国の政策立案を担う霞が関で、若手官僚らによる問題提起を込めたペーパーが相次ぎ発表され、省内外の注目を集めている。強固なタテ社会で知られる霞が関だが、20〜30代を中心とした有志の若手が省内で集結。前代未聞の少子高齢化に直面し、行き詰まる日本社会への問題提起と官僚そのもののあり方への処方箋を投げかけている。
きっかけは2017年5月に発表され、ネット上を皮切りに話題をさらった、経済産業省の若手有志による官僚ペーパー「不安な個人、立ちすくむ国家」。これに触発された、国土交通省、総務省、農林水産省の3省の若手官僚が後に続いた。そこに描かれているのは人口減少に向き合う「戦略的な撤退」(国交省)や、「農林水産行政は、世間の潮流から隔絶されている」という指摘、「立ちすくむ国家」(経産省)など、あえてタブーやダークサイドに切り込む姿勢だ。ペーパーは次の時代の突破口になりうるのか。
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7月17日のイベントでのディスカッション。霞が関では、若手官僚ペーパーが生まれる動きが相次いでいる。
Plug and Play
「利害関係が複雑で、本質問題のほとんどが動かない。そこは何を言っても炎上する世界。そこをあえてやるのが、官僚の役割だと思っています」(経産省通商政策課課長補佐、高橋久美子さん)
7月17日、東京・渋谷で開かれた、若手官僚ペーパー作成の当事者によるディスカッションイベント(Plug and Play主催)の会場には、当初の定員の倍となる200人超が集まった。
会場を埋めたのは民間企業や行政・団体関係者など。主催者によると、チケットは告知直後からあっという間に売れたといい、関心の高さを伺わせる。
イベント冒頭では、経済産業省、農林水産省、国土交通省、総務省各省の官僚ペーパー作成チームの当事者が登壇。いずれも、2006〜2012年入省の若手・中堅だ。
タブーに踏み込む
現時点で公開されている、霞が関の若手官僚ペーパーを簡単に、見てみよう。
出典:国土交通省政策ベンチャー2030、中間報告
「タブー視されてきた難題にチャレンジ!」と銘打つのは、3月に公表された国土交通省の若手・中堅有志によるプロジェクト「政策ベンチャー2030」の中間報告ペーパーだ。
人口減少と正面から向き合うことを前面に掲げ、「消耗戦による衰退」から「戦略的な撤退」へと、人口減少社会に合わせたサイズダウンを恐れない物言いは、これまでの霞が関資料では新鮮だ。
「僕らはタブーなき検討をしていいと(省内で)されていたので、言葉を止められたわけではないのですが。むしろ内部から、明るい未来を提示すべきじゃないかという声は上がりました」
国交省都市計画課の一言太郎課長補佐は言う。
戦略的な撤退には、反響もある。「雇用があって、生活を守らなくてはいけない業界がありますので、けしからんという話がいくつかあったのも事実」と明かす。
近未来小説を公表
総務省の「未来をつかむTECH戦略」は、若手有志による小説が原作となった。
出典:総務省「未来を掴むTECH」戦略
総務省の若手有志の集まり「未来デザインチーム」のペーパーは、ディスカッションや未来イメージを詰め込んだ小説「新時代家族〜分断の間を繋ぐ新たなキズナ〜」だ。異例の小説形式で、人口減少が進み、AIはじめテクノロジーと共存する、新たな社会や人間模様を描く。
ペーパーの内容は、総務省の政策協議をする情報通信審議会が策定したビジョン「未来をつかむTECH戦略」に反映された。単なる“絵に描いた餅”に終わらない芽は出始めている。
総務省行政管理局の小泉美果副管理官は、経産省の若手官僚ペーパーに刺激を受けたと明かす。
「経産省、よく言ってくれたなと。総務省としては、経産省ペーパーの土台に立ちつつ、より生活者視点でさらに高みを目指そうと思った」
世間とのギャップに危機感
出典:農水省「この国の食と私たちの仕事の未来地図」
農水省のペーパーは「私たちに何が足りないのか」という自省の言葉から始まり、「今起きている事象への対処に取り組む日々」に、時代や世間とのギャップを感じるという率直な危機感が描かれている。
「意識的に食のペーパーにしました。いろんな人に、(農業に従事する)生産者のことを、どう考えているのか。そこと向き合っていないのではという話をいただきました。ですが、食や流通は大きな変化が大変なスピードで起きています。食を起点に、農業自体も変わらなくてはという思い」と、若手有志チームの一人で、農水省から日本貿易振興機構に出向する福田かおるさんは、ペーパーの意図を明かす。
モデル無き時代をどう生き抜くか
出典:経産省「不安な個人、立ちすくむ国家」
そして一連の若手官僚ペーパーの突破口となったのが、経産省の「不安な個人、立ちすくむ国家」。シルバー民主主義や、母子家庭の貧困、高齢者の孤独な生活など、少子高齢社会の苦味をえぐり出した。
「目新しい内容はない」と言われながらも、反響は大きかった。経産省次官・若手プロジェクトのメンバー、通商政策課課長補佐の高橋さんは「本当にいろんな行政や議員の方など幅広い方から、ペーパーを見てぜひ何かやりたいとお声がけを頂いた。(霞が関の他省庁に)波及したこともありがたい」と振り返る。
プロジェクトチームは継続しており、講演会や取材には引っ張りだこになった。だが、変革の“本丸”である社会保障制度などに切り込めているかというとまだ道半ばだ。
ただ、総務省の小泉管理官は、経産ペーパーの影響を、「若手がつながれたこと、そして変えていいんだというマインドが生まれたことが大きい。(官僚ペーパーを出した省庁同士が)アンバサダー(代表的存在)になって、横連携で変えていけるどうかが大きく左右する」と話す。
ここから実際の政策に落とし込み、利害関係者を調整し、実際に社会の形を変えられるのか。このうねりが他の省庁や民間にどう作用して、どう巻き込んでいけるのか。ここからが、次のステージだ。
(文・滝川麻衣子)