かつて「タイムマシン経営」と言えば、それは多くの場合、アメリカ、特にシリコンバレーの成功パターンを日本に持ってくることを指していました。
ところが、いまや「シリコンバレー to 日本」だけでなく、「中国 to 日本」でもタイムマシン経営は成立する時代になった、と主張する人がいます。
中国などアジア各国を拠点に、クラウド運用やコンサルティングサービスを提供する創業21年のベンチャー、クララオンライン代表取締役社長の家本賢太郎さんです。
「これからのタイムマシン経営は中国 to 日本である」という言葉の真意、日本人が持つべき「中国から学ぶ」というマインドについて、家本さんに持論を伺いました。
ターニングポイントは日中関係が最悪だった2012〜15年
——クララオンラインさんと中国との関わりの始まりは?
弊社は1997年に創業し、今年で21年目になります。中国本土に進出したのは、2006年でした。
サーバホスティング事業で大連に出ていったのですが、このときは結局、1円も回収できないまま1年で撤退。それでも、「中国は必ず伸びる」という手応えはあって。「海外のネットサービスをシャットアウトしているこの特殊な環境を考えると、インターネットも独自の仕方で発展を遂げるだろう。やり方を変えて必ず戻ってくる」と決めました。
再び中国へ進出することになったのは、1年ほど間を空けて2009年から。日系の大手電気通信事業者へのOEMという形で現地でサービスを始めました。おかげさまである程度数字がついてきて、現地に人を置けるように。そこで次に、日本企業が中国に進出する際に必要なネットインフラ構築の支援を開始しました。
とはいえ2009年といえば、まだ中国のインターネット市場が本格的に成長する前。「大変だね」「苦しいね」という時期がしばらく続き、ようやく「先が見える」となったちょうどそのころ・・・「尖閣諸島国有化の問題」が出てきてしまいました。
ビジネス環境はガラッと変わり、日本企業の駐在員たちが軒並み帰っていく。成田と北京を結ぶ路線の飛行機にはたった3人しか乗っていない、みたいな状況で。それこそわれわれも、「撤退するか」「不測の事態が起きたとき、どうやって社員を引き揚げさせるか」といったことを取締役会で真剣に議論していたんですよ。
——どんな決断を下されたんですか?
あのころはまさに中国のインターネットが伸びている時期で、中国という国自体も大きく変わっている時期でした。ですから、お客さんに「なんとかやらせてもらいたい。一緒にやりましょうよ」ということをお願いして、踏みとどまることができました。
結果的に、この日本と中国との関係が最悪だった2012年から2015年の間に、中国のインターネットはものすごく伸びたんです。モバイルインターネット利用者の数で言えば、2011年には約4億2000万人だったのが、この3年間で約6億2000万人へと、1.5倍近く増加しました。
あのとき現地に踏みとどまり、実業を通じて中国のインターネットというものを知ることができたから、今のわれわれがあります。逆に言えば、あのとき日本企業が中国から離れていったことで、その後の中国のインターネット、中国という国そのものの発展を、正しく理解する機会が失われたのです。
独自の発展を遂げた中国のインターネット
——先ほどおっしゃっていた、「中国のインターネットは独自の発展を遂げるだろう」という点について、詳しく教えてください。
みなさんがなんとなく知っているであろうレベルでいうと、フェイスブック、グーグル、インスタグラムが使えないということがありますよね。このこと自体、いろんな見方ができると思いますし、中国政府がそうしている理由は一つではないと思いますが、中国のインターネットを語る上では「より重要な観点」があります。
それは、もちろん少数民族も含めればいろんな言い方ができるものの、「北京語という単一言語で、7億人が同じタイムゾーンにいる」というインターネット環境です。これは、あらゆるタイムゾーンにいる人たちが、英語以外にもさまざまな言語でインターネットを使っている、他の国々とは明らかに異なります。
しかもこの「7億人」というのは、日本人のようにまずアナログの電話回線で、次にADSLで…というステップを踏んできたわけではなく、それまでインターネットを使ったことがなかった人たちが、ある日突然、スマホを持ち出し、「今日からこの人たちがインターネットユーザーです。7億人います」という世界。
日本人が20年かけて踏んできたステップを、こんなにもすっ飛ばしてきた国というのは他に想像できません。あるとすれば、今後のアフリカくらい。これが、日中の大きな違いだと思います。
——そのようにステップを飛ばして発展すると、何が違ってくるんでしょうか?
