米中貿易摩擦で損するのはどちらか —— 「簡単に勝てる」と言うほど甘くない

今までのところ、2018年の金融市場で最も大きなテーマは、トランプ政権の保護主義政策ないし貿易戦争への懸念であろう。

トルンプ米大統領

「貿易戦争は良いことで、簡単に勝てる」とトランプ大統領は以前、ツイッター上で発言している。

REUTERS/Leah Millis

慣れてきているのか市場の反応は徐々に鈍くなっているが、トランプ米大統領の口を突いて出るフレーズは、着実に過激さを増している。

5月下旬、ムニューシン米財務長官が貿易戦争の停戦を示唆する場面もあったが、すぐにうやむやにされ、米政府は6月15日、中国の知的財産権侵害への制裁措置との名目で、500億ドル分の中国製品に25%の追加関税を課す方針を発表している。

まずは7月6日(米東部時間未明)に340億ドル分(818品目)の追加関税を課し、残り(160億ドル、284品目)は中国の出方次第で決めるという。当然、中国政府はアメリカ製品に同額の報復関税を課すことを表明しているが、トランプ大統領はこれに対しすぐさま、新たに2000億ドル規模の中国製品に10%の追加関税を課す方針を検討するよう、米通商代表部(USTR)に指示している。

これらの動きを受け、中国政府も米企業の対中投資に関する許認可制限や中国人旅行客らのアメリカへの渡航制限など、貿易に限らない広範な分野への報復を示唆している。

文字通り、報復合戦である。

貿易赤字を企業の赤字と錯誤するトランプ大統領

アメリカを訪れる中国人観光客

アメリカ・ワシントンD.C.を訪れる中国からの観光客。

REUTERS/Jason Reed

実際のところ、米中貿易摩擦で損するのはどちらなのか。

かつて、トランプ大統領はTwitter上で「貿易戦争は良いことで、簡単に勝てる」と発言したことがある。恐らく「関税をかければたくさん輸出している国が困る」という発想があるのだろう。

トランプ大統領は貿易収支の黒字・赤字を企業収益の黒字・赤字のように錯誤している節があり、「先方(中国)の輸出(売上)を制限すれば、痛手に違いない」という発想をいかにも好みそうである。6月19日、対中強硬派として知られるナバロ国家通商会議(NTC)委員長は会見で、「(報復の連鎖で)中国の方が失うものが多い」と発言しているが、これもまさにトランプ政権のスタンスを象徴した発言と言える。

政権内では、ムニューシン米財務長官やクドロー国家経済会議(NEC)委員長がこうした偏った政策スタンスにブレーキをかけたいようだが、ナバロ委員長やライトハイザーUSTR代表がこれに対峙する構図が定着しており、大統領も後者寄りゆえ、現状に至っているのだと思われる。

中国が多くのアメリカ製品に対して課している関税率は、アメリカが同等の中国製品に対して課している関税率よりも高いという事実もあり、大統領一派のタカ派スタンスが完全に的外れとも言えない部分があるのも悩ましいところである。

利敵行為になりかねないトランプ政権の姿勢

米国の旅行収支

図表①

「関税をかければたくさん輸出している国が困る」

この発想が真実を突いていれば確かに中国は痛手である。2017年の実績を例に取れば、財貿易に関し、アメリカの中国からの輸入額が5063億ドルであるのに対しアメリカから中国への輸出額は1304億ドルであり、貿易赤字額は▲3759億ドルに達している。輸出への高関税が相手の失点(こちらの得点)になるのだとすれば、トランプ政権の政策は大成功だろう。

しかし、現実はもっと複雑だ。

関税で輸出は減るかもしれないが、その場合、中国で生産してアメリカへ輸出しているアメリカ企業はどうなるだろうか。制裁関税はそうした在中のアメリカ企業の経営を直撃するだろう。また、中国の消費者を相手に財・サービスを提供しているアメリカ企業はどうなるだろうか。

