不祥事大学のトップと受験者数急増大学のトップは何が違うのか

日本大学の校章

アメフト部の不祥事があった日大。理事長の権限が強大だと言われている。

今村拓馬

岡山理科大学理事長(加計学園理事長):加計孝太郎
至学館大学理事長・学長:谷岡郁子
日本大学理事長:田中英寿
東京医科大学理事長:臼井正彦(7月辞任)

最近、メディアですっかりおなじみになった大学トップ(理事長、学長)である。

大学トップがこんなに注目されるのは、これまであまりなかった。

4人に共通しているのは、強大な権力の保持、権限の行使である。新規事業(学部設置やキャンパス移転など)、人事(採用や解雇)など、鶴の一声で決まってしまう体制を作り上げ、そのトップに君臨する。

そもそも理事長、学長はどのような役割を果たしているのだろうか。文教関連の法的な定義をみてよう。

学長は大学の顏だが、財布握らず

理事長は、「学校法人を代表し、その業務を総理する」(私立学校法第37条)。

「総理」とは総てをとりまとめて管理するという意味で最高責任者を意味する。

現実に照らし合わせて言えば、大学経営すべての責任者として、学部設置、キャンパス移転、学内人事に大きな権限を持ち、財布をしっかり握っている。

学長は、「校務をつかさどり、所属職員を統督する」(学校教育法第92条)。

学長が大学の包括的な最終責任者としての職務と権限を持ち、部下の教職員を監督するという意味である。学長は教育や研究など運営の責任者であり、「大学の顔」として存在を示すが、財布を握っているわけではない。

かなり乱暴な分け方になった。

というのも、大学によって理事長、学長の役割に差があり、それぞれに普遍的な定義つけは難しい、ということをご理解いただきたい。

学長といっても相当な権限を持つやり手もいれば、重要なことを決められないお飾りもいる。

世襲か政治力でのし上がるか

大学生が講義中にノートをとる様子

東京医科大では入試を巡る不正があった(写真はイメージ)。

今村拓馬

では、理事長、学長はどうやって選ばれるのか。

オーナー系の大学(大学創立者または経営者の親族、子、孫、ひ孫、娘婿などが経営)では、理事長は世襲で決まるケースが多い。

岡山理科大学の加計理事長は設立者の祖父、父を継いでの3代目である。

至学館大学の谷岡理事長・学長は、父(谷岡太郎)が買収した同大学を継いだ。

ほかにも帝京大学の沖永佳史理事長、神田外語大学の佐野元泰理事長、中京大学の梅村清英総長・理事長、名古屋商科大学の栗本博行理事長がいる。彼らは創立者の親族で、いずれもまだ40代の若さだ。

なお、学長選考にあたっては、理事長の強い要望で決まってしまうケースが見られる。

ノーベル賞学者を学長に据える理事長もいる。マネジメント能力より、大学の看板として、泊付けを期待されて、といっていい。

オーナー系ではない大学は、一般的に理事長、学長いずれも選挙か選考委員会で決まる。

日本大学の田中理事長、東京医科大学の臼井理事長は若いころから政治力を発揮して経営陣に食い込み、やがて派閥を形成して大学トップに登りつめた。

アメフト危険タックル問題で話題になった日本大学のアメフトフィールド

日大の問題はアメフト部の体制だけに止まらない。

今村拓馬

いま、日本大学の経営陣は理事長閥が牛耳っている。日本大学の理事長は代々、人が代われど、巨大な権力はそのまま後任者に引き渡されてきた。独裁の継承といっていい。

日本大学の場合、理事長を支えてきた人物が学長に就任するケースも少なくない。



教員観を示せないトップ

さて、岡山理科大学、至学館大学、日本大学、東京医科大学のトップは、なかなかの存在感を示してくれた。

岡山理科大学の加計理事長、日本大学の田中理事長は説明責任という発想がない。教育は公共性が高く社会貢献を責務とするという意識が感じられない。それは2人とも教員経験がないことも無縁ではないのではないか。学生ときちんと向き合っていれば、逃げも隠れもしないだろう。

至学館大学の谷岡理事長・学長は教育者らしく「学生のため」と強調するが、その勢いあまって思ったことをそのまま口にして舌禍を引き起こしてしまう。「パワーのない人にパワハラができますか」発言そのものがパワハラと受け止められ、社会性に欠けることに気付かない。

