「元本確保型」投資信託、信じていい?——専門家が指摘する“ありがたい話”の複雑さ

超低金利の長期化により、貯蓄による資産形成が難しくなり、金融庁も少額投資非課税制度「つみたてNISA」などを活用した投資信託を推奨している。一方で、銀行が販売した個人向け投資信託の「半数が損失」を出しているという、不安な報道もなされている

そんな中、元本の確保を目指す投資信託が登場し、熱い視線を浴びている。が、そんなありがたい話が本当にあるのだろうか。青山学院大学金融技術研究所長の青山尚司教授が、そのカラクリを解説してくれた。

投資のイメージ

長らく、そして今も「タンス預金」に満足している日本人はリスクが苦手。個人投資家は「元本保証」「元本確定」という言葉に弱いと言われる。

Shutterstock

投資信託はもともと、預金のように元本が保証される商品ではない。ところが最近、運用による損失を投資元本の一定範囲内に抑える「損失限定型」や、一定の投資期間を経過した後は投資元本を保証する「元本確保型」といった商品が登場して話題になっている。

もともと保証されていない元本をどうやって保証できるようにしたのか。その仕組みをリバースエンジニアリングしてみることにしよう。以下はあくまで筆者の考えであることをあらかじめお断りしておく。

「損失限定型」のリスク

まず「損失限定型」は、投資・運用の損失が一定金額以上に膨らんだら、それ以上価格が下がることがないように、その時点で投資対象を換価してしまう。つまり、損切り(ロスカット)をあらかじめ投資方針に仕組みとして組み込んでおくのである。一方で、ある程度値上がりしたら損切りを行う水準を引き上げることで、階段状にリターンが保証されるようにしていく。

ただし、損切りを行う時、投資対象によっては流動性が低い(換金しにくい)ケースがある。また、換価することで市場の需給バランスが崩れ、価格を自ら引き下げてしまうこともある。そこで、理論価値どおりに換金できるよう、たとえば、第三者である銀行に理論価格と実際の価格の差を保証してもらう手法がある。

銀行側からすると、この価格差が大きく開くことは普通ないし、万が一(価格保証による)支払いをせねばならなくなった場合でも、見返りに受け取る信託財産の価格が回復するのを待つこともできる。ただし、そのように中長期的に相場の回復が見込めるなら、そもそも損切りなどせず投資信託のまま運用すればいいとも言える。

しかし、リーマンショックの時のように市場全体が麻痺した場合、価格差を保証する銀行自体が難しい状況に追い込まれることもある。その際、銀行が契約通りの支払いをできないリスクは、投資信託を購入する投資家が負担していることに注意する必要があるだろう。

「元本確保型」が大きな話題に

ゴールドマン社債の金融商品

アセットマネジメントOneが新設したファンド「ゴールドマン・サックス社債/国際分散投資戦略ファンド2018-07」の交付目論見書から。「円建てで元本確保をめざします」とある。

アセットマネジメントOne HPより

一方、「元本確保型」の仕組みはもう少し複雑である。日本の大手運用会社アセットマネジメントOneが最近発表して話題になった投資信託「ゴールドマン・サックス社債/国際分散投資戦略ファンド2018-07」を例に考えてみよう。

この投資信託では、アメリカの投資銀行ゴールドマン・サックス(以下GS)の子会社が親会社の保証を受けて発行する期間10年の社債に、払込元本の全額を投資する。社債への投資だから、10年後に元本が払い戻されるのは当たり前のようだが、このファンドはそれほど単純ではない。

通常の社債なら償還時に5%といった利子が支払われる。しかしこの社債については、発行体がさまざまな指数先物を使った運用を行い、その運用益を(利子の代わりに)支払うことになっているのである。

指数先物というのは、日経平均のような株式などの値動きを表す指数について、現在と将来の値の変動率に一定の金額(想定元本)を掛けた金額を、変動率がプラスなら相手から受け取り、マイナスなら相手に支払うという金融商品。指数そのものは単なる数字だから売ったり買ったりできないが、それがどう動くかについてなら投資できるというわけだ。

投資対象として先物を使うミソは、当初は約定するだけだからお金が不要という点にある。ただし、うまくいけば値上がり分をもらえる反面、理論的には想定元本まで欠損する支払いが生じるリスクがある。

このため、投資家から払い込まれた社債元本を想定元本として指数先物に投資し、万が一支払いが必要になった時は、社債の元本を支払いに充てて、その分だけ投資家への元本払い戻しを減らす。そうすれば、社債元本が証拠金のような役割を果たし、GSは損をしなくて済む。

でも、それだと(本稿のテーマである)投資家にとっての元本の確保にはならない。GS側も、せっかく払い込んでもらった社債の元本を事業に使わず、万が一のためにとっておかねばならなくなる。

ゴールドマン・サックスにとっては都合がいい

ゴールドマンサックス

ニューヨーク証券取引所に燦然と輝く「Goldman Sachs」のロゴ。

REUTERS/Brendan McDermid/File Photo

しかし、投資した指数先物が騰落する振れ幅の大きさ(ファイナンス理論ではこれをリスクという)を、元本に対してプラスマイナス3%以内などと一定の範囲内に収まるようにコントロールできるとしたら、どうだろうか。

GSにとっては損失額が最大でも3%以内に収まることになるので、金利のようなものと考えて自ら負担することを覚悟すれば、払い込まれた社債元本を償還期限まで全額活用することができる。その場合、GSが普通に社債を発行した場合の金利を5%と仮定すると、このファンドの社債を経由すれば2%低いコストで資金調達できることになる。

この投資信託では、アセットマネジメントOneが、先物指数に連動するGSの社債についてリスクを一定範囲に抑える投資戦略を指示する役割を担う。見返りに0.32%の固定金利が保証され、その全額をアセットマネジメントOneの報酬に充当する仕組みになっている。

投資・運用成績がプラスになった場合には、毎年その部分が金利に上乗せされるので、そこからアセットマネジメントOneの報酬を除いた差額が、分配金として投資家に支払われる。一方、成績がマイナスになった時はGSが負担するので、元本は目減りしない。また、成績がマイナス3%を下回りそうな場合には、GSが自ら対処できる工夫も組み込まれている。

開示資料を読んでも、何のことやらサッパリ……

ゴールドマンサックスNY

マンハッタンのゴールドマン・サックス本社。43階建てのこのビルで日本人投資家の元本を守る発想は……生まれるだろうか。

Spencer Platt/Getty Images

こうした「元本確保型」の投資信託は、投資家を守るためにGSやアセットマネジメントOneが工夫したというより、元本「確保」とか「保証」という言葉に弱い日本人投資家の需要をうまく活用して、低金利で資金を調達したいGSのニーズを満たしたコーポレートファイナンスの工夫のように見えるのだが、穿った見方だろうか。

もちろん、有利な資金調達手法としてアセットマネジメントOneがGSに「仕掛けた」のなら、それはそれで面白い。しかし、実際のところは、リスクを限定するロジック構築の部分だけを、GSの掌の上で受け持たせてもらったにすぎないようにも思われるのである。

なお、この投資信託の詳しい開示資料は、金融庁の開示書類閲覧サイト(EDINET)で検索すれば誰でも見ることができる。

ぜひご覧いただきたいのだが、ここまでご説明したことを読み取る以前に、そもそも何が書いてあるのかを理解することすら難しいシロモノであることが分かる(他の投資信託も似たり寄ったりだが)。販売会社の担当者もよく分からないまま、「GSさえつぶれなければ元本が返ってくる投信です!」と言って売るしかないのではないか。

もともと元本が保証されない株取引や投資信託の世界で、「元本保証」や「元本確保」という言葉が出てきたら、そこには必ず別の事情や思惑がある……金融商品の選択にあたっては、そういうことも頭の片隅に置いておかれるとよいかもしれない。


大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。主な著書に『金融と法――企業ファイナンス入門』『金融アンバンドリング戦略』『49歳からのお金―住宅・保険をキャッシュに換える』など。

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