このまま貿易摩擦がこじれた場合、かつての日本車がアメリカで経験したように、アメリカ製品への不買運動などに発展する可能性はある。スターバックスもマクドナルドもナイキもその対象になろう。

一方、アメリカの消費者を相手に財・サービスを提供している中国の企業はさほど多くない。結局、トランプ政権の通商政策は巡り巡って中国企業への利敵行為にもなりかねない面がありそうである。

同様に、「アメリカにおける中国人観光客」ほど「中国におけるアメリカ人観光客」はいない。

つまりサービス収支における旅行収支は、圧倒的にアメリカが黒字であり、これも反米感情の高まりを受けて減少する可能性がある。図表①に示されるように、過去10年でアメリカの対中旅行収支黒字は、10倍以上に膨らんだ。インバウンド受け入れも外貨(黒字)を稼ぐという意味で立派な「輸出」なのだが、アメリカ第一主義の下で外国人排斥志向が強いトランプ大統領には、理解する余地のない論点かもしれない。

世界にあふれる「Made in China」

米国の対中輸入

図表②

また、周知の通り、「Made in China」は世界中にあふれており、アメリカとて例外ではない。中国製品に高関税をかけた場合、アメリカの消費者が被る悪影響について政権内でどの程度までシミュレーションされているのだろうか。

例えば、2017年のアメリカの中国からの財輸入のうち、最も大きなシェアを占めたのが13.9%で携帯電話、2番目が9.0%でPC、3番目が6.6%で通信機器と続き、このほか玩具、衣服、家具などが上位につけている(図表②)。要するに「生活に密着した財」がほとんどだ。

しかも、こうした「各財の中国からの輸入金額」は、「各財の世界からの輸入金額」の過半を占めており、例えばアメリカの輸入する携帯電話やPCの70%弱は中国からである。ちなみに家具や玩具などに至っては70~80%だ。

こうした計数を見る限り、中国製品にかかる関税を引き上げることで、アメリカの家計部門が被るインフレ圧力が相応に大きなものになることは想像がつく。これは、2018年11月の中間選挙や2020年の大統領選挙で勝利を目指すトランプ大統領にとっても望むところではないだろう。

「良いものを安く」が難しくなる

対中関税の状況

図表③

なお、こうした家計部門への影響については、トランプ政権も心得ているようだ。他国に斬りかかったとしても、やり過ぎて「返り血」を浴びることは避けたいのだろう。

ピーターソン国際経済研究所の分析によれば、今回の500億ドル関税について7月6日から課税される第一リスト(The first set)では資本財が43%、中間財が52%とほぼ全てを占めており、消費財はわずか1%にとどまっている。

しかし、USTRは4月3日にも中国に対し25%の追加関税を賦課するリスト(500億ドル相当)を公表しているが、この時の課税対象は資本財43%、中間財41%、消費財12%だった(図表③)。5月中旬に開催された対中関税に関する公聴会などに鑑み、消費者利益を重視した課税配分になったことが読み取れる。

「貿易戦争は大統領にとってディール(交渉)材料の1つ」という解釈はおそらく適切なのだろうが、相手の出方が完全に読めない中で追加関税の執行に手を付けざるを得ない事態も今後は出てこよう。そのような段階に至っても、まずは家計部門ではなく企業部門が犠牲になるよう配慮している様子が、こうした動きから見て取れる。

トランプ大統領は今さら自由貿易を支持できない立場にあろうから、こうした微妙な力の加減を織り交ぜながら各国との折衝を重ねていく場面は今後も増えそうである。

しかし、対症療法的な修正を入れ込んだところで、いずれ家計部門への被弾も避けられまい。自由主義ではなく保護主義に傾斜した時点で、自国での生産が得意ではない(比較優位ではない)財・サービスも自前で供給しなければならなくなる。「良いものを安く」の状況は必然難しくなる。

米中貿易摩擦の敗者を中国と決めつける論陣の危うさは、本欄で見たアメリカの貿易統計の現状を整理するだけでも十分感じることができる事実だ。少なくとも決して「簡単に勝てる」というほど甘い問題ではないことは確かである。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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