アホと戦わず、心の平静を保つ術の驚くべき効用…期待値をコントロールし、自分を崖っぷちに追い込まない

30代で新聞社社長、参議院議員を務め、現在はシンガポールを拠点に企業アドバイザー、大学教授などさまざまな分野で活躍する田村耕太郎氏の『頭に来てもアホとは戦うなー人間関係を思い通りにし、最高のパフォーマンスを実現する方法ー』が41万部を超えるベストセラー(2018年6月末時点)となっている。タイトル以上に刺激的なアドバイスが満載の同書への思い、書き切れなかったエピソードを聞いた。

田村耕太郎氏

シンガポールを拠点に、大学教授、企業(戦略)アドバイザー、インターナショナルスクールの顧問など、毎日忙しく世界を飛び回る田村耕太郎氏。「常にベストのパフォーマンスを発揮できるように」肉体のコンディショニングを重視しているという。

撮影・今村拓馬

本について語る前に、一人の政治家の素顔に触れておきたい。

官房長官という役職の性質から当然のことだが、ニュース番組などで菅義偉さんの記者会見を見かけない日はほとんどない。愛想のない対応と思う方もおられるかもしれないが、余計なことを口にせず、常に取り乱すことのない淡々とした態度は、官邸の中枢を担う役職のあるべき姿だと私は思っている。

菅さんを褒めそやしたり、持ち上げるつもりはさらさらないが、事実として、菅さんほど誰に聞いても態度が変わらない政治家はいない

その出自は異例だ。秋田の農家に長男として生まれ、高校を卒業後、集団就職で上京してきて段ボール工場で働いた。その後、築地市場で台車を押しながら学費稼ぎをして夜学に通い、秘書を経て地方議員から国会議員に上りつめる。

通常、常に腰を低くしていた秘書上がりの政治家は、記者上がりの政治家が権力批判から権力側に行くのと同様、反動から偉ぶる者が多いと言われるが、菅さんの場合は違う。決して永田町デビューは早くないのに、当選回数から見れば、異例のスピード出世をされているのは、苦労を知っているのに卑屈にならず、誰に対しても態度を変えないことが大きな理由ではないか。

どんな職業でも、本人が「自分を見失う」瞬間に坂から転げ落ちていく。実際この目で、そういう理由で見事に転落していった人たちを、政界でも実業界でもいくつか見てきた。一方で「自分を見失わない」人は坂を着実に上っていく。「自分を見失わない」ように己を制し、律する菅さんの姿勢を見習いたいと、私は常々思っている。

必要のない戦いを避け、人生を有効に使う

菅義偉官房長官

「『地位は人を変える』と言われるが、その正反対にいるのが菅義偉官房長官。『自分の律し方』が傑出した人物」と田村氏は言う。

REUTERS/Issei Kato

政治の世界に限らず、無駄なことは言わない、必要のない戦いは避ける。これは人生の鉄則だ。余計なひと言を口にするから、争いごとは起きる。それを飲み込めば、無用の戦いは防げる。

時間もエネルギーもタイミングも、たった一度の人生を思い切り謳歌するための限られた財産であり、無駄遣いしてはいけない。拙著『頭に来てもアホとは戦うな!』は幸いにして多くの読者に読んでいただいたが、同書で私が言いたかったことは、まさにそのことである。

経営者として、国会議員として、アホな連中と必死で戦って、最後はこてんぱんに負けた自分としては、これから長い人生と向き合う人たちにも、無駄なことは本当にやめてもらいたい。そんな心からの叫びを伝えたかった。

アホと戦って時間とエネルギーを無駄にしてきた最高のアホとして、日本での消耗戦を終わりにしてシンガポールに拠点を移すことを決めた時、それまでの経験を「総括」しておこうと考えたのが、執筆のきっかけだった。

一喜一憂する人間はくたびれる

総括などという言葉を使うと、背水の陣で海外に飛び出したような響きがあるが、自分はそんな大それた覚悟や期待はしていなくて、ダメだったら日本に戻ってくればいいくらいの気持ちだった。そんな「自分を崖っぷちに追い込まない」感覚も、数多くの失敗から学んだもので、私は「バックアップ」と呼んでいる。アホと戦って傷つき、人生を無駄遣いしないための手法の一つだ。

人事に関する文脈で、こんなことを本に書いた。

「余計なストレスを最小限にする方法は、期待値をコントロールすることだ。希望や期待を完全に捨て去る必要はないが、人事に過剰な期待は抱かず、最悪の事態を想定しておけば、たいてい物事は完璧と最悪の間におさまるので、思い通りではない人事が言い渡されてもショックは少ない。人事や待遇を含めて人生で大事なのは期待値コントロールなのだ」