国民の変化に適応するスピードです。
例えば、日本では「プロ野球チップス」や「ビックリマンチョコ」など50年におよぶエンタメの歴史が積み重なって、日本人のDNAに「集める」という意識が刻まれました。その上で出てきたのが、今日のカードを集める形式のスマホゲーム、という側面があると思います。
ところが中国の場合、ほんの10年くらい前の統計を見ても、「土日に何をやりますか?」という質問に対する一番の答えが「公園でBBQをする」で3、4割を占めていました。カラオケボックスやゲームセンターが出てきたのはここ5年くらいの話。つまり、ほんの少し前までエンタメがなかったんです。
そこに「インターネット」という、とんでもなく何でもできそうなものが突如として現れ、スマホゲーム以外にもさまざまなエンタメが一気に誕生し、国民が受け入れ、急速に広がっていった。これが、今の中国の状況なんです。
この変化への適応力は、もちろんインターネットの登場だけが理由ではありません。中国では昔から、「スピードを求めなければ生きていけない」という大前提が、中国人全員の中に共通してあります。日本人の「5カ年計画」のような感覚はまったくないんです。
これはおそらく、地政学的なことが関連しているのだと思います。中国5000年の歴史の中で、何年も先のことをのんびり考えていて、自分たちの領土を守れていた時期なんてなかった。ぼんやりしていたら外敵に滅ぼされてしまうという歴史をずっと繰り返してきたので、ビジネスにおいても、同じ商売を長く続けようという意識がそもそもないんです。
ですから、なんとかして結果を出すために積極的にリスクを取ろうとする文化もありますし、仮にダメだったとしても、「中国広し」とばかりに北京がダメでも広州で、といった具合にチャンスはいくらでもありますので、そもそもベンチャーやインターネットのような新しいビジネスに向いている土壌というものは、間違いなくあったのだと思います。
Eコマースにしてもゲームにしても、今すごくうまくいき、国として勢いがあるのは、単に「人口が多かったから」ではないんです。
ルールありきではない、浄化作用が働く中国市場
——日本人の中には、中国人の商売気質やスピード感は認めても、品質やオリジナリティーについては懐疑的な見方もあります。
コンテンツなどクリエイティブの面でも、以前は海賊版ばかりでしたが今はなんとか世界に追いついてきている状況です。
ここが中国の面白いところなんですが、例えば、会社Aと会社Bが海賊版をやっていると、後からきた会社Cは、「むしろ公式ライセンスを海外から買ってきたほうが、AとBをまとめて潰せる」というふうに考えるんですね。結果として市場がきれいになる。こうした「浄化のプロセス」が中国にはあるんです。
政府がいくら「海賊版をなくそう」と言っても世の中からはなくならないけれど、市場の原理にまかせていると、自然ときれいになっていく。結果、中国人はみんなきちんとライセンスを買って、動画コンテンツを楽しんでいるんです。
もちろん100%きれいになるということはありませんが、90%くらいはそうなります。こうしたプロセスが、だいたいどの業界でも2年くらいのペースで進みます。日本では「中国は偽物が多い」という話になりがちですが、少し俯瞰して見ると違った見方ができるんです。
——なるほど。
他にも、中国ではこの1年、自転車のシェアリングビジネスが盛り上がっているのはご存知かと思いますが、この領域でも同じく浄化のプロセスが起こり、巨大な市場ができあがりました。
日本では「自転車が何万台も乗り捨てられて大変なことになっている」などと報道されていますが、あれは中国が意図してやっていること。「中国は本当に頭がいいな」と思うのは、最初はこのようにしてルールを作らずに門を開けておき、たくさんのプレイヤーに入らせることです。
すると、プレイヤー間で自然と強弱がつき、資金供給能力もついているので、1000億円を調達したところが勝ち、みたいなスケールにまで市場が育ちます。そうなって初めて門を閉め、規制を厳しくする。門をくぐり抜けた人の中で、市場をきれいにするためのルールを議論して、結果、コンプライアンスにもきちんと配慮した企業だけが生き残っていくことになります。
