特許切れ電子楽器の「リメイク批判」すると訴えられる? ベリンガー社を取り巻く激論の顛末

ModelD

ベリンガーの「MODEL D」公式サイトより。

  • 中古市場で人気のあるシンセサイザーやリズムマシンには特許権の期限(出願から20年)が切れてパブリックドメインになっているものも多い。
  • これらのリメイク製品に対しては賛否両論。大手メーカーのBehringer(ベリンガー)はリメイクを批判した中国の音楽系サイトなどに対して発言を取り下げるよう通告。後にDSI社に名誉を毀損されたとして告訴した。
  • DSI社の拠点カリフォルニア州には企業が個人などを相手に、批判的な言論を威圧する目的の訴訟などを制限する反SLAPP法があり、この法律が適用されてDSI社らへの訴えは棄却された。

特許切れした往年の名機の「クローン製品」

音楽機器の中古市場では発売から数十年経った今も高値で取引されているアナログ・シンセサイザーやリズムマシンなどの人気機種がある。特許権が切れてパブリックドメイン化しているので(特許権の期限は日本でもアメリカでも多くの国で20年程度)、ここ数年さまざまなリメイク製品がちょっとした流行だ。音色をソフトウェア上で再現した製品や現在の技術でアップデートしたハードウェア製品など、各社さまざまな製品をリリースしている。

音楽機器メーカー大手のBehringer(ベリンガー)は2017年から、往年の名機と呼ばれるRoland SH-101、Roland VP-330、ARP Odyssey、Roland TR-808、Minimoog Model D、Sequential Circuits Pro-Oneなどの“クローン製品”を、試作品として展示会などで少しずつ発表して話題になっていた(上の動画は2018年5月にベルリンで開催された電子音楽の祭典Superboothでの出展の様子)

Moog

Moogのビンテージ・シンセサイザーMinimoog Model Dのクローン、BehrinerのModel Dは既に海外では2018年4月に300ドル(およそ33,000円)で発売されている。2017年Moog社から一時的に復刻され人気を博したModel Dは4000~5000ドル。

Behringer

ベリンガーの価格設定は相当にリーズナブル。メンテナンスも大変で高額な中古のビンデージ機器には手が出せないユーザー達にとって、このシリーズは歓迎すべきものだが、一方これらの名機に思い入れのある者や関係者達は必ずしも納得していない。

「クローン製品」に対する反応、ベリンガー社の法的対応

中国の音楽制作系サイトMidifanは「抄袭狗(剽窃した犬、あるいはコピーキャット)」「人不要脸(恥知らず)」といった表現でこうしたベリンガーの姿勢を批判した。

それに対してベリンガー側は、発言を取り下げるように弁護士を通じて通告書をMidifanに送付した(Midifanによる謝罪と状況説明、電子音楽系サイトCDMによる送付された通告書の英訳がそれぞれリンク先から読める)。元記事は現在アクセスできない状態になっているが、Midifan側はこれらの表現を既に修正したとしている。

また、音楽テクノロジー系WebメディアのCDMによると、2017年にも同様に音楽機器に関するオンラインフォーラムGearslutzへ、Dave Smith Instruments社(DSI)のエンジニアと20名の匿名ユーザーが投稿した批判的な内容について、ベリンガー側から通告書が送られた(問題とされたスレッドは4500ほどのコメントが付き、ファウンダーのUli Behringer本人による書き込みもあるが、問題となったコメントは現在読むことができない)。

2017年6月、ベリンガーの親会社Music Tribeは誹謗中傷により25万ドルの損害があったとしてDSI社とそのエンジニア、匿名ユーザー20人については個人を特定しないまま、カリフォルニア州サンフランシスコの裁判所に提訴した。

その後、批判はあくまで主観的な意見表明であるとして、企業が個人などを相手に批判的な言論を威圧する目的の訴訟などを制限する反SLAPP法が適用されこの訴訟は却下された。現在はDSI社が法的手続に要した費用およそ12万ドルの補償について審議されている。

訴訟の濫用を禁じる反SLAPP法とは?

SLAPPとは「A strategic lawsuit against public participation」の頭文字で、日本語では「市民運動封じ込め戦略的訴訟」などと訳されている。

市民参加や言論の自由を威圧する目的での訴訟を防ぐ目的でオーストラリアやカナダの一部の州、全米の約半分の州が反SLAPP法を定めている。特にカリフォルニア州の反SLAPP法はSLAPPであるという被告側のアピールが認められた場合、その訴訟は開始前に棄却され、また被告が法的対応に要した費用の賠償手続きに進むことが定められている。

カリフォルニア州では反SLAPP法の下でDSI社への訴えそのものが棄却されたが、SLAPP行為に関する法令が定められていない州や国では状況が異なる。中国のMidifanの件では、ベリンガー側の現地法律事務所が公安局に通報したため、刑事裁判へ発展する可能性もあるという。中国の刑事裁判で名誉毀損が認められた場合は最大3年の懲役が課される。

アメリカと言えば訴訟社会というイメージがあるが、DSI社の件は不毛な訴訟を退けるための反SLAPP法がうまく機能した例だ。公の場でメディアや個人の意見を表明する自由が守られたという事例になったと言える。

法律だけでは割り切れない「オリジナルへの敬意」

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一方で、各国で辛辣に批評されているベリンガー側にも、同情する余地がないわけではない。ビンテージのクローン製品以前にもベリンガーには他社の新旧製品を真似て同等の製品を作っているという批判を受けている。しかし、あくまでそれらはリバース・エンジニアリングの範疇で、回路図をそのまま使ったような単純な違法コピーではないとファウンダーのUli Behringerは主張している。

ごく単純に考えれば、ベリンガーは少なくとも法律面では問題がない安価な製品を一定のクオリティで提供している。それらはユーザー達にもメリットがあり、同社の姿勢を安直に批判するべきではないだろう。

しかしそれで皆が納得するわけではない。オリジナルに対する敬意を持ちながらどこまで真似ていいのか、どこからがやり過ぎなのか、技術者や熱狂的なファンたちも各々違った感情や考え方を持っているだろう。

特に「伝説の名機」ともなれば、オリジナル開発者はその道を切り開いたパイオニアとして並々ならぬ敬意を払われている。

以前、筆者はある国内のメーカー関係者からビンテージ・シンセサイザーの復刻に関して、「元の筐体のサイズを小さくしただけで社内から『元の開発者への敬意を欠くのではないか』という苦言があった」という話を聞いた。同等の出音で操作性を損なわないように小型化できたとしても、楽器のサイズも含めて元の製作者の意図していたディテールを忠実に反映しない復刻は敬意に欠く、と考える者もいるわけだ。

電子楽器開発の歴史や電子音楽を取り巻く背景などを知らなければ、こういった問題意識を理解することは難しい。私のシンセサイザーに関する知識の浅さもあるが、「楽器は手頃な値段で使いやすくて音が良ければいい」といった一般人の凡庸な感覚ではわからない世界があると思い知った出来事だった。

また気難しいエンジニアたちだけがこういった過去への敬意を持っているわけではなく、音楽ファンも歴史的に重要な音楽作品に使われ、インパクトを残した音楽機器に対して思い入れがある。そうした先人が苦心して切り拓いてきたオリジナルに対する敬意や文化的な価値についての議論に法が介入して解決しようとしても限界があるだろう。

もちろん単純に”クローン製品”やアイデアの模倣は悪ではない。現行の法律の解釈だけで問題の是非を決めず、我々はどこかに落とし所を見つけなければいけない。

(文・類家利直)

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