トランプ、ついに“伝家の宝刀”を抜くのか —— 米国利上げへの不安爆発の理由

トランプ大統領が*FRBの政策運営、具体的には利上げに対して不満を爆発させたことで耳目を集めている。

トランプ大統領

REUTERS/Leah Millis

具体的には利上げそれ自体というよりも、それに伴うドル高相場に思うところがあるようで、ドル高により「アメリカが不利になっている」と明言している。その上でパウエル議長率いるFRBの利上げについて「必ずしも賛同しない」という率直な思いを吐露しており、もはや中央銀行の独立性など忘却の彼方といった様相である。

FRBとは:米国連邦準備制度理事会=Federal Reserve Board:アメリカ全国に散在する連邦準備銀行を統括し、中央銀行制度を司る。

とはいえ、これまでのトランプ大統領の言動を踏まえればさほど意外感はない。トランプ大統領はイエレン前FRB議長の在任中にも「正直に言って、私は低金利政策を好む」などと真っ向から政策運営を批判したことがあった。

また、そもそもトランプ大統領のアイデンティティのようになりつつある「保護主義」と「通貨安」の親和性は非常に高いものであり、米金利上昇やこれに伴うドル高を快く思うはずはなかった。これまであえて触れてこなかったのは「大人の対応」を心掛けているのかと思っていたが、単に自身のスキャンダルや北朝鮮問題を筆頭として他の事案で忙しかっただけなのかもしれない。

現段階では確たることは言えない。これまでのトランプ政権のパターンに照らせば、上記のような失言の後にリベラル寄りと見られるムニューシン米財務長官がすかさず「強いドル」への支持を表明するなどフォローに回っていたので、これからそういう動きはあるかもしれない。

パウエルFRB議長

ジェローム・パウエル米連邦準備制度理事会議長。

REUTERS/Mary F. Calvert

だが、今回は同財務長官までもが大統領の発言と期を同じくして「(中国を指して)通貨安が不公平な利益をもたらすことは疑う余地が無い」などとドル高是正(ドル安誘導)ムードに一役買うような発言を続けている。貿易戦争の宿敵である中国が露骨に通貨安誘導に打って出ている事態を受けて、遂に基軸通貨国としての特権を行使する決心をしたのだろうか。

本当にトランプ政権が基軸通貨国としての「伝家の宝刀(≒通貨安誘導)」を抜いてきたのだとすれば、為替市場にとっては一大事である。特に予想の難しい為替の世界において「アメリカの通貨政策の方向感は絶対である」というのは唯一無二の鉄則であり、アメリカが「ドル安にしたい」と本気で動けば恐らくはそうなる。これは予想というよりも摂理に近いというのが筆者の基本認識である。 それが分かっているからこそ歴代大統領はもちろん財務長官もそれとなく相場誘導することはあっても、はっきりとドル高について「アメリカにとって不利」などと明言することは稀だった(全くなかったとは言わないが)。

「政府 vs. 中央銀行」の構図をどう理解すべきか

「アメリカが『ドル安にしたい』と本気で動けば恐らくはそうなる」というのは事実だが、正確には「FRBがトランプ政権の通貨・通商政策と歩調を合わせて忖度すれば」という条件付きである。これは理論的にはクルーグマン・プリンストン大学教授の提唱した「マサチューセッツ・アベニューモデル」というポリシーミックスに対する考え方から説明される。

一国の経済政策は大別して金融政策、財政政策、通貨政策の3つしかない。各々「緩和(通貨政策上は通貨安)」か「引き締め(通貨政策上は通貨高)」しかないのだとすれば、経済政策の組み合わせは8通り(2×2×2)存在することになる(図表)。しかし、ここで重要なことは「金融政策と通貨政策の方向感は必ず一致している必要がある」ということであり、これを満たさない組み合わせを除外すれば持続可能なポリシーミックスは4つしかないということになる。

ポリシーミックスの組み合わせ

要するに、「金融政策を引き締めながら通貨安」にはできないし、その反対に「金融政策を緩和しながら通貨高」にもできないのである。特に難しくもない、当然の話である。しかし、今のアメリカでは中央銀行(FRB)がインフレ予防を大義名分として金融政策の「引き締め」を要求する一方、政府が保護主義と整合的な「通貨安」を要求するという「また裂き状態」に陥っている。こうした状態は持続不可能なので金融政策か通貨政策がいずれかの方向に収斂されるしかない。

