アドビ本社アドビリサーチ訪問記 —— Adobe Senseiによる、クリエイターの圧倒的変革を見た

adoberesearch

アドビリサーチの公式サイト。

シリコンバレーは機械学習や人工知能の開発合戦の様相を呈しており、当然人材獲得の競争も熾烈だ。機械学習技術者が、その企業でどんな活躍ができるのか、いかに興味を持ってもらうのかが重要であり、秘密主義で知られるアップルですら、研究論文をウェブサイトで公開している。

Amazon Alexa、Googleアシスタント、Apple Siri、Microsoft Cortanaなど、直接対話ができる音声アシスタントにはだんだんキャラクターがついてきた。そんな中でもインパクトが大きな人工知能が「Adobe Sensei」だ。

Adobe(以下アドビ)は、PhotoshopやPremiereなど、業界標準的なクリエイティブソフトウェア「Adobe Creative Cloud」を開発する企業として知られている一方で、買収したOmnitureが持つデジタルマーケティングツールを発展させた「Adobe Experience Cloud」が売上高の25%を超えるという意外な側面もある。

今回、アドビ本社を訪ねる機会があり、Adobe Senseiの技術を活用した機能の一部を見てきた。毎年秋に開催しているクリエイティブのイベントAdobe MAX、春に開催しているAdobe SUMMITの取材を通じて、なぜいまアドビに注目すべきかを探った。

Adobe Senseiはクリエイターから仕事を奪わない

業界標準的な画像編集ソフト、Photoshop CCには、すでにAdobe SenseiのAI技術がふんだんに盛りこまれている。

例えば、写真にたまたま映り込んでしまった電柱を選択して「コンテンツに応じて削除」機能を使うと、その電柱が消え、周りに馴染んだ背景が自動的に補完される。写真から魔法のように電柱を消すその作業時間は、5秒に満たない。

今までであれば、画像を拡大して注意深く電柱だけを選択して削除し、周りに馴染むように色を塗らなければならなかった。腕利きのクリエイターでも少なくとも5分はかかる作業だったはずだ。1枚だけなら手作業で良いが、100枚の写真から電柱を取り除かなければならないとなると、話が変わってくる。

Adobe Senseiによって、ソフトの使い方や技術に精通しているかどうかは競争差異として小さくなり、より根源的な表現や発想が重要となってきたのだ。

AIが生み出される「アドビリサーチ」潜入

DSCF5812

アドビリサーチのテクニカルリサーチアーティスト・伊藤大地氏。

こうした技術は、アドビ社内の研究開発によって生み出される。その現場が、Adobe Research(アドビリサーチ)。製品への採用にかかわらず、さまざまな技術について調査・研究する部門だ。

自身もクリエイターとして制作に携わるアドビリサーチのテクニカルリサーチアーティスト・伊藤大地氏が、カリフォルニア州サンノゼにあるアドビ本社でアドビリサーチの内部を案内してくれた。

この研究所の前身は、1988年に立ち上がったAdvanced Technology Groupだった。製品チームは新バージョンを適時、確実にリリースする事が目的であり、およそ1年半の製品サイクルに追われていた。

そこで製品チームと切り離し、2〜5年後に実装されるだろう技術を研究開発する専門部隊を立ち上げた。現在ではアドビリサーチとして、米国のサンノゼやサンフランシスコ、シアトル、そしてインドを拠点として活動をしている。

ここで、最新の取り組みを見せてもらった。

動画から物体を消す「Project Cloak」

projectcloak

Project Coakを実行しているところ。ポールが見事に消えている。下の動画では、ムービーとして実際に見事に消えているところが見られる。

「Project Cloak」のデモ動画。

「Project Cloak」(プロジェクトクローク)は、前述の「写真から電柱を消す」仕組みをビデオに適用した技術だ。ビデオは1秒に24コマ、30コマ、あるいは60コマの写真が並べられているようなものだ。連続的な動きの中でも瞬時に消したい物体を消せるようにする技術は、ビデオ制作の現場で重宝される。

もちろん、単純に静止画の技術をビデオに適用するだけでは、消した箇所が浮いてしまうため、前後のフレームを見ながら自然に処理する必要がある。これを解決するため、膨大な写真や映像を学習しているAIの活用が求められる。

