2016年にリニューアルオープンした南池袋公園は常に子育て世代で人が賑わう。
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2014年に東京都23区で唯一「消滅可能都市」であると指摘された豊島区が子育てのしやすい街へと大きく変わりつつある。
2017年には全国でもっとも「共働き子育てしやすい街」(日経DUAL実施「共働き子育てしやすい街ランキング2017」)に選ばれ、2017年、2018年と2年連続で「待機児童ゼロ」も実現した。
実際人口も増加している。2018年7月時点で40年ぶりに29万人を突破。2014年以降、0~14歳の年少人口がもっとも増加し、その中でも0~6歳の就学前人口は2014~18年にかけて1.1倍に増えるなど、若い子育て世代の増加が目立つ。
なぜこうした変化を実現できたのか。
妊婦の健康診査費用の一部補助や、15歳までの子どもの医療費補助、認可保育園に入れなかった認証保育所利用者に対する補助などの子育て世代に“やさしい”政策が奏功していることはもちろんだが、住民の住む場所に対する“意識”を変えたことも寄与している。
そこには元マイクロソフト社員という1人の女性の存在があった。
消滅自治体というショック
少子化や人口流出に歯止めがかからず、存続できなくなる恐れがある自治体。
2014年日本創生会議(座長・増田寛也氏)が将来の人口推計をもとに、2040年時点で20〜39歳の女性人口が半減する自治体を「消滅可能性都市」と呼んだ。全国約1800市町村のうち、約半数(896市町村)が消滅する恐れがあると指摘されたが、東京23区では豊島区が唯一選ばれた。
豊島区ショック —— “過疎”に悩む自治体が並ぶ中、23区内にもかかわらず、なぜ選ばれたのか。連日ニュースでも取り上げられた。
交通の利便性は良く、人口密度は全国でもっとも高いが、単身世帯が多く、転出入も多い。子どもが遊ぶ大規模公園が少ない上に、ファミリー向け住宅も少ないなど、「定住率が低く、若い女性が少ない」と日本創生会議に指摘された。
全国で2番目に乗客数の多い池袋駅は常に人で賑わう。
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区は、こうした現状を変えるため、20歳から39歳までの女性を対象にした「としまF1会議」を緊急で開くとともに、そこで提言された11事業をすぐさま予算化。妊娠・出産の相談や「子育てナビゲーター」の設置など、子育てしやすい環境の整備を始めた。
さらに、2016年には「女性にやさしいまちづくり担当課」を新設し、課長を民間から公募した。
そこに応募したのが、当時マイクロソフトを退職し、フリーで地域のPRなどに関わっていた宮田麻子さんだった。現在は、「わたしらしく、暮らせるまち。」推進室長だ。
マイクロソフトでマーケティングや広報を担当していた宮田さんが、まず着手したのが、区の差別化とブランディング。
「私が就任した2016年にはすでに新しい施策も始まっていましたが、今はどの自治体も子育て支援は喫緊の課題。さまざまな施策が行われている。豊島区ならではの魅力や強みは何なのか、改めて見直すことから始めました」
住民をまちづくりの当事者に
「としまぐらし会議」では住民、行政、企業が一緒になってプロジェクトを考え、実行まで行う。
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差別化を図り、ブランディングを強化するために始めたのが、住民、行政、企業が一緒にまちづくりを考える「としまぐらし会議」と地域の情報サイト「としまscope」だ。
としまぐらし会議は、住民を巻き込んだワークショップという手法では、2014年の「としまF1会議」と変わらない。しかし、コンセプトは大きく異なる。
としまF1会議では、住民が考えた事業のアイデアを区に提言し、区が事業化していたが、としまぐらし会議では、住民と区の職員、企業が一緒に考えたアイデアをプロジェクト化し、実行は参加者が中心となる。行政や企業も一緒に考え、もし許可や予算が必要であれば行政が協力し、企業の協力が必要であれば連携して進めることで、実現可能性が高くなる。
2017年11月から始まったとしまぐらし会議。第1回には、定員の30人を大きく超える55人が参加し、現在では、多世代交流の場づくりや農園プロジェクトなど、10個のプロジェクトが誕生し、活動を進めている。
他方、「住む人が街のブランドを作る」と語る宮田さんが始めたとしまscopeでは、としまぐらし会議で出たプロジェクトやイベント情報を紹介だけではなく、「こんな面白い人がいるよ」「街でこんなことをやっているよ」と、街の人にフォーカスして情報を発信している。
街で面白いことに取り組んでいる人を取り上げ、その思いを紹介するなど、施策の紹介にとどまらない情報発信を行う。
出典:としまscope
こうした情報発信の結果、今まで「住民ワークショップ」に来ていなかったような層も巻き込めているというが、最初からスムーズに実行できたわけではない。
当初住民と一緒に公園のあり方を考えようとしたら、区のある職員からは「住民を巻き込んだら大変だ。手間もかかるし」と言われたという。だが、
「従来のように、住民説明会ででき上がったものを見せたら、住民VS行政になる。だからこそ、説明する人と説明される人に分かれるのではなく、作る過程から入ってもらって、一緒に育てていく。そういう意識が大事だと思っています」(宮田さん)
自前主義にこだわらず、自走する仕組みづくり
住民を当事者にし、一緒にまちづくりを進める。
こうした意識に加え、宮田さんが重視しているのが、「自前主義にこだわらない」ということだ。
「区はいろんな施策をやっていますが、何でも自前でやるからいいわけではない。もっと連携できたり、ノウハウが外にあることも多い。そのため企業や大学と連携するための枠組みをこの2年間で作ってきました」
豊島区には西武・そごうや東武百貨店、良品計画など、本店や本社を構える消費者向けの企業も多く、2018年7月時点で、FFパートナーシップ協定(FF=Female/Family Friendly=女性・ファミリーにやさしいの略)を、7団体と締結。
FFパートナーシップ協定として、豊島区は子育て、働き方改革、防災など分野ごとにさまざまな企業や大学と連携を進める。
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例えば、東武百貨店には屋上を開放してもらい、子どもの遊び場にしている。そうしたこれまであったハード(施設)を生かした、ソフト面での提携が多い。
背景には、公共施設の維持・管理の担い手不足や財政難の問題がある。こうした問題は地方自治体だけが抱えているわけでなく、東京も例外ではない。
「豊島区には小規模公園が数多くありますが、あまり活用されていないところも多い。空き家率も23区でもっとも高い。今までは、公園や住宅を作って終わりでしたが、今後は持続性が重要になってくる。行政だけでなく、住民や企業と一緒に公共の資産を活用していくことが大事だと思っています」(宮田さん)
住民と行政、企業、大学など異なる立場の人がフラットに交わることが重要だと話す宮田麻子さん。
小規模公園を活性化するために、区内に本社を置く良品計画と協力し、公園にソファや椅子を置いたり、近所のお店に出店してもらうなど、公園を地域コミュニティの場に再生する取り組みを実践している。
今はとしまぐらし会議は区の主催。いずれは自走する仕組みに変えていくことが必要だと宮田さんは語る。
「先日30年前の文献を読んだんですが、そこには住民と行政による協働のまちづくりの姿がありました。行政主導でなく、住民主導で自走していくものにどのように育てていくか。持続性がカギであり課題ですね」
(文、写真・室橋祐貴)