播州刃物ブランドを世界に発信。兵庫とアムステルダム拠点のデザイン会社が職人育成工場を作った

鍛造工場の入り口をデザインしている合同会社シーラカンス食堂代表の小林新也さん。

鍛造工場の入り口は大きなガラス扉。将来的には職人を目指す若者らが、自由に集う場にしたいと夢を語る合同会社シーラカンス食堂代表の小林新也さん。

「こちら、工場の入り口デザイン中……」

5月中旬、Facebookメッセンジャーに1枚のデザイン画が送られてきた。起業家仲間、合同会社「シーラカンス食堂」代表の小林新也からだった。

2018年2月、日本のモノづくりに特化した展示会「MONO JAPAN」のために私がアムステルダムに出張した際、同じく出展していた小林から「事務所の中庭を改装して、譲り受けた鍛造機械を導入した工場を作ろうとしている」と聞いてはいたが、予想以上にカッコイイ入り口のデザイン画が送られてきて、完全に心を奪われた。

2カ月後、改築工事が完了。7月14日に開催された工場のキックオフイベントに出かけた。

炉の周りに集まる来場者

工場のキックオフイベントには地元の親子連れやメディアが訪れた。普段見ることのない握鋏職人の鍛造の技に見入っていた。

事務所の一階

事務所の1階。現在ショールームとして使用しているが、ショップの構想も。いずれ、すぐ横の工場で職人が作る刃物が買えるようになる。

シーラカンス食堂は、31歳のプロダクトデザイナー小林が代表を務めるデザインオフィス。大阪芸術大学デザイン学科卒業後、2011年に地元・兵庫県小野市に会社を設立し、2017年にはオランダのアムステルダムにも拠点を設けた。

大学では、世界で活躍するデザイナー喜多俊之氏に師事し、若手デザイナーの登竜門であるミラノのサローネ・サテリテに、アパレル素材を活用した椅子を出品した。学外では、島根県の空き家問題と若手離れという課題に向き合い、古民家をリノベーションしたカフェを手がけ、それをきっかけに、地元小野市の伝統産業に初めて目を向けた。

はじめに手がけたのが、播州そろばんだ。計算機としての需要が減少するなか、そろばんを教育道具と再定義した。カラフルな材料で、子どもでも「マイそろばん」が作れる移動型ワークショップを開発したり、 そろばん塾の記念品需要に目をつけ、珠とひご竹を使用した時計をデザインした。

そろばんでの実績がメディアでも話題になり、地元の金物問屋から「新しい斬新なハサミをデザインしてほしい」との依頼が舞い込んだ。しかし小林は、刃物のデザインではなく、ビジネスモデルとブランド発信のデザインを手がけることに。初めてしっかりと目にした刃物職人の仕事とでき上がった美しいプロダクトに、高い可能性を見出したからだ。

「こだわったモノづくりをしていたら、文化を超えて伝わる」

地元小野市がある兵庫県南西部「播州」で発展した金物産業には約250年の歴史があり、現在は包丁や鋏など多様な刃物が作られる。

「量産はやめたほうがいい」というのが日本伝統のモノづくりに対する小林の基本スタンスだ。そろばんも刃物も大量生産に対応するため、高度な分業化で発展してきた経緯がある。

しかし、後継者を育成しながら産業を維持するためには、価格を上げ、利益率を改善する必要がある。国内は、問屋や組合という昔ながらの構造があり、価格や販路開拓の新しい取り組みが難しい。そこで考えたのが、海外展示会に出展するという選択だった。

「こだわったモノづくりをしていたら、文化を超えて伝わる」と小林は言う。

学生時代から欧州を中心に世界一流のデザイン業界を見てきた小林だからこそ、高く売るという決断ができたのかもしれない。

ブランディングと発信には注力した。まず、バラバラだった名前を「播州刃物/Banshu Hamono」という地域名を入れて統一した。パッケージも安い紙製から桐箱に変更。多種の刃物を用途ごとに見せるアート性の高いビジュアルやパンフレット、価格表も以前は存在しなかった。価格はそれまでの2〜3倍に設定した。