ちなみに他国・地域を例に取った場合、日本は政策意図とポリシーミックスが完全に一致しており、図表で言えば①の組み合わせに相当する。それだけに2019年に予定されている消費増税はポリシーミックス上のノイズとなるだろう。ユーロ圏の政策意図がどこにあるのか正直つかみづらいが、現状は明らかに⑧である。これは景気過熱防止を企図したポリシーミックスなのだが、果たして彼らはそれで良いのだろうか。

筆者は通貨高に耐え兼ねて金融政策が緩和方向に再度傾斜する展開を予想している。

FRBはトランプ政権と歩調を合わせて忖度するか

トランプ大統領とパウエルFRB議長

FRB議長に就任したパウエル氏を見つめるトランプ大統領(2017年11月)。

REUTERS/Carlos Barria

アメリカに話を戻す。上述の議論を踏まえる限り、これからの注目点を非常にラフに言い表せば「FRBがトランプ政権の通貨・通商政策と歩調を合わせて忖度するか」ということになりそうである。早速、一連のトランプ大統領の言動に対してFRB高官からは利上げ路線に何ら影響を与えることは無いとの情報発信が見られている。

これは当然の話であり、本音はどうあれ建前は必ずそう言うだろう。基軸通貨を司る中央銀行の独立性が簡単に揺らぐことの影響は究極のところ全通貨に及ぶ。変動為替相場における「扇の要」であるドルが簡単に政治的圧力に屈する姿を見せるわけにはいかない。

それだけにトランプ大統領は余計なことを言ってしまった感がある。金融市場では「年内2回(9・12月)の利上げ」が既定路線であっただけに、よほど想定外の事件でもない限り、ここからの軌道修正は政治的圧力に屈したという思惑に繋がりかねないと考えられる。その思惑は将来の政策予想にも及ぶであろうから、自己実現的にドル安や金利低下を招きかねない。

筆者ですらそこまでの展開が読めるのだからFRB高官の胸中も同様だろう。むしろ、大統領の発言が「利上げできるかどうか微妙」という情勢に直面した場合、意地になって利上げに踏み切ってくる可能性すら出てきたように思う。放って置けばあと2回の利上げで「利上げの終点」である中立金利に到達するという声も少なくなかったことを考えると、やはり余計なことを言ってしまったという印象を抱かざるを得ない。

大統領発言の全てが間違っているわけではない

ただし、大統領の一連の発言が全て間違っていたわけではない。トランプ大統領はツイッター上で「中国とEUは通貨を操作し、金利も低くしてきた。その一方でドルは日々強くなっている。結果、我々の競争力は失われている。

相変わらず、平等な競争環境(a level playing field)ではない」と述べている。例えば分かりやすいところでは、関税という意味でアメリカが輸入自動車に課す関税は2.5%だが、中国は15%、EUは10%である。トランプ大統領がここに異議を申し立てることは筋合いの無い話ではない(もっともこれはWTOルールの修正という論点になりそうだが)。

また、「通貨を操作している」という表現にはいろいろな定義が含まれそうなのでここは物議を醸すだろうが、少なくとも人民元相場の動きは明らかに時々の政治・経済環境で恣意的に上下動しているので、ここに異議を唱えるのもやはり一理ある。なお、中国はまだ完全なる市場経済と見なされていないグループゆえ、「平等な競争環境で戦う」という前提自体に議論の余地はあるかもしれない。

為替相場

REUTERS/Toru Hanai

しかし、EU、特にドイツはどうだろうか。日米欧三極における代表的な先進国であるドイツは明らかに「永遠の割安通貨」であるユーロを通じて対外競争力を補強しており、今や経常黒字(2017年実績)はGDP比で約+8%、金額にして世界最大の約3000億ドルを稼ぐ。これだけの経常黒字を稼ぎ続けても通貨ユーロは(イタリアやギリシャのおかげで)ドイツのファンダメンタルズに沿った強さにならないので黒字が際立って減ることは無い。

経常黒字を理由に慢性的な通貨高を迫られてきた日本とは大違いである。過去のコラム『「円」はなぜ安全資産と呼ばれるのか-日本が持つ世界最大の対外資産とは』でも述べたが、その結果としてドイツの持つ対外純資産はいよいよ世界最大の常連であった日本のそれに追いつき追い越そうかという状況にまで至っている。

FRBの政策運営を巡る一連のトランプ大統領発言は基本的に的外れであり不条理な部分が大半である。だが、全くの無根拠とは言えない部分を含んでいることも留意しておいた方が良いだろう。あの強気な言動は決して全てが無根拠というわけではない。特にドイツがそれを最も良く分かっているのではないだろうか。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。


唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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