米メディア、クオーツの買収を発表するユーザベース・梅田優祐社長。
撮影:木許はるみ
ニュース・キュレーションと独自の経済記事を配信するニューズピックス(NewsPicks)を傘下に置くユーザベースが、アメリカの新興ビジネスメディア、クオーツ(Quartz)を親会社のアトランティクメディア(Atlantic Media)から買収する。ダウ・ジョーンズ社と提携し、アメリカ市場での事業拡大を目指しているニューズピックスが、本格的にビジネス基盤を固めていく。
今回の買収額は7千5百万ドル〜1億1千万ドル(約83億円〜122億円)の見込みで、買収は今後1カ月で完了するという。2012年にサービスを開始したクオーツには現在、100人ほどのジャーナリストを含む215人のスタッフが所属。月間平均、2000万人以上の読者が、アプリやニュースレター、動画などを経由してクオーツにアクセスするという。
ユーザベースは、上場企業などの財務情報を提供するプラットフォーム「スピーダ(SPEEDA)」も運営しており、データとニュースの両面でユーザー数を拡大してきた。
クオーツの記事によると、買収後、クオーツのブランドネームと編集チームは継続され、「グローバル・ビジネスニュース」としてのブランドを築いていくという。
2016年10月に東証証券取引所マザーズ市場に上場して以来、時価総額を1000億円近くまでに拡大してきたユーザベースは「グローバルな経済メディア」を目指していく。クオーツの買収を発表した2018年7月2日、ユーザベースの梅田優祐社長にBusiness Insider Japan統括編集長の浜田敬子が話を聞いた。
浜田:クオーツ(QUARTZ)買収、驚きました。いつ頃から考えていたんですか?
梅田:半年ぐらいですね。最初にコンタクトしたのは2017年11月ぐらい。NewsPicks(以下、NP)をアメリカで展開していく中で、日本と同様、プラットフォームからメディア、のところがキーになると思っていて。
浜田:オリジナルコンテンツということですか?
梅田:はい、日本でも佐々木(前NP編集長、現CCO)が来てくれて、オリジナルコンテンツができたのが成功要因の一つだったので。
アメリカもベストな人にこだわっていました。30人ぐらいのリストを作って、コンタクトをとって、その中にクオーツの共同創業者であるケビン(・デラニー)とジェイ(・ローフ)もいました。
僕がNPを始めたのが2013年。2012年に創刊したクオーツには非常にインスパイアされていました。クオーツは最初にジャーナリズムとモバイルをくっつけたメディアなんですね。本物のジャーナリズムはそれまでもオールドメディアにあり、webメディアはブログが中心でした。 彼らのデザインにも非常に影響を受けました。当時次世代メディアの在り方を考えるときに、象徴的な存在でした。
クオーツの読者が喉から手が出るほど欲しかった
グローバルに出ていく上で、買収は必要だったと語る梅田社長。
撮影:松本幸太朗
浜田:日本ではゼロからメディアを立ち上げられましたが、今回はすでにあるメディアを買収したのは?
梅田:人材をヘッドハントする方法と、買収してしっかりニュースルームを作るという両方の可能性を見る中で、クオーツにはまずはコンテンツ提供の事業提携から、というつもりで話していました。
そのうちこの2人以上の人はいないだろうなと。アメリカでもアプリUIなども含めてコンテンツをどうユーザーに届けるかということを考えられる人は少ない。
ケビンはそれをクオーツ創業以来、ずっとやってきていた。 なおかつ彼らはブランドも、読者も持っている。この読者というのがNPがグローバルに出ていくうえで、喉から手が出るほど欲しかった。だったらチームごと我々と一緒になってもらうのがいいんじゃないかと考えて、買収の提案をしました。
浜田:すんなり先方はOKしたんですか?
梅田:最初は会うことも難しかったんですね。メールも無視されるし(笑)。日程調整の段階でメールが返ってこなくなるとか。たまたまうちのUSチームの人間がイベントに登壇したケビンを捕まえて、SPEEDAとNPを見せたんです。プロダクトを見ることで、「それなら会ってみようか」となったんです。
ちょうどその頃、彼らも課金ビジネスを考えていたんですね。現在、収益は広告モデルですが、それでは安定性がないと感じていた。NPは日本でこれだけ課金ビジネスで実績とノウハウがあるから一緒にやろうと。
それで彼らのオーナー、アトランティックのデイビット(・ブラッドリー)と会食したんです。その時に今後5年間で、クオーツを売却する意思を持っているとわかった。彼は現在65歳で70歳までに自身のビジネスを全て次のオーナーに引き継ぐと決めていたんです。
そのうちAtlantic マガジンは昨年、スティーブ・ジョブズの奥さん(ローレン・パウエル)に売却し、クオーツは3年後ぐらいの売却を考えていた。最初の会食で買収の意思を確認できたので、僕はすかさず、僕が次のオーナーになる可能性はないですか、って聞いたんですけども、そこでは濁されてしまったんです。
NPの課金モデルにクリアなアイデアと自信がある
クォーツ買収によって、世界中に広がる彼らの編集部との共同企画も考えているという。
撮影:木許はるみ
浜田:翻意させるまでにどのぐらいかかりましたか?
梅田: 2、3カ月ぐらいですね。上手くのらりくらりされたので、クオーツのジェイとケビンにNPと一緒になりたいとデイビットを説得してもらったんです。
2人には具体的な統合案を提案しました。こういう風に統合すればクオーツは次のステージに行ける、という姿がクリアに描けて、その場でお互いワクワクしているのが分かった。 2人がデイビットに提案した後、彼の右腕から電話がかかってきました。「まずは事業提携から始めないか」「ユーザベースの現状から、とてもクオーツを買えないのでは」という内容でした。
彼らがなぜ当初は売却を渋っていたかというと、まさに課金ビジネスを始める転換期で、転換後に新しいメディアを作って売却する方が従業員にもオーナーにとってもいいんじゃないかという考えだったんですね。 そこで僕は「転換期だからこそ一緒にやる意味があるし、それを逃してはいけない」と説得しました。
NPが作ってきた課金モデルに僕はクリアなアイデアと自信を持っている。クオーツはずっと成長しているんですが、2017年に一度業績が下がった。彼らは、2018、2019年の数字が出てから売却したいと思っていたんですね。僕は目の前の数字よりも、クオーツの人材や読者、カルチャーの方が重要だった。
浜田:NPにとってはクオーツの北米の読者とコンテンツが手に入りますが、クオーツにとってはNPの課金モデルが魅力的だったと。
梅田:課金とコミュニティーですね。
フェイクニュース問題機に米市場で認知アップ
ニュースピックスの広告が表示される六本木駅。
撮影:木許はるみ
浜田:彼らはアメリカでのNPは意識していましたか?
梅田:多少意識していたのではないかと思います。NPからの流入が増えてきていることも分かっていて。
本日(7月2日)公開の資料で初めて公開しましたが、アメリカのNPの数値は、日本で始めたときの2倍のペースで成長しています。エンゲージメント率も日本の数値を超えている。それが今自信につながっています。
浜田:アメリカはニュースをSNS経由で読む人が多く、アプリをダウンロードしてもらうのは難しいですよね。なぜ米市場でNPはこんなに広まったんですか。
梅田:広告も打ちました。読み始めて読者の7日間継続率が30%を超えたら広告を打っていいサインなんですね。
これだけのスピードで広まったのには複合的な要因が絡んでいて、ユーザーさんがコメントするときに、同時にシェアし、日本と同じサイクルができあがった。NP USの社長のイアン(・マイヤーズ)が、Facebookのフェイクニュース問題を解決するニュースアプリという文脈で、3回ほどテレビに取り上げられたんです。その時はアプリランキングもトップ10近くまでいきました。
浜田:具体的なクオーツとの統合案ですが、日本版のオリジナルコンテンツの課金内にクオーツのコンテンツが入るんですか。
梅田:はい。クオーツの取材網があることは、日本版にも恩恵があると思っています。アメリカ取材で企業トップの取材をする場合、向こうでブランドがあることは強みになる。NPが日本版だけの時は難しかった。 クオーツのコンテンツを日本版にどう提供していくのかは、来週佐々木もニューヨークに行って話し合ってきます。
浜田:北米だとブルームバーグやロイターを競合として意識していますか?