何事も期待しすぎず、最悪の時は撤退する(あるいは逃げる)余地を残しておくと、何かあった時に心の平静を保てる。いつでもそういう余裕を確保しておくことが、「バックアップ」の手法だ。

「些細なことに一喜一憂していたらストレスで病気になるだろう。また、一喜一憂するような人にはスタミナがないと思う。一喜一憂はくたびれるのだ。そして、こういう人は安定感がないので相手から信用されにくい。損なことばかりだ。長い人生をじっくり謳歌するためには淡々と生きることだ」

私はこういう考え方を、参議院自民党のドンと呼ばれた大物議員、青木幹雄さんから学んだ。国会議員をやっていた30代、40代の頃は、常に無表情でメディアにも答えようとしない青木さんに物足りなさを感じ、反発していた。しかし、今ではあの淡々としたところが一番の強さだと思っている。物事に一喜一憂せずに淡々としている者が最後には勝つのである。

権力闘争の毎日である政界に生きていれば、いいこともあれば悪いこともある。いいことがあっても平然としていて、逆にショックなことがあっても堂々としている、そうであればこそ自分を見失わずにいられる。

人生は基本的に不条理だと認識せよ

青木幹雄首相臨時代理(当時)

2000年、当時の小渕恵三首相が意識不明の重体に陥り、首相臨時代理を務めた青木幹雄・自民党参院幹事長。「無駄話も自慢もなく、贅沢もせず、淡々飄々とした人だった」(田村氏)。

REUTERS

無駄な戦いを避けること、一喜一憂せず心の余裕を確保すること(バックアップ)が、なぜ大切なのか。それは人生が基本的に不条理なものだからだ。

会社勤めをしている皆さんに聞きたいが、上司に恵まれることは稀有ではないだろうか。自分の至らなさがあるにしても、本当に尊敬している人と働ける確率は高くない。いや、低い。私の経験則上、自分のやりたいことや目的を達成しようと思うとき、目の前に現れるのは大抵ややこしい人ばかりだ。人生はそんなに甘くない

そういうややこしい人と戦っていたら、人生はあっという間に終わってしまう。だからこそ戦わず、仲間にしていくことが必要なのだ。

常に「インクルーシブ(包摂的)」であれ。敵対したり、嫌い光線を発するのではなく、まずは同じ船に乗せる努力をする。もちろん、その努力が実らず、やっぱりこんなヤツとはやっていけないと思ったら逃げればいい。逃げるという選択肢を用意しておくことも、バックアップの一つと考えてほしい。

逃げたい時のために「モビリティ」を確保せよ

田村耕太郎氏の横顔

「自分は成功体験を語れる人生を送ってきていない。数々の自分の失敗から何か伝えられることもあると思って本を書いた」と田村氏は語る。

撮影・今村拓馬

そして、逃げるために必要なのが「モビリティ」だ。会社を移動できる、国を移動できる、そういう選択肢をつくっておかないと、逃げたくても逃げられない。一つの会社で人生ギリギリまで給与を得ようという発想は最も危険だ。自分も会社も時間が立てば変わるもの、という大前提を忘れてはいけない。

状況が変わった時に動けないようだと、心の平静は保てない。自分も『アホとは戦うな』が売れて印税が入ったからと言って、これに頼り切りになるようだと、人生には必ず変化の時がやってきて、生きていけなくなると思っている。

シンガポールを拠点にしつつも、日本を含め世界を飛び回って生きているのは、仕事がそこにあるという面もあるが、今いる場所から動ける「モビリティ」を常に持っておくべきという考えが根底にあるからだ。

すんなり行くことなど人生にはほとんどない。妻との交渉、娘との交渉、上司や会社との交渉、自分の心や身体との交渉……我々の生活は朝から晩まで交渉ごとに満ちている。無駄に戦わず、一喜一憂せず、必要なら逃げる、その時の準備をしておくことだ。

そうでなかったら、我々の貴重な人生は、本当に交渉だけで終わってしまう。(談)

(取材、構成・川村力)


田村耕太郎(たむら・こうたろう):国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。ミルケン研究所シニアフェロー、インフォテリア(東証上場)取締役、データラマ社日本法人会長。日、米、シンガポール、インド、香港等の企業アドバイザーを務める。データ分析系を中心にシリコンバレーでエンジェル投資、中国のユニコーンベンチャーにも投資。元参議院議員。イェール大学大学院卒業。著書に『君は、こんなワクワクする世界を見ずに死ねるか!?』など多数。

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