CasterBizを運営するキャスターのロゴ。同社は中小企業向けのCasterBizのほか、求人サイト、業務委託や在宅派遣の斡旋業務を行っている。
中小企業の人手不足は深刻化の一途を辿っている。
中小企業庁が7月3日に公開した2018年版「中小企業白書」によると、従業員の過不足についての質問で、「従業員が不足している」と答えた企業の割合は「従業員数が過剰」と答えた企業の割合を18四半期連続で上回っている。
オンラインアシスタントサービスの「CasterBiz」は、こうした人手不足の問題を“オンライン秘書”という新しい形で解決するサービスだ。
運営会社であるキャスター(東京・渋谷)によると、2014年9月の創業以来、順調な成長を続けており、いまは昨年対比の4倍の規模感になっていると言う(詳細な加入者数などは非公開)。
創業の理由は“リモートワーカーの低すぎる賃金水準”
キャスター社長の中川祥太氏。
スタートアップの創業者は強烈なインパクトやユニークな経歴を持っている人が少なくないが、キャスター社長の中川祥太氏もそんな一人だ。
日本大学経済学部を中退し、ライブドアマーケティングのテレアポのバイト代を元手に古着屋を経営。その後、ネット広告代理店のオプトや、セキュリティー/SNSコンサルティングで知られるイー・ガーディアン社を経て、キャスターを起業した。起業以前、経歴の中には人材派遣やクラウドソーシング系企業はない。
いま世の中は少子高齢化・1974年1月以来の高い有効求人倍率(1.60)と、働く側にとってはまさに売り手市場だ。起業のきっかけとして、こうした市場環境を背景に「中小企業の人材採用が厳しくなり、オンラインアシスタントの需要が高まる」という読みはあったのだろうか。中川氏は、明確に「ノー」と答えた。中川氏には、リモートワークの賃金水準は変えられる、という信念があった。
「前職(イー・ガーディアン)のプロジェクトを通して、フリーランス、副業者などリモートワーカーと呼ばれる人たちが2012年頃から存在していて、仕事を欲しがっていたのはわかっていました。
でも、問題もありました。従来とは就業形態も発注形態も違うし、何より賃金水準が低くて、業務内容も法律的にグレーなものが多かった。
例えば同じ仕事をするにしても、正社員なら月給30万円と言われるのに、リモートワーカーになると(なぜか)時給換算で100円からスタートなどと言われる。でも、キャスターの登録者のスキルセットを見ると、能力にそこまでの違いはありません。CasterBizではリモートワーカーにも一般的な正社員に近い水準の給与を用意してスタートするようにしています」
中川氏はあくまでシンプルに、リモートワーカーの働きやすい未来を目指している。
CasterBizは何でも頼める“オンラインの秘書”
「100人に1人の優秀なアシスタント」をウリにするCasterBiz。
出典:キャスター
CasterBizのキャッチコピーは「100人に1人の優秀なアシスタント」。しかし、その実態はシステムで効率化された、労働力のマッチングサービスだ。
例えば、秘書業務としては代表電話受付やリサーチ業務などの一般的なものから、メール返信代行や名刺管理などの細かな日常業務まで対応する。
仕事の依頼はSlackやChatWork、Skypeなどのチャットツールやメール、電話など、自社で普段使っているツールで行える。口頭やチャットツールで依頼できる業務なら相当な「無茶ぶり」でも対応してくれる。
実例として、「ドイツでは、本当に赤ん坊にICチップを埋め込んでいるのか調べてほしい」という海外の情報を調べる依頼や、「電球が切れたので取り換えてほしい」というオフラインのもの、また、あるベンチャーでは「試しに新発表のリリース文の下書きを担当してもらった」という例まである。
料金プラン詳細はCasterBizのWebサイトで確認できるが、ざっくり言うと通常プランは月間30時間分の労働(アシスタント)力を提供して、月額8万4000円(12カ月契約の場合)。何もせず待機している時間はチャージされないため、「相当仕事をお願いしても十分足りる」という利用者もいる。
依頼された業務と350人のクラウドワーカーをマッチング
多岐にわたるアシスタント業務を滞りなく全国のクラウドワーカーに振り分けていくのは、独特の社内システムがある。
基本的に仕事の依頼を受けたり、その報告をするのは「フロント常駐者」と呼ばれる担当者だが、実働するのは「アシスタント」と呼ばれる働き手だ。
CasterBizの利用ケース例。仕事内容によっては、複数人で扱うことやスキルセットをもつ特定の1人が対応する場合もあるが、基本的に利用企業側が接するのはフロント常駐者のみ。
Business Insider Japan
前述のとおりCasterBizへの仕事依頼は、さまざまなツールで行えるが、フロント常駐者から先は社内で開発したシステムにAPI経由で表示されている。また、アシスタントのスキルセットや現在抱えている業務もすべて社内ツールで一元管理されているため、フロント常駐者は適切な人材に順次仕事を割り振れば良い。このシステムは10名弱の社内エンジニアが順次開発をしているという。
同社によると、アシスタントの規模は約350人。そのうち正社員は25人、契約社員・パートまで含めて約150人。ほとんどが自宅などで作業をするリモートワーカーだ。比率として女性の登録者が多く、20〜30代で働きたいと思う人や40代前後でセカンドキャリアを望む人が多いという。
東京・渋谷にあるキャスターのオフィス。取材時は中川社長と広報担当だけだったが、実際、社員もほとんど出社しないほどの完全リモートワーク。中川氏自身、社員番号3番の社員と「リアルで一度も顔もあわせたことがない」ほどだそうだ。“新しい働き方”というより“当然のこと”だというように話す姿が印象的だった。
基本的にアシスタント毎の貯まっているタスクや、その人のスキルセットなどはシステム上で確認できるようにしているという。
仕事の振り分けを担当するフロント常駐者は、内部のシステムを見て、スキルが合致して迅速に対応できるアシスタントに仕事を降ろしていく。いわば、労働力のマッチングサービスと言える。
働き方の多様化・人材不足問題のひとつの解に
オンラインの秘書サービスは、CasterBiz以外にも既存の競合がいる。事実、CasterBiz登場後もリリースされているという。しかし、中川氏は競合他社についてもまったく心配はしていないという。
「 (例えば)コールセンターなどが求人に苦戦していますが、これは(既存の就業条件では)高ストレスでスキルになりづらい仕事とみなされている側面があるからです。 事業主ではなく、働く側にとって心地いい条件を揃えなければ、こうした事業は成り立ちにくくなっています。 CasterBizでは電話営業の仕事も受けていますが、複数業務を混合して行いますし、就業条件もコールセンターと比較すると柔軟です。
フルリモートなど近しい形態の競合が増えて来なければ、(優位性は)気にする事はないと認識しています。そして、そういったプレーヤーはほとんどいません 」
いま世の中は、リモートワーク推進という社会的な後押しの真っ只中にある。リモートワークを前提とした新しい仕事が生まれることは、働く側の「労働に対する意識」を変え、また仕事がなかった時代だから成立していたビジネスモデルは見直しを迫られる。こうした変化の途上にあるのが、2018年現在の状況だ。
中川氏は同社のビジョンを「労働革命で、人をもっと自由に」、ミッションを「リモートワークを当たり前にする」と設定している。CasterBizのような、働く場所にとらわれずに労働力をマッチングさせるサービスは、今後の中小企業の人材不足問題や働き方の多様化に対するひとつの回答になるかもしれない。
(聞き手・伊藤有 文、撮影・小林優多郎)