スノーピークが「人間性の回復」をテクノロジーで実現する理由── ベースにあるのは「デザイン会社」の自負

テント内で打ち合わせ

オフィスの中に現れたテント。これは、スノーピークが2016年より新規事業として始めた「キャンピングオフィス」。

スノーピーク提供

スノーピークといえば、キャンプ用品を作る会社。シンプルで洗練されたデザインのテントやキャンプ用品はキャンプフィールドでも目を引く。そのテントが、なぜか渋谷のオフィスビルの谷間に現れた。中を覗くと、3、4人のビジネスパーソンがテーブルを囲んで会議をしている。聞けばこれも、スノーピークが2016年から手掛ける「アウトドアオフィス」事業なのだという。

なぜキャンプ用品の老舗であるスノーピークが、キャンプ用品以外の事業を展開しているのか? 2018年に誕生し、そのデザイン性からも注目を集める同社の情報発信拠点「Snow Peak Tokyo HQ3」(東京・原宿)を訪ねて、その理由や目指す未来を聞いた。

「人間性の回復」になぜテクノロジーなのか

スノーピークのリース能亜氏

スノーピーク取締役執行役員経営企画室長のリース能亜氏。東京・原宿の高層ビルの中にできた情報発信拠点「Snow Peak Tokyo HQ3」にて。

── 「人間性の回復」をミッションとして掲げているとうかがいました。なぜでしょうか?

今は、情報に忙殺される時代です。いつでもどこにいてもモバイルで情報にアクセスでき、便利な一方で、オンとオフの切り替えが難しくなっています。だからこそ、「意識的にオフする」ことが大切。デジタル環境から離れて自然の中に身を置くことで、感覚が研ぎ澄まされる経験をした方も多いと思います。

テントを張って、みんなでご飯を作って食べて眠る。これだけで人間本来のリズムを取り戻すことができるのです。 私自身、以前はニューヨークで仕事をしていましたが、まさに「fear of missing out」(見逃してしまうかもしれないことへの恐れ)という状態。

自分がいないところで面白いことが起きているかもしれない、という思いに駆られて、毎日どこかへ出かけていました。

一方で大自然の中では、「他人のリズムで動かなくていい、自分のリズムでいい」と思えたという経験があります。

無限に増える情報の中で、自然に触れ合う機会がなくなり、人間性が低下していく時代。私たちはキャンプはもちろん、自然に触れる体験を通して、充実した人生を過ごすためのサポートをしたいと思っています。

事業を広げても、コアコンピタンスは「デザイン会社」

スノーピークのキャンプ用食器

シンプルで美しいアウトドア用の食器。

──冒頭のキャンピングオフィスをはじめ、新たな事業に取り組んでいらっしゃると聞きました。どのような事業でしょうか?

地方のキャンプ場再生などを通じて地域活性化を支援する地方創生事業。企業向けにはオフィス内にテントを置いてその中で会議をするなど、キャンプの快適さを仕事にも生かすアウトドアオフィス事業。例えばこんなものを手掛けています。

なぜ本業とかけ離れた事業をしているのか、と思われるかもしれませんが、すべてスノーピークのコアコンピタンスを活かした事業なのです。

その根幹にあるのは「私たちはデザイン会社である」ということ。キャンプ用品に関しても、機能の良さだけではなく、美しさを大切にしています。美しいキャンプ用品や美しい洋服、美しい空間を通して、お客様の生活を少しでも豊かにしたいと思っています。

60年前に創業して以来、私たちはこの「デザイン力」を強みとしてきました。創業の地であり、本社のある新潟・燕三条の持つ金属加工の高い技術力に、デザインという付加価値をつけてマーケットに送り出す。ローカルに根を下ろし、グローバルに発信するということは私たちのDNAとなっています。

「デザイン」だけではスケールさせることが難しい?

スノーピークのアパレル商品

2014年にアパレル事業をスタート。シンプルなデザインながら、アウトドアシーンでも日常でも快適に過ごせる工夫がある。

同じ考え方で2017年から進めてきたのが、全国のキャンプ場の再生事業です。1980年頃からのキャンプブームで各地に作られたものの、今は使われなくなっているキャンプ場が全国にありました。地方には美しい自然という最高の魅力があるのに、活かしていないのはもったいない。

そこで、その土地が持つ魅力に、スノーピークのデザイン力を掛け合わせることで、キャンプ場のリニューアルを手掛けてきました。キャンプ場という空間の再プロデュースが、私たちができる地方創生の第一歩だと思っています。

ところが、事業の幅が大きく広がる今、デザイン力をスケールさせるために、システムインフラの導入も同時に進めてきています。どんな事業にも、創業からのコアコンピタンスである「良いデザイン」が感じられるように。その根底にあるのはお客様の体験価値を上げるということです。

スタッフは全員がキャンパー

リース能亜さん

「Snow Peak Tokyo HQ3」からは明治神宮を一望できる。都心なのに自然の中にいるような感覚を味わえる。

── 一方、スノーピークはコアなファンコミュニティを持っていることで知られています。なぜ強いファンが生まれたのでしょうか?

20年近く続くキャンプイベント「Snow Peak Way」をはじめ、小規模なものも含めるとキャンプイベントは年100回以上実施しています。イベントを通してファンコミュニティは大きくなってきましたが、それだけではありません。

実は店頭でのスタッフの1対1のコミュニケーションがベースにあります。 スノーピークのお客様は当然キャンプ・アウトドア好き。お客様と深くつながるためには、私たち自身がアウトドアパーソンでなければなりません。実際、販売スタッフは全員キャンパーで、スノーピークの一番のファンでもあります。

今はメールやSNSでのコミュニケーションが一般的ですが、スノーピークのスタッフはさらに、お客様に電話で使い心地などをフォローしています。非効率と思われるかもしれませんが、これこそがスノーピークらしさです。とはいえ、特定のスタッフの記憶頼りではオペレーションにばらつきが生まれるというのが、課題として挙がっていました。

箕面キャンプフィールドの周りで起きていたこと

テントの中の様子

スノーピークでは、オフィスにテントを立ててその中で会議などをする「キャンピングオフィス」を提案している。自然とのつながりを感じながら働くことができる。

特定のスタッフに頼らない店舗運営ができている事例をご紹介しましょう。大阪のスノーピーク箕面キャンプフィールドは、ダム湖の湖畔にある自然豊かな場所にあります。その周辺の店舗では、販売データをリアルタイムに分析し、そこから購入のパターンをつかんでお客様に合ったキャンプ場をご紹介する、興味のありそうなイベントに案内するなどをