なぜ東大は“蹴られる”のか。「国境なき大学選び」時代に東大新聞記者が抱く危機感

「蹴られる東大」。2018年4月から東京大学新聞で始まった連載のタイトルだ。記事は東大と海外のトップ大学どちらにも合格し、最終的に海外大を選んだ学生たちの本音に迫り大きな話題を呼んだ。

東大新聞ではこれまでも、女子学生が入れないインカレサークルの問題点から、OBである高橋まつりさんの過労死などの社会問題まで幅広く取材してきた。根底にあるのは、ヒエラルキーでしか物事を判断できない東大生への危機感だ。

東大新聞

東京大学新聞の部室にて。編集長の児玉祐基さん(左)、副編集長の一柳里樹さん(中)、デジタル事業部長の高橋祐貴さん(右)

撮影:竹下郁子

海外大を選ぶ学生たちの本音

連載企画「蹴られる東大」の第1回「本音で語る、僕らが海外を選んだ理由(上)海の向こうへの挑戦」は、2017年の4〜7月まで東大に通い、9月からアメリカのカールトン大学、イェール大学、プリンストン大学に進んだ男子学生3人による鼎談だ。

寮生活への憧れや選択科目の柔軟性に惹かれて海外大を志望した経緯や、受験対策、東大で過ごした半年間の感想が語られている。3人に共通していたのは、東大受験は「海外大受験を親に許可してもらうため」の保険だったことだ。

第2回では、海外大は授業内容や進路など学生が教員に個別に相談・質問できるオフィスアワー制度が充実し、教授に会う機会が保証されている一方、人種や国籍は多様でも高収入家庭の学生が多く多様性がないなど、意外な一面も明かされた。

他にも、『教えてみた「米国トップ校」』の著書があり、毎年東大の東洋文化研究所とプリンストン大で半年ずつ教鞭をとる佐藤仁さんや、開成学園の校長を務める柳沢幸雄さん、交換留学制度を利用して海外大に留学した東大OBのインタビューなど、連載は第8回まで続いている。「授業コマ数を減らしたり入試問題作成を外注したりするなどして教員負担を減らすべき」「学習スペースが少ない」「ディスカッション形式の授業が少ない」など東大が改善すべき制度上の課題と、学生自身も「勉強にハングリーさが足りない」という問題があるようだ。

東大を絶対視する風潮に危機感

東京大学

合格者の99%がそのまま入学すると言われている東大に、新たな動きが起きている。

撮影:今村拓馬

「蹴られる東大」を企画したのは、東大新聞でデジタル事業部長を担当する高橋祐貴さん(文科Ⅲ類・2年生)だ。高橋さんはミドルベリー大学(米)など海外のリベラルアーツの大学を複数校受験したが受からず、東大に進学。入学直後からある懸念を抱いてきた。

「『授業がつまらない』と愚痴を言う学生は多いですが、じゃあ何を改善すればいいのかという建設的な議論はあまり聞きません。むしろ愚痴を言えることすら東大生の特権だと思っている人もいます。『成長しなくても東大生であればいい』というような東大を絶対視する学内の風潮に危機感を覚えました。東大を相対化できるような情報を発信する必要があると思ったんです」(高橋さん)

海外のトップ校を知ることで初めて、東大の良い面も悪い面も見えてくる。それを分かった上で受験するのが健全な姿だと高橋さんは考えている。

ヒエラルキーで判断しないで

東大新聞

「蹴られる東大」を企画・取材した高橋さん。

撮影:竹下郁子

共に海外大受験をして合格した友人たちが半年で東大を去り、海を渡る後ろ姿を見送ってきた。

記事には東大と海外大を併願する際の受験対策が詳細に書いてある。東大生だけではなく、大学受験を控える高校生やその保護者にも読んでほしかったからだ。

ヒエラルキーで大学の価値を判断してしまうのが日本の現状です。海外大が『東大の上位互換』のように捉えられがちな風潮もよくないと思います。海外大も一つの選択肢でしかなくて、東大だからできることだってもちろんありますから。あらゆる選択肢を相対化して、自分が何をしたいのかを考えてほしい。それが僕の思いです」(高橋さん)

連載には学生をはじめ大学関係者からも大きな反響があったが、一番嬉しかったのは、東大のある教員が連載記事をきっかけにオフィスアワーを始めたと先輩から聞いたことだ。

客観的な視点のための「チェッカー」

東大新聞

1920年の創刊以来、東大生に寄り添い続けてきた東大新聞。OBやさまざまな専門家に意見をもらうようにしているが、最近は記事の内容が「優等生すぎる」と指摘されたそうだ。

撮影:竹下郁子

東大新聞は東京大学に所属する学生らで構成する「公益財団法人東京大学新聞社」が運営している。毎週約1万部を紙面で発行するほか、「東大新聞オンライン」というニュースサイトも展開。サイトのPVは毎週2万から3万ほどだという。企業の広告を兼ねたスポンサード記事もあり、最近では「現役東大生が小学生時代に通っていた学習塾:トップは公文式」などがよく読まれたそうだ。

