4年縛りは独禁法に触れる? 大手キャリアを悩ませる公取委「報告書」

公正取引委員会 外観

撮影:今村拓馬

公正取引委員会(以下、公取委)は6月28日、「携帯電話市場における競争政策上の課題について」という報告書を公開した

公正取引委員会 ホームページ

公開された「携帯電話市場の競争政策上の課題について(平成30年度調査)」。

出典:公正取引委員会

公取委では、2年前にも同様の報告書を公開しているが、既に2年が経過。フォローアップするという狙いがあり、報告書の作成に着手、有識者会議にキャリアやMVNOなどを呼ぶ形で、市場の問題整理に当たった。

今年の報告書は、キャリアの実施してきた様々な販売施策に対して「独占禁止法上問題となる恐れ」や「景品表示法上問題となる恐れ」が指摘されるなど、厳しい内容となっている。

キャリアとして見れば、あらゆる販売施策にメスが入れられ、八方塞がりの状態に陥ってしまったかのようだ。例えば、「独占禁止法上問題となる恐れ」と指摘されたものには、以下の例がある。

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※1 MNOとは:
MNOはMobile Network Operatorの略で、キャリアのことを指し、日本ではNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクがこれに当たる。

※2 MVNOとは:
Mobile Virtual Network Operatorであり、キャリアから回線を借りてサービスを提供する会社。日本では「格安スマホ」が別名のようにつけられているが、必ずしも「MVNO=格安スマホ」というわけではない。

つまり、「端末の大幅値引き」「MNO(キャリア)による端末の下取り」「2年縛り」「4年縛り」「SIMロック」といった、キャリアのあらゆる販売施策に“待った”がかかった。公取委ではこうした販売施策により、MVNOなどがMNOとの公平な競争ができないという懸念から、「独占禁止法上、問題となる恐れ」をチラつかせてきた形だ。

公取委の「メス」に戸惑う大手キャリア

auピタットプラン

総務省の声に応える形で登場した「au ピタットプラン」。

出典:KDDI

この報告書を受けて、キャリア関係者からは戸惑いの声が聞こえてきた。

あるキャリア関係者は「公取委の意図が見えてこない。彼らは何がやりたいのか」とボヤいた。キャリア側からすれば、総務省や公取委の意向に沿って、新しいプランを導入してきた背景もあるだけに「総務省や公取委の言ったとおりにやったら、また怒られた。どうすればいいのか」というのが本音なのだろう。

例えば、KDDIが昨年導入した「ピタットプラン」は1GBからの従量制プランとなっているが、これは総務省が言い続けてきた「あまり使わない人でも安くなるプランを提供すべし」という声に答えた形となっている。

しかし、キャリアとしては、こうした安価なプランとともに、端末の割引を同時に提供するというのは難しくなる。そこで、ピタットプランでは端末の割引は適用されないという立て付けになっている。

総務省では「通信料金は安くしろ。端末の大幅値引きも見直せ」としているが、まさに、それが実現した形だ。

KDDIの田中孝司社長(当時)も、在職中に「従量制を実現するには、通信と端末を分離させたプランにせざるを得ない」 と言っていた。総務省は長らく分離プランを望んでおり、結果として、KDDIが総務省の意向に応えたことになるのだ。

しかし、これでは、ユーザーの負担が増すことになる。iPhone Xならば10万円以上の端末代金をそのまま負担しなくてはいけないからだ。

そこで、強化されたのが、KDDIであれば「アップグレードプログラム」、ソフトバンクは「半額サポート」という販売方法だ。

例えば、KDDIの「アップグレードプログラム」は、端末代金を24回払いに設定。12回分、支払えば、新しい機種に変更できるというものだ。このアップグレードの適用は、使っている機種の回収が前提となる。

工夫の末、キャリアが考え出した「48回払い」の是非

ソフトバンク 半額サポート

ソフトバンクの「半額サポート for iPhone」。

出典:ソフトバンク

ただ、これでも毎月の端末代金の負担は、高性能な機種であれば端末代の分だけで5000円以上にもなってしまう。そこで、考え出されたのが48回払いという設定だった。これにより、月々の支払いは24回払いに比べて半分となり、ユーザーにとっての負担はぐっと軽くなる。

48回払いの場合も、24回支払えば、次の機種に変更が可能だ(この時も使っている端末は回収となる)。

この「半分、割賦を支払えば次の機種に交換できる」というメリットをわかりやすく伝えようと、キャリアが「機種代金が最大半額」と言い出したばっかりに、「誤解を招く」と公取委に睨まれてしまったわけだ。

ただ、このアップグレードプログラムは、ユーザー側から見れば金銭的な負担が少なく、新しい機種に変更できるという大きなメリットがある。また、メーカーとしても、48回払いをされてしまうと、新しい機種を購入するのが4年に1回となり、それだけ売上が落ちる恐れが出てきてしまう。

しかし、半分支払えば新しい機種に乗り換えてくれるとなれば、メーカーにとっても、2年に1回もしくは1年に1回、購入してくれるだけに、安定した売上を期待できるようになる。

1年に1回、新製品を発売するアップルにとってはありがたい仕組みだ。

公正取引委員会 図版

公正取引委員会の指摘する「4年縛り」の例。

出典:公正取引委員会

だが、このアップグレードプログラムの「落とし穴」は、一度、契約してしまうと、そのキャリアを辞めにくくなるという点にある。4年縛りどころか、半永久縛りといえるようなものであり、公取委はその点を問題視している。

アップグレードプログラムは1年もしくは2年(iPhoneの場合は6カ月も可)で新しい機種に交換できるが、その際は、使っている端末が回収されてしまう。また、アップグレードプログラムを継続して契約する必要がある。つまり「辞めたくても辞められない状態」に陥り、これが解約抑止につながる。公取委がいうところの「他の事業者の事業活動を困難にさせる場合」に当てはまることになる。

shop

ショップ店頭の売り方にも新たな影響が出て来そうだ。

撮影:小林優多郎

確かに「半永久縛り」とも言える内容なのだが、KDDIとしては、アップグレードプログラムをメインとして推しているものの、従来の料金プラン、端末割引が適用される販売方法も残している。消費者は2つの買い方から選ぶことができるわけだ。

ただ、2つの買い方が選べることは消費者にとってメリットである一方、「どちらを選んだらいいか、わからない」と、消費者を惑わす状況も生み出してしまう。

KDDIとしては総務省に言われた通りにピタットプランという「使い方に応じて請求額が変わるプラン」を新設し、さらに「端末代金の負担が減るような新しい買い方」を作り、消費者を惑わさないように配慮して、新しいプランと買い方をメインに訴求したら「アップグレードプログラムのスキームそのものが公取委に問題視」という悲しい結末が待っていたというわけだ。

今回の公取委の報告書により、キャリア側としては何らかのアクションを求められるだろう。公取委はすぐに独占禁止法でキャリアを攻めてくることはしないだろうが、いつまで猶予期間があるのは不透明だ。

例年9月には、新しいiPhoneが発売となる。今年も9月に新機種が発売される可能性は極めて高い。3キャリアが一年で最も激しく競争する時期となる前に、キャリアは公取委対策を打ち出す必要があるだろう。

関東地方は早くも梅雨が明け、本格的な夏が到来したが、キャリアの料金施策担当者には、公取委から厳しい夏休みの宿題を課されたしまったようだ。

(文・石川温)


石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。

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