東京医科大学の臼井理事長はブランディングにこだわっていた。私立大学医学部受験でトップ層と言われる御三家「慶應義塾大学、東京慈恵会医科大学、日本医科大学」に食い込もうと必死だった。自分の代で大学にブランド力を付けたいという名誉欲が勝ったのか。

これら4大学のトップからは、悲しいかな、大学トップとしての品格が感じられない。彼らが教育機関の最高責任者という自覚がないからだ。そして、彼らなりの教育観を示していないからだ。

一方で、自分のまわり(理事、学長、副学長)は、忠誠心を誓う者で固めてしまい、独裁的になってしまう。それが理不尽で、大学にとって評価を落とすことであっても、理事長の命には逆らえない。意見を言えば飛ばされかねないという、空気を作り出す。

他大学のケースだが、きわめて独裁的性格の理事長が「法科大学院を作れ」と厳命したが、その大学は法曹養成のノウハウを確立できず、数年後、定員割れで募集停止となる。こんなことは学内でだれもがわかっていたが、反対できない。そして、理事長は責任を取らない。

大学トップの理不尽な振る舞いを抑えられない、社会性に欠ける言動を止められない独裁体制は、大学の発展を妨げる。

受験者数が急増する法政大

これは大学の歴史が証明している。

もちろん、大学理事長、学長はみんな独裁的というわけではない。

例えば法政大学、慶應義塾大学、早稲田大学である。いずれも理事長と学長を兼ねている(以下、カッコ内は大学ウェブサイトでの説明)。

2014年、法政大学総長に就任した田中優子氏(「法政大学総長はこの法人の理事長とし、かつ、この法人の設置する大学の学長とする」)。現在は2期目だ。

いま、日本でもっともメディアに登場する大学トップであろう。

テレビ、新聞、雑誌など盛んに登場して、大学の広告塔の役割に徹している観がある。そのおかげかもしれない。法政大学の一般入試志願者は右肩上がりを続け、2018年は12万人を超えて近畿大学に次いで2位につけた。

学内の評判も良く、まわりの意見によく耳を傾け独裁的な振る舞いはしない、と言われている。

学部教授会の力が強い早慶

2016年、慶應義塾長に長谷山彰氏が就いた(「塾長は慶應義塾の理事長とし、慶應義塾大学学長を兼ねる」)。

長谷山氏は選挙で教職員得票数2位だったが、最終的な選考委員会で指名を受けた。長谷山氏は、清家篤・前塾長の路線を継承している。

早稲田大学の大隈講堂

早稲田大学も今秋、新総長が就任。医学部構想はどうなるか注目される。

Shutterstock

2018年11月、早稲田大学の新総長に就任するのが田中愛治氏だ(「本学では、同一人が「学校法人早稲田大学の理事長」と「学校法人が設置する『早稲田大学』の学長」とを兼ねる制度をとっており、これを「総長」とよんでいます」)。

田中氏も第1回選挙では2位だったが、再投票でひっくり返す。田中氏は、鎌田薫・現総長の路線をそのまま引き継ぐ気はないようだ。

法政、慶應、早稲田のトップが独裁的な振る舞いをすることはないだろう。学部教授会の権限はまだ強く、学部新設、キャンパス移転などで大学トップの意向がそのまままかり通ることはない。

早稲田の田中新総長は既存大学の吸収合併による医学部設置を掲げるが、まわりが強く反対すれば、この案は引っ込めるはずだ。

リーダーシップがなければ改革もできない

ただ、それが大学の改革を妨げる、という見方もある。大学トップが強力なリーダーシップを発揮できず調整型であれば、新しい取り組みは時間がかかるからだ。ここでは、既得権を守りたい教授会がブレーキ役という悪者となる。

旧態依然の教授会体質をどう変えるか。ここが大学トップの腕の見せどころであろう。

これまで大学理事長、学長の役割はあまり問われなかった。

しかし、大学進学率が50%を超えたいま、大学が社会的に注目されることが多くなった。それだけ、大学が人材育成、研究開発、地域貢献など社会で大きな役割を果たすようになったからだ。

だからこそ、大学のトップに高い教養、まっとうな常識、社会性、指導力に加えて、清廉潔白さが求められる。

金儲けばかりする、名誉を追いかける、人を傷つけるようなトップは、その大学の品格を台無しにしてしまう。そのことを大学の理事長、学長はわかってほしい。

大学の品格は大学トップで決まってしまうのだから。

(文・小林哲夫)

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