「1兆円をプレゼントいたします」
2018年6月、ソフトバンクグループの本社会議室で初めて対面した孫正義にそう伝えると、26歳の起業家、堀江裕介(26)は改めて自らの夢の実現を誓った。
堀江裕介が率いるdelyは7月11日、ヤフーの子会社になると発表した。
撮影:西山里緒
料理レシピ動画「kurashiru(クラシル)」を運営するdelyは7月11日、同社の既存株主が3割弱の株式をヤフーに売却し、ヤフーの子会社になると発表した。創業わずか4年のベンチャー企業がなぜ、と驚きの声が市場からは聞かれた。
ヤフーの大株主であるソフトバンクグループを創り、世界が注目する孫正義に憧れて起業家の道を選んだ堀江にしてみると、ヤフーの傘下に入ることは必然の決断だったのかもしれない。
「1000億円、1兆円企業になるための武器が必要。まずは国内でNo.1になるために、ヤフーと共に歩むことが一番だと考えた」と堀江は話す。
2014年の設立後、フードデリバリー事業の失敗を経て、delyは2016年にレシピ動画「kurashiru(クラシル)」をスタートさせた。4年間で総額70億円もの資金を調達し、事業の拡大を加速してきた。
delyの拡大を資金面でサポートしてきたヤフーだが、その鍵を握る人物がヤフー執行役員の小澤隆生だ。ヤフーは、堀江が提案したフードデリバリー事業への資金提供を一度断った過去がある。しかし、レシピ動画ビジネスへの出資は快諾した。今回のヤフー子会社化では、堀江は小澤を中心とするヤフー側と約3カ月の時間を費やし、協議を進めた。
2017年8月にはレシピ動画数で世界一を達成し、2018年6月にはアプリのダウンロード数は1200万を超えた。20代から40代の女性を中心にユーザー数を増やした。
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食のeコマースを「ZOZOTOWNのように大きくしたい」
東京・西五反田のdely社内にあるレシピ動画を撮影する設備。
写真:今村拓馬
国内の料理レシピ動画では、BuzzFeedが運営する「Tasty Japan」や「DELISH KITCHEN」などが事業を展開している。DELISH KITCHENは2018年4月、アマゾンジャパンと連携し、レシピの調理に必要な食材をAmazonフレッシュでの購入を可能にするなどして、ユーザーベースの拡大を図っている。
レシピ動画市場の動きが活発化する一方、delyは今後、レシピ動画運営にとどまらず、食やレシピの事業領域でより幅の広いビジネス基盤を作っていく。堀江の狙いは、ヤフーが持つメディアやeコマース事業の基盤を活用して、食を中心とするeコマースのプラットフォームを築き上げていくことだ。
「多くのモノはインターネット上で販売されるようになってきたけど、食料のEC化率は2%程度と非常に低い。まずは、この市場をもっともっと大きくしていきたい。僕たちを含めて、アマゾンやクックパッドなどの多くの企業がマーケットを広げていけばいいと思う」と堀江は、delyの次なる野望を明かした。
「そのためには、物流システムや倉庫とインフラを作っていかなければならない。この領域を(スタートトゥデイが運営する)ZOZOTOWNのように大きくしていきたい」と続けた。
短期的なリターンを追求しない堀江のビジョン
企業価値1兆円を目指す堀江は、短期的な投資リターンの追求はしないという。現に、今回のヤフーへの株式売却では、gumi venturesやBEENOSなどdelyの既存株主が保有する株式がヤフーへ譲渡される。
一兆円企業を志す堀江は第二の孫正義になれるか。
Getty Images / Koki Nagahama
2016年に子会社を通じてdelyに出資しているヤフーは、29.6%の発行済み株式を約93億円で取得し、45.6%を保有することになる。堀江とdelyが持つ株式は1株も譲渡されず、delyは新株も発行しない。
「単なる金持ちになりたいとは思わない。delyの価値を上げて、10年、15年で1兆円企業に育てていきたい。IPOも焦ってはいない」(堀江)
2011年3月11日に起きた東日本大震災で、堀江は自らボランティア活動に参加した。災害の凄まじさに、自分の無力さを感じた堀江は、影響力のある人になり、影響力のある企業を育てたいという思いを強めたという。
「世の中で起きていることが他人事とは思えない。なんでも自分事にしてしまう。僕はおせっかいな人間だと思う」と堀江は、東京・西五反田の古いビルにあるオフィスで語った。決して洒落たベンチャー企業のそれとは言い難い堀江のオフィスだ。
堀江は第二の孫正義になれるだろうか?堀江の挑戦は始まったばかりだ。(敬称略)
(文・佐藤茂、西山里緒)