白黒画像をカラー化する「Project Scribbler」

DSCF5813

Project Scribblerのデモ。写真はアインシュタインの顔写真を着色したところ。

また、「Project Scribbler」(プロジェクトスクリブラー)では、白黒の画像に色を付けるAIだ。驚かされるのは、肌の色を正確に判断することができる点だ。黒人を描いた線画のイラストの肌の部分を違和感なく表現できるのは、膨大な枚数の写真の学習(教師データ)から、顔の構造的な特徴と肌の色を関連付けることができたからだ。

taro

ちなみに、筆者のTwitterアイコンに適用してもらったのがこちら。

目的特化AIは、成長が早い

アドビリサーチの伊藤大地氏

伊藤大地氏のオフィス周辺の様子。社内外の色々な人のスケッチが飾られていたのが印象的だった。

Adobe Senseiは、人工知能、機械学習フレームワーク、クリエイティブインテリジェンス、コンテンツインテリジェンス、エクスペリエンスインテリジェンスが組み込まれた存在だと、伊藤氏は説明する。

クリエイターが行う表現の処理や、コンテンツ理解、またユーザー行動の分析などのデータを蓄積し、これらの処理を得意とするAIと考えて良いだろう。そのことから、Adobe Senseiが我々の生活一般を支えるような汎用的な存在を目指していないことは分かる。

しかし、それが強みでもあることを、グーグルが説明してくれる。

グーグルは2018年の開発者会議、Google I/O 18で、いくつも、人工知能や未来のコンピューティングに関するセッションを用意していた。汎用的な人工知能「AGI」(Artificial General Intelligence=汎用人工知能)を目指すグーグル自身が、その実現は数十年後であることを予測し、何かに特化したAIの方が素早く発展することを生かした開発を行っていると明かした。

アドビは、クリエイティブのAIでは、業界随一の存在と言える。クリエイターが日々、どんな作業をしているかを理解し、Adobe Senseiはこれを学ぶことができる。人間のマネが、AI進化の最も効率的な手法であることを、グーグルも説明する。

クリエイターの所作に加え、膨大な写真やビデオなどのデータを学習させてきたアドビ以上に、クリエイターのことを理解し役立つAIを作り出せる存在はいないのだ。

たしかにグーグルもアップルも、写真に何が写っているかを理解する機械学習モデルは持っている。しかしその写真をどう撮影し、どのように加工して創作に生かすかは知らないのだ。

異なる目的特化AIが手を取り合う場

アドビのAIの強みは、とことん現場主義である点だ。クリエイティブの現場、マーケティングや体験デザインの現場で起きていることを理解し、これに合わせたAI開発に取り組むことで、急速な成長と実用性を獲得している。

そんなAdobe Senseiの中のAI同士が手を組んだら何が起きるか。それを示してくれたのが、アドビリサーチでのデモ、「Video Ad AI」だった。

テレビ以来、映像の広告には非常に長い時間が費やされている。いかに見てもらい、伝わるコンテンツを作るかがポイントだ。しかし現在はテレビ意外にもYouTubeやインスタグラムといった新しい映像メディアがあり、場所や視聴者によって、正解となる映像が異なるのだ。

そこでアドビは、マーケティング分析のAIとクリエイティブのAIを活用し、各メディア向けに最適な映像を作り出す仕組みを生み出したのだ。

旅行の広告映像をVideo Ad AIにかけると、映像を分析し、ビーチ、人のクローズアップ、夕日、最後のメッセージと、映像に含まれる要素を分析する。

一方、マーケティングデータでは、これらの映像の中身やメッセージが好まれるターゲットを見つけ出す。こうして、ビデオがどれだけの視聴者に見てもらえるのかを割り出すことができる。

しかしそのターゲットがインスタグラムを通じて映像を見ることを好む場合、映像が長すぎるとその効果が弱くなる、というマーケットデータがある。そこでビデオに必要な要素を残しながら、自動的に短いバージョンのビデオを用意し、インスタグラム上での動画広告の効果を最大化するのだ。

before

解析したところ。インスタグラムの評価(Watchability)が低く、バーが赤く表示されている。インスタグラム向きには適切ではない可能性が高い動画、ということになる。

after

Senseiが最適化したところ。編集を加えたことで、Watchabilityが大幅に改善された。

このようにして、目的の異なるAIが連携し合いながら、人間の感覚をはるかに超えた予測を元に、コンテンツを作り出す。そうして作られたコンテンツが、マーケティングに長けたAIによって、適切なタイミングとターゲットに届けられる。

アドビが取り組んでいるクリエイティブから体験までをカバーするクラウドサービスの各所にAdobe Senseiが入り、お互いを結びつけていく未来は、我々がどのようにAIとともに仕事をするか、という1つの姿を表現してくれる。

AIのサポートにより、クリエイターはマーケティングの現場で求められる制作に素早くたどり着き、マーケッターはより効果的なコンテンツをクリエイターに提案できるようになり、お互いに効率的かつ精度の高い仕事ができるようになるだろう。

(文、写真・松村太郎)

ソーシャルメディアでも最新のビジネス情報をいち早く配信中