)は、東京、名古屋、大阪の三大都市圏にある程度限られてくる。しかし、中国ではいわゆる「一線都市(北京市、上海市、広州市、深セン市)」以外にも有力企業が多い。どの企業で働くかという選択は、どの都市に住むのかという選択と不可分一体なのだ。

深セン市内のマンション

深セン市の繁華街に所狭しと立ち並ぶ住居用マンション群。価格高騰が続いている。

REUTERS/Bobby Yip

そうした複雑な判断の決め手となるのは、戸籍と住宅だ。

以前と比べれば要件は緩和されたが、中国では戸籍の移動が難しい。北京市や上海市などの大都市では特にハードルが高いため、そこで職を得たにもかかわらず戸籍を得られないことがある。そうなると、社会福祉サービスを受けられなかったり、子どもが公立学校に通えなかったり、将来問題に直面する可能性が高い。

また大都市で働く場合、不動産価格が高騰しているため、一生で最大の資産となるマイホームを買えない可能性も出てくる。そうした問題があるから、中国の学生たちは必ずしも大都市の大企業を選ぶわけではないのである。

そしてこの問題に目を付けたのが、中国の地方都市だ。イノベーションが経済成長の推進力とされる今、地方都市はいかに多くの高度人材を獲得できるかを競っている。

そんな中で2018年春に、陝西省西安市が話題を集めた。学生証さえあれば30分で即時戸籍を発行するアグレッシブな制度を3月22日に発表したのである。その後わずか3日間で1万5000人もの西安戸籍取得者が誕生。うち修士号以上が332人、4大卒が6107人だった。西安市は戸籍以外にも家賃補助、住宅購入補助、創業支援策など、人材獲得のためのさまざまな優遇制度を導入している。


高口康太(たかぐち・こうた):ジャーナリスト、翻訳家。 1976年生まれ。二度の中国留学を経て、中国の経済、社会、文化を専門とするジャーナリストに。雑誌、ウェブメディアに多数の記事を寄稿している。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか —— 人気漫画家が亡命した理由』『現代中国経営者列伝』。

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