同じ現象は、3、4年前にタクシーの配車アプリでも起こりました。一時は100を超す配車アプリが乱立したのですが、中国ではタクシーがとてもつかまりにくく、そうした中に「追加で20元支払うと運転手を呼び出せる」といった機能を設ける会社が現れたんですね。そこから激しいビット合戦になって、プラス20元、プラス100元… と際限のない釣り上げが起こりました。
ここでも中国政府は、一旦自由にやらせておいて、「ユーザーはどこまで払うのか」と観察するんです。その上で規制をして、20元に抑える。日本だと、いくらまでなら上げていいかをまず議論して、規制を作ってから、となるじゃないですか。そこが、明確に違うんです。
タイムマシン経営で中国から何を持ち込むべきか
——そうした中国のインターネットの状況と、家本さんが「中国 to 日本のタイムマシン経営が可能だ」とおっしゃるのには、どのような関係がありますか?
「タイムマシン経営」といえば、日本企業がシリコンバレーにたくさん駐在員を派遣したり、ファンドなどを通じて現地の情報を集めるというのがこの10年の大きな流れでした。けれども本来、その対象がシリコンバレーだけである必要はないですよね? そもそもお金には色がないわけですし。
ここまでお話してきたような中国のベンチャー企業というのは、必ずしも中国のことだけに精通しているわけではありません。彼らはもうだいぶ前から大量の留学生をアメリカやEUに送り込んでいて、その世代が母国に戻ってきて、こうした企業を支えているんです。
なおかつ、学歴は一つの目安でしかないかもしれませんが、彼らは中国で修士まで行って、その上でダブルマスターで欧米へ、という脳ミソを持った人たち。つまり、グローバルな感覚を分かっていて、それでもなお中国でチャンスを掴もうという人たちが、母数として相当数生まれているんです。
だとすれば、中国と日本は地理的にも近いわけですから、「彼らが考えている発想の中から、ひょっとしたら日本にも還元できるものがあるんじゃないか」と考えるのは、むしろ自然なことではないでしょうか。
——優秀な中国人が考えたサービスを日本に持ってこよう、ということでしょうか。
いいえ、そうではありません。先ほどお話した通り、中国では一旦ルールなしでやってみて、その上でルールを作って整備するという段取りで進んでいます。特にシェアリングエコノミーの世界はそうでした。このやり方は、日本でやりたくても、絶対にできないでしょう。
ルールなしの初期段階だけを見ると怪しい企業、サービスは山ほどあります。しかし、ルールが整備された1年後くらいに生き残っている “洗練された” ものを研究し、少し形を変えさえすれば日本に適用できるものもあるのではないか、ということ。私が言いたいのは、中国のサービスを輸入しましょうということではなく、「考え方の問題」です。
しかし、日本人の多くは、中国に対していまだに「上から目線」が抜けないところがあるように映ります。一方で、アメリカに対しては「下から目線」が抜けていない。けれども、少なくとも21世紀前半を生きる私たちの世代は、そろそろそうした目線を外して考える必要があるのではないでしょうか。
そもそも、人間同士の関係というのはフラットだと思いますけれども、ビジネスで考えてみても、人件費が中国のほうが安いなんてことはもはやないし、それこそ英語能力でいえば中国のほうがはるかに優れた人のボリュームが大きい。ビジネススキル的にもすごい人はたくさんいます。
であれば、お互いに尊敬し合える関係を築き、ただし、手段としては中国ではたくさんの先進的なサービスが生まれるのだから、その中から勉強させてもらいましょう、ということです。
リアルな中国が知りたければ現地、源流を抑えるべき
——日本人が「上から目線」のバイアスを外し、リアルな中国を知るために必要なことはなんでしょうか?
