インターネット上に溢れる盗撮写真や動画。いまや性犯罪と盗撮はセットと言えるほどで、動画が流出することに怯えながら暮らす被害者は多い。しかし、法整備が追いつかず、公共の場所以外での盗撮行為は、罪に問われにくいのが現状だ。
被害者が気づきにくく、暗数が多いとされる「盗撮」。その法整備に向けて声が上がり始めた。
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レイプを盗撮しても犯罪にはならない?
2018年6月、一つの重要な判断が下された。性犯罪行為を盗撮したビデオを裁判所が没収できるかどうか争っていた裁判で、最高裁はビデオの原本を裁判所が没収することは可能だという判断を下したのだ。
これを受けて7月12日、犯罪被害者支援を行う弁護士団体「VSフォーラム」は判決を支持し、さらに刑法に「盗撮罪」を新設することを訴える記者会見を開いた。
事件の概要はこうだ。2010年から2013年にかけて宮崎市でオイルマッサージ店を経営する男性(48)が、店内で複数の女性客らに対し強姦や強制わいせつを行った。被告人は犯行時の様子を隠し撮りし、さらに彼の弁護人が、被害者の女性にビデオの原本を返すことと引き換えに示談を求めたことが発覚。大きな問題になった。今回の最高裁判決で被告には、盗撮ビデオ原本の没収と懲役11年が確定した。
性犯罪被害に詳しい上谷さくら弁護士によると、こうした盗撮ビデオは警察が家宅捜索時に押収するのが一般的だが、本件では「押収もれ」に。被告人もかたくなにビデオ原本の提出を拒んだため、起訴から最高裁判決まで4年かかった。
最高裁は判決の理由として、盗撮の目的が「捜査機関に被告人の処罰を求めることを断念させ、刑事責任の追及を免れようとしたため」だとしている。つまり、被告が「自分の楽しみのために」盗撮した場合は没収できない可能性もあるのだ。
「この事件に限らず、今は性犯罪と盗撮はセットと言っても過言ではありません。それなのに、性犯罪の場面を盗撮していても、盗撮自体は犯罪にはならないのが現状です。刑法に『盗撮罪』を新設して、犯罪行為として取り締まるようにすべきです」(上谷さん)
社長室でのレイプや会議中スカート内の隠し撮りまで
なぜ盗撮罪が必要なのか。現行法で盗撮事件に用いられる主な罰則は「都道府県の迷惑防止条例違反」「刑法の建造物侵入罪」「児童買春・児童ポルノ禁止法の児童ポルノ製造罪」の3つだが、これらに該当しないケースが多数あるからだ。
盗撮事件の例
・2018年6月:焼き鳥店チェーン「鳥貴族」の男性店長(20代)が女性店員の着替えを盗撮したとして、懲戒解雇に。同社は被害女性に見舞金1万3000円を支払った。京都府警は府迷惑行為防止条例違反容疑で男性に事情を聴いている。
・2018年7月:千葉県の学習塾元経営者(42)が塾の女性トイレなどに隠しカメラを設置し、中高生らを盗撮したとして逮捕した。報道によると、塾から7台、自宅から12台の盗撮用カメラが見つかり、押収した動画約3700本には延べ約2400人が撮影されていた。
記者会見での様子。中野宏美さん(左)、上谷さくらさん(中)、髙橋正人さん(右)。
撮影:竹下郁子
東京都は迷惑防止条例を改正し(2018年7月1日施行)、盗撮の規制場所を「公共の場所・乗り物」などから「学校・企業のトイレや更衣室」「カラオケボックスの個室やタクシーなど、不特定又は多数の人が入れ替わり立ち替わり利用する場所・乗り物」などに拡大した。しかし、企業の社長室や会議室、盗撮が多いとされるマッサージ店の個室などは対象外となる可能性が高い。
「企業内の盗撮は明るみにならないだけで、かなり多いです。これまで社長室に呼び出されてレイプや隠し撮りをされたり、会議中にスカートの中を盗撮された例もありますが、基本的に今の法律ではこれらの盗撮自体を処罰できない。迷惑防止条例は“公共の場所の風紀を守る”ためのものなので、被害者の視点が非常に薄い。気軽に盗撮している人もいるかもしれませんが、盗撮は性犯罪なのだと刑法で定めることで、抑止につなげていきたい」(上谷さん)
会見には性暴力の撲滅を目指すNPO法人「しあわせなみだ」代表の中野宏美さんも出席し、盗撮された物が「脅迫の道具」として使われていると指摘した。
「私たちに寄せられた相談には、交際相手から性的な画像を公開すると脅され、別れたいのに別れられずDVを受け続けていた女性もいました。こうしたケースは『リベンジポルノ』にも該当しないため、取り締まれません」(中野さん)
これらを考慮して、VSフォーラムでは①規制場所を公共の場所に限定せず②撮影行為そのものと③盗撮写真や動画の提供を受けたり拡散した人も処罰の対象にすべきだと提案している。
「気づかない」被害者、退職に追い込まれた女性も
盗撮被害にあった女性たちは、その後の人生にも深刻な影響が出ている。
撮影:今村拓馬
深刻なのは、盗撮は被害者が盗撮されたこと自体に気づいておらず、知らないうちに画像が世界中に回ってしまうことだ。
男性の知人から、自身の動画がアダルトサイトに掲載されていたと教えられて気づく女性も多いそうだ。
ネットには、妻に睡眠薬を飲ませて性行為をしその様子を撮影しているという内容の投稿や、「鳥」「逆さ」などの隠語を使って盗撮写真や動画をやり取りしているような人も見られた。
宮崎の事件で被害女性が公開した手記には、レイプの様子を盗撮されていたと知ったとき、「自分の人生が終わったような恐怖を覚え」たと記されている。
上谷さんによると、職場で盗撮され、会社に行くことができなくなり退職に追い込まれる女性が「相当いる」という。盗撮をネットにアップされて以降、街を歩くたびに「あの人も見たかもしれない」という不安に襲われ、髪型、メイク、洋服の趣味まで全て変えて別人として生きていくと決めた女性もいるそうだ。盗撮は被害者の一生を奪う行為になりかねない。
2017年、刑法の性犯罪に関する規定が110年ぶりに改正された。3年後の2020年を目処に、さらなる改正が必要かどうか検討される予定だ。VSフォーラム事務局長の髙橋正人弁護士は、
「法制審議会が開かれたときに盗撮罪の新設を議題に上げてもらえるよう、議員や国民に発信していきたい」
と話した。
すでにアメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランスなど多くの国で盗撮は法規制されている。日本も実態に即した法整備が急務だろう。
(文・竹下郁子)