Google Cloud Next’18で講演するGoogle Cloud部門CEO ダイアン・グリーン氏。
グーグルのクラウドサービス事業を運営するGoogle Cloudは、7月24日~7月26日の3日間、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市のイベント会場モスコーン・センターにおいて、テクノロジーコンベンション「Google Cloud Next '18」を開催している。初日にはGoogle Cloud CEOのダイアン・グリーン氏、Google CEOのサンダー・ピチャイなどが登壇した基調講演が行なわれ、同社が計画している新しいサービスなどが紹介された。
Google Cloudは、アマゾンが提供するAWS(Amazon Web Service)、マイクロソフトが提供するAzureに次いで業界で第3位とされているが、さまざまな新しいサービスを矢継ぎ早に投入することで、先行する2社を激しく追い上げている。
年々成長する有望なクラウドサービス市場
アマゾン、マイクロソフト、GoogleなどのITジャイアントが提供するクラウドサービス市場は毎年急成長している。
総務省が公開している「2018年版 情報通信白書」に掲載されたIHS Technologyの調査によると、2017年のクラウドサービスの市場規模は1639.8億ドル。2018年には2105.5億ドルに、2019年には2594.5億ドルへと約1.9倍になると予測している。スマートフォンやPCなどの端末が今後はよくて横ばい、悪ければマイナスと予想されているのに比較すると、クラウドサービスの成長は著しいという状況だ。
読者の多くが一般的に使っているであろうスマートフォンも、今ではクラウドサービスなしには成立しなくなりつつある。例えば、iPhoneの「Siri」に代表されるような音声認識のアプリケーションもクラウドの力で動いている。
そうしたクラウドサービス市場のトップサービスプロバイダーがアマゾンのAWSで、それを追いかけるのがマイクロソフトのAzure。そしてそれらを追う第3位のベンダーが、グーグルが提供するGoogle Cloud Platform(GCP)だ。
マシンラーニング/ディープラーニングに力を入れるグーグル
今年の1月に発表されたAutoML。
近年のGCPは特にマシンラーニング(機械学習)/ディープラーニング(深層学習)に対応したサービスの拡充に力を入れており、そうしたサービスを求めるユーザーに評価されている。何よりGoogle自身がディープラーニングのフレームワークとしては最もポピュラーな「TensorFlow」などの開発ツールに力を入れていることもあるし、それらを活用できるクラウドサービスをGCPで提供している。
例えば、今年の1月に発表した「AutoML」(オートエムエル)というものがある。一般的に機械学習を利用したAIモデルを作るには、データサイエンティストと呼ばれる機械学習に精通したエンジニアが必要で、マシンラーニングとプログラミングの両方に深い知識が必要になる。
しかし、そうしたデータサイエンティストは自動車メーカーのような巨大企業でも人材確保が急務とされており、どこでも引く手あまたという状態。中小企業ではそうした人材を確保するのが難しい。
そこでAutoMLでは、ユーザーは学習用のデータだけを用意し、グーグルが用意した標準モデルに学習させるぐらいで手軽にAIモデルを構築できるようにした。このため、自前のデータサイエンティストを用意するのが難しい中小企業やスタートアップから大きな注目を集めているのだ。
イベントでは、AutoMLの新機能「AutoML Translation」も発表された。
Googleは1月にそのAutoMLの第一弾として、画像認識向けのAutoML Visionを発表していた。今回のNext'18ではそれに加えて自然言語向けのAutoML Natural Language、翻訳向けのAutoML Translationを発表した。
AutoML Translationの具体的な活用例として紹介されたのは、日本経済新聞の事例だ。独自のデータを用意してAutoML Translationで学習させることで機械翻訳の精度を上げ、日本語記事を英字誌の記事にしたり、子会社であるフィナンシャルタイムズの記事にしたりという使い方を検証することが可能になったという。
バンダイナムコ「ドラゴンボール レジェンズ」の実情
バンダイナムコが提供する提供する「ドラゴンボール レジェンズ」。
グローバルでのリアルタイム対人対戦を行うゲームだ。