「東大新聞では、記事広告やイベントを通して東大生と企業をつなぐビジネスチームも2017年に発足し、広告などの依頼に対応しています」

と言うのは、編集長の児玉祐基さん(法学部3年生)だ。

記者として活動する学生は約40人。毎週、編集会議でそれぞれがやりたい企画を提案するスタイルで、デスクも編集長も企画立案から取材・執筆までこなす。

大切にしているのは客観的な視点だ。記者が1人で企画を担当することはなく、常に「チェッカー」と呼ばれる記者をもう1人つけて、取材先探しや取材、記事の構成など二人三脚でやるようにしている。例えば「蹴られる東大」連載では、企画立案者の高橋さんのほか、東大に第一志望で入学した副編集長の一柳里樹さん(文学部3年生)がチェッカーとしてサポートしたこともあった。

東大新聞

編集長の児玉さん。

撮影:竹下郁子

記事は記者→紙面のレイアウト担当者→第三者(企画に携わっていない記者)→校正担当者→編集長と、記者以外に5重にチェックし、事実誤認や表現などに気を配る。

「東大新聞としてこういうスタンス、とは決めていなくて、記事は各記者の問題意識が反映されている感じですね。編集長の僕が出すのは『NGサイン』のみ。記者の自主性や個性を大切にしています」(児玉さん)

「蹴られる東大」というタイトルについても、編集部全体で議論した。企画者の高橋さんが考えたこのタイトルは確かにインパクトがあるが、一方で嫌な思いをする人もいるのでは、という意見が出たからだ。高橋さんと共に取材を担当した一柳さんは言う。

「煽りだと取られかねないし、色眼鏡で読まれる懸念がありました」

結局、記事の末尾に「お断り」という形でタイトルの意図を説明した。

東大のスクープを取りたい

東大新聞

副編集長の一柳さん。

撮影:竹下郁子

一柳さんが最近力を入れて取材しているのは、2020年度から始まる大学入学共通テストで導入される英語の民間試験について。東大は当初、導入に慎重な姿勢を示していたが、一転。4月に活用方法を検討するためのワーキンググループの設置を発表した。今も学内では反発が続いており、その動向が注目されている。(共通テスト英語民間試験 教養学部英語部会から反発の声 「懸念解消されず」

「うちの強みはローカル紙であることです。卒業生の就職先一覧や新入生アンケートなどたくさんのデータを持っているので、ここ数十年で東大生の意識にどんな変化があったのかなどを分析したいと思っています。

一方で、 東大に関するスクープはやっぱり僕たちがとらないと、という焦りもありますね。例えば食堂に飾られていた絵画が廃棄されてしまった問題。あれを朝日新聞に第一報を出されたのは痛かった……。どうやったら気づけただろうと考えています」(一柳さん)

なぜ女子学生は海外大を目指すのか

東大女子がインカレサークルに入れないという問題にインサイダーの視点から切り込んだ「東大女子は入れないサークルや東大美女図鑑 ジェンダー論が専門の東大教授はどう見る」「東大のジェンダー問題で東大生にアンケート 「問題は深刻か」の回答に男女差」も一読の価値ありだ。

男女比がほぼ同じの海外トップ大に比べ、東大の女子比率は2割に満たない。女子学生を増やそうと一人暮らしの女子学生を対象に始めた家賃補助にも「不公平だ」と不満の声が上がる。高橋さんは、この問題は「蹴られる東大」につながっていると言う。

「(難関高校から)海外大を受験する人の女子率は高いと感じています。これは、『日本で女性として大学に入ってもプロモートされていく未来が見えない』ことが背景にあるのかもしれません。東大もそうですが、キャンパスの男女比や風潮がそうさせているのだとしたら、日本の大学にとって損失ですよね」(高橋さん)

東大新聞

2017年に最もアクセスが多かった記事。今年「働き方改革関連法案」が審議され始めると、再びアクセスが増えたという。

出典:東大新聞オンライン

紙面やオンラインだけでなく、リアルでの出会いも大切にしている。

2017年に最も多くアクセスされた記事「高橋まつりさんの死は人ごとか 東大OGの過労死を巡って」は、学園祭で東大新聞が主催した「新しい働き方」を考えるシンポジウムとの連動企画だ。高橋まつりさんの母親である高橋幸美さんと、遺族代理人である川人博弁護士との講演に、200人の来場者は静かに耳を傾けた。

今回取材に答えてくれた3人は、幼い頃から新聞を読むのが好きで東大新聞に入ったという。3年生の児玉さんと一柳さんはもうじき編集長と副編集長というそれぞれの役職を交代する予定だ。

児玉さんは司法試験の勉強中、一柳さんは大学院に進学するか新聞社など民間企業に就職するかで迷っている。2年生の高橋さんの今後の目標は、東大新聞が高校生の進路選択の重要な情報源になることだ。海外の大学は志望動機を作文で提出しなければならないところも多く、大学のリアルな情報を得る手段として学生新聞は大きな役割を果たしている。明確なビジョンを持って東大に入学する後輩を増やすため、その架け橋になりたいと考えているのだ。

「国境なき大学選び」の時代に東大が取るべき道とは何なのか。その羅針盤になるべく奮闘する若者たちがいた。

(文・竹下郁子)

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