梅田:日本と同様に、まずは読者がニューズピックス上でウォールストリートジャーナルやブルームバーグを読めるようにしようと思っています。
課金モデルを他メディアに開放していく
会見の登壇者。左からニューズピックスCCOの佐々木紀彦氏、梅田優祐氏、クオーツCFOとなる太田智之氏。
浜田: NPはメディアのプラットフォームとコミュニティとオリジナルコンテンツ、この3つから成り立っていますが、プラットフォームでは他メディアと協業し、オリジナルコンテンツという点では競合ですよね。その辺りが分かりづらい。プラットフォーマーとして他メディアとはどう協業関係を築いていこうとしているんですか。
梅田:トラフィック(をオリジナルサイトに戻すこと)で貢献するだけでは、FacebookやTwitterでもできるので、それ以外も考えています。
我々がユニークであるのは課金モデル。ウォールストリートジャーナルとも課金のレベニューシェアをしています。なので、課金モデルを作っていくということが我々ができる道だと思っています。
浜田: 課金モデルを他の日本のメディアにも開放していくということですか。
梅田:可能性はあります。これまで無料メディアが多かったので、我々からはトラフィックを返すという関係しかなかったんですけれども、今アメリカでも課金の流れが非常に強くなっていっています。ネットフリックスと同様、オリジナルコンテンツを作りながら他のパブリッシャーの方達と協業できるプラットフォームを作るしかないと思います。
浜田:梅田さんはNPの課金モデルは世界に通用すると。
梅田:我々は読者がコミュニティを形成し、さらにそこで課金をしていくという仕組みをメンバーシップファネルストラテジーと呼んでいるんですけれども、このモデルは、今までFacebookやTwitterなどのSNS、それぞれのメディア、Yahooニュースなどのプラットフォームとバラバラだったものを一つの世界観にしたということです。
自分だったらどんなものが欲しいのか
浜田:それを梅田さんはどのように思いついたんですか。
梅田:試行錯誤しながら見つけてきました。常に自分がユーザーだったらどのようなものが欲しいかということだけを考えて。
当初オリジナルコンテンツを作ることは全く考えていなくて、課金モデルを作らなければ、ということは何となくわかっていました。広告モデルは非常に危険で、これからは課金モデルを中心にしていかなければと。
最初は東洋経済の雑誌をPDF化したものを契約して載せさせてもらっていたのですが、 全然課金契約してもらえなかったんです。どうして課金ユーザーが増えないのかなあと思いながら、帰りにコンビニでふと「ブルータス」を買っている自分がいて。やっぱりコンテンツにお金を払っているなと思ったんですよね。
アメリカでの課金モデル制作チームは、9、10月ごろに結成予定だという。
撮影:木許はるみ
じゃあスマートフォンの世界にお金を払ってでも欲しいコンテンツがないだけだんだなと思って、そこで佐々木に声をかけてスマートフォンに特化した、お金を払ってでも見たいコンテンツを作ろうというところに、たどり着きました。
この5年間は次世代のメディアのモデルとして、デファクトスタンダードを見つけて、 それを証明していく5年間だったと思います。これからの5年間は、NPはまだ70%の成長率で来ていますので、この成功モデルを世界に広めていくことに費やしたいと思ってます。
浜田:日本のNPはコンテンツ課金と広告の売り上げは半々ぐらいですが、その比率は今後も維持していく予定ですか。
梅田: 最近はコンテンツの外部販売もしています。この前の「MAKE MONEY」というビジネスコンテストは NTTドコモに権利を売ってます。コンテンツメーカーとして、我々が外部のプラットフォーマーと協業していくことも始めています。
浜田:梅田さんが意識しているメディアとは?
梅田:我々はビジネスパーソンが日々意思決定していく中でその土台になりたい。今まで日経が日本のビジネスパーソンの意思決定に影響していたと思いますが、NPもそんな社会的公器にならなければと思っています。
浜田:数値的な目標を挙げるとすれば?
梅田:それは明確に掲げていまして、5年以内にアメリカも含めて有料会員数100万人、アクティブユーザー数(MAU)で1000万人ですね。クオーツの読者は40%が北米以外なので、このバランスで読者を広げていくことが大切かなと思います。
日本はカルチャーも言語も違うので今の延長線上でやっていく。ただコンテンツを共有して共同取材するという企画はすでに始まっています。
今回の買収で非連続の成長を成し遂げなければいけません。これまでの5年間で作り上げてきたものを、これからの5年間で一気に世界に広めていく、2023年までにそれを実現しようというというのがクオーツと決めた大きな目標ですね。
梅田優祐:ユーザベース社長、ニューズピックス代表取締役、NewsPicks USA,LLC Exective Chairman。戦略系コンサルティングファームのコーポレートディレクション、UBS証券投資銀行本部を経て、2008年に新野良介、稲垣裕介両氏とユーザベースを創業。