一つは、最新のニュースを中国語で読めるかどうかだと思います。日本にいては情報の距離が遠いですし、日本語メディアの中国に関する情報は誤訳・誤報だらけなので。だから、原文を読む。また、中国の場合はそもそもメディアに出るまでにいろんなフィルターがかかってしまうので、当事者とのミーティングやカンファレンスに顔を出す、とか。
——情報の源流を抑えるのが大事ということですね。
はい。弊社では毎月3、4本ほど、中国の情報の無料のレポートをお配りしていますが、やはり新聞やテレビだけでは、中国のリアルな話は伝わってきません。
例えば、「中国では野菜ジュースを売っていない」ってご存知でしたか? フルーツジュースは山ほどあるけれど、野菜ジュースには売り場も、そもそも野菜ジュースという概念もない。一方で、「野菜を摂らなければいけない」という自覚はあって、摂取量を見てみると成人が一日に必要と言われる350グラムには足りているんです。みんな頑張って、炒めて摂っているんですね。
これにはもともと、中国では低温・定温物流がうまくいかなかったから、炒めるしかなかったという背景があります。けれども、そういう背景を知らない日本のメディアが報じると、ともすれば、「中国人は野菜の摂取量が足りていない」と、日本人に受け取られてしまうことだってあります。
もっと言えば、「中国」とひとくちに言っても、北と南で離れすぎていて、スーパーで売っている野菜の色も違うんですよ。北のエリアは葉物が多く採れるので、スーパーの野菜売り場も緑っぽい。逆に南はカラフルになります。
「中国」とひとくくりにしてしまうと、こうした間違いがいろいろなところで起きてしまうんです。北京は北京、上海は上海。あれだけ大きな国ですから、都市、街ごとで語るべきなんです。
——「よし、中国から学ぼう」と思った人は、まず何からすべきだと思いますか?
現地に行くべきだと思います。出張で北京へ行くとしても、現地を車で移動して、レストランで北京ダックを食べて、というだけでは何も分かりません。大事なことは、ローカルのバスや地下鉄とか、スーパーもカルフールやコストコではなく地元のスーパーや商店を使って初めて見えてくるものがあります。
そして、住んでみるべき。これはシリコンバレーにしたって同じだと思いますが、ネットで拾える情報なんてたかがしれています。中国は必ずしも外資企業に門戸が開かれているとは言えませんが、こと勉強に行くということであれば、いくらでも機会はあります。MBAのコースに行くとか、語学留学に行くとか、簡単な話ですよね?
私自身はもう遅すぎたので、義理の妹に「絶対に行くべきだ」と言って、彼女は大学生のときにハルピンに留学し、その後、北京の現地企業に就職しました。すると、知らない人との共同生活にもなるから、そこでいろんなネットワークができて、10年後、何かのきっかけで活きる、ということもあるんだろうと思います。
社会に出てすでに時間が経ってしまっているんだとしたら、あえて向こうの仕事を自分で探しに行くとか。それくらいのことはしてもいいんじゃないでしょうか。中国のスピード感、実は今の若い世代には向いていると思いますよ。
(取材・文)鈴木陸夫、岡徳之 (撮影)伊藤圭
"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年2月21日公開の記事)
家本賢太郎:株式会社クララオンライン 代表取締役社長。「アジアNo.1のインターネットサービスプラットフォームカンパニー」を目指し、東京と名古屋、北京、台北、シンガポール、ソウルの各オフィスを拠点として、クロスボーダーでのクラウド設計構築・運用とコンサルティングサービスを提供。コンサルティングサービスの領域では、主に越境ECやデジタルコンテンツ分野において、日本と中国との間の事業戦略策定・クロスボーダーM&AやJVに関するアドバイザリーサービスを提供している。