GCPの今後を指し示すイベントとして行われたNext'18では、いくつかの注目セッションがあった。興味深かったのはバンダイナムコエンターテインメント(以下バンダイナムコ)とグーグルが共同で行った「How Bandai Namco Entertainment Uses Cloud Spanner and GCP's Global Network for High-Octane Gaming Apps」(バンダイナムコがグローバルに提供するゲーミングアプリを構築するために、どうやってクラウドSpannerとGCPのネットワークを活用したか)というタイトルのセッションだ。
「ドラゴンボール レジェンズ」は、バンダイナムコが今年の5月から提供を開始したスマートフォン(iOS/Android)向けのゲームアプリだ。ドラゴンボールのキャラクターになってコンピューターと対戦したり、プレイヤー同士が対戦できるようになっており、多世代にわたるドラゴンボールファンなどに人気を博している。
ドラゴンボール レジェンズではバックエンドにデータベースを利用して、ユーザーのIDや履歴などを管理している。
バンダイナムコエンターテインメント Dragon Ball app テクニカルプロジェクトマネージャの河原真太郎氏(左)。右はGoogle Cloudのスタッフ。
バンダイナムコの河原真太郎氏によると、従来のこうしたゲームを支えるデータベースソフトウェアは、オープンソースのMySQLだったという。ところが、MySQLを利用する場合には、自前でハードウェアを用意する必要があり、それが安定したシステムを作り上げる時にボトルネックになっていた。
というのも、MySQLでシステムが落ちないようにするには、ユーザー数に応じて自前でサーバーを増強しておく必要があり、そのイニシャルコストがかかってしまうからだ。さらに、予想外にユーザー数が増えるなど負荷がかかったときには、物理的なサーバーを注文してから手元に届くまでにはそれなりに時間がかかる。仮に在庫を抱えていたとしても、設定に時間がかかる。さらに、対処が間に合わなければ、サービスダウンという最悪の局面が待っている。
3月に行われたゲーム開発者関連のイベント「GDC」のデモでは、東京〜サンフランシスコ間でインターネットを介して対戦できた。
「ドラゴンボール レジェンズ」のバックエンド。
turnXという仕組みを導入してプレイヤー対プレイヤー(PvP)で遅延が発生しない仕組みを採用。
そこで、バンダイナムコが導入を検討したのが、GCPのサービスとして提供されている「Spanner」というデータベースだ。これを活用すると、世界中のGCPのデータセンターに分散してサーバーを置けるため、負荷を分散できる。また、ユーザー数の急増で負荷がかかった場合でも、(クラウドなので)すぐにサーバーを追加できる。
Spannerの導入に当たって課題もあったが、サービスインから約2カ月が経過し、特に大きな問題は発生していないという。
バンダイナムコの河原氏は、性能を上げていくまでにはいくつかのハードルがあったものの「開発には時間がかかったが、稼働後は問題が起こらず安定して運営できている」と言う。オープン直後に発生したユーザー数の爆発的な増加などにも対応できた。結果、サービスインから約2カ月、サービスが大規模に停止することなく運営できていると語る。
グーグルがクラウドに本腰を入れる理由
このように、グーグルが矢継ぎ早に新しいサービスの提供を急ぐのは、それだけアマゾンのAWS、マイクロソフトのAzureとの競争が激しくなっているからだ。グーグルだけでなく、AWSやAzureも次々に新サービスを提供しており、顧客の奪い合いはますます激しくなる一方だ。
各社がそうした動きに出ているのは、今後も長期に渡ってクラウドサービスが成長していく見通しがあるからだ。すでにユーザーの手元にあるPCやスマートフォンといったデバイスの成長は止まっており、今後それが急成長することは望めそうにはない。
しかし、クラウドサービスへのニーズは今後も確実に増える一方だと、ITジャイアントたちは考えている。
その最大の要因は、自動運転車やIoTといった、クラウドサービスと組み合わせて利用する機器の増加だ。今後、そうした「クラウドに接続される新たな機器」が増えるたびにクラウドサービスが売れる、そういう好循環スパイラルの発生が容易に予測できるからだ。
2007年の初代iPhone登場以降、この10年が「スマホの時代」だったとすれば、これからの10年間は「IoTの時代」だと言う人は多い。が、それは裏を返せばクラウドの時代と言い換えられる。そう考えれば、グーグルがGoogle Cloud Platformの普及に躍起になっていることも頷けるのではないだろうか。
(文、写真・笠原一輝)
笠原 一輝:フリーランスのテクニカルライター。CPU、GPU、SoCなどのコンピューティング系の半導体を取材して世界各地を回っている。PCやスマートフォン、ADAS/自動運転などの半導体を利用したアプリケーションもプラットフォームの観点から見る。