欧州展示会の様子を紹介する写真パネル

工場内には欧州展示会の様子を紹介する写真パネルもさりげなく置かれていた。アーティスティックな展示は欧州市場を意識したもの。

2013年から始まった播州刃物の活動。独アンビエンテや伊ミラノサローネといった展示会への定期出展や、英Wallpaper誌が手がけるオンラインショップでの商品展開、パリ、アムステルダム、ウィーンでのポップアップ店開催など、販路開拓を手がけた刃物を中心に実績を重ねてきた。

2015年度にはグッドデザイン賞の「GOOD DESIGNベスト100」と「ものづくり特別賞」をダブル受賞した。プロダクトデザインではなく、小林がその改革に注力してきた播州刃物のビジネスモデルそのものが、「よいデザイン」として評価されたことで、刃物という衰退産業に対して行政なども注目し始めたという。

小林の功績で「播州刃物」という地域ブランドが認知されはじめ、海外販路も拡大してきた。だが、個別の職人が分業制で一つ一つの刃物を製作する、国内のモノづくり体制の構造はそのままだ。さらに、刃物職人の多くが70代後半という高齢で、後継者はいない。いくら海外市場が開拓できても、現状のままだと産業は衰退する。

オープン育成という課題解決の「イノベーション」

刃物を炉から出し入れして作る様子

炉から出し入れしながら時間をかけて形作る。

刃物は道具だ。握鋏(にぎりばさみ)や美理容鋏など、特定の職種からの注文も少なくない刃物産業の衰退は、道具に依存している産業にも影響が及ぶ。

課題意識は共有されていても、高齢の職人には後継者育成に取り組む余裕がない。想いがあっても、時間、お金、体力の不足が障害となる。

一方、刃物職人を目指す若者がいないわけではない。小林は、職人育成における親方・弟子の1対1構造の弱点に着目し、意思ある若者が複数の職人から多くの知識を吸収しつつ、実践できる自習室のような場を構想した。そのために自ら工場をつくる。それが、小林が出した解だ。資金調達にはクラウドファンディングも活用した。

刃物職人の養成についてのアイディアをプレゼンする小林新也さん。

刃物職人の養成についてのアイディアをプレゼンする小林新也さん。

工場のお披露目となった7月の3連休初日の土曜日、続々と人が集まった。地元の親子連れ、刃物やデザインの関係者、島根や東京からの客、テレビ取材班など、延べ40人ほどが参加した。

握鋏職人による鍛造の実演と、工場初の後継者候補である26歳の若者への公開指導が行われ、参加者は炉とハンマーの周りで、その光景に見入った。小林は工場にかける想いをこう語った。

「ここになぜ工場を作るのか」

プレゼン後、「一人の師匠がいないやり方で本当に育成できるのか」と業界関係者からの懐疑的な声も出たが、小林は「いまそのリスクについて考えることには意味がない。若い世代だからこそ、無理ができる。だから挑戦していきたい」と強い姿勢で反論。

この発想や攻めの姿勢こそが、伝統産業と文化を守り続けるための鍵なのだ。


MAKI NAKATA(マキ・ナカタ):Maki & Mpho LLC共同創業者・代表。南アフリカ人デザイナーの柄と日本のモノづくり要素を融合したインテリア・ファッション雑貨ブランドMAKI MPHO(マキムポ)の企画・販売事業と、世界の時事問題や最新動向をアフリカ視点から発信するメディア事業を手がける。アフリカ・欧州中心に、世界のクリエイティブ起業家の動向を追い、協業や取材を行う。コンサルティング会社、大手ブランド会社を経て起業。国際基督教大学教養学部学士、米国フレッチャー法律外交大学院国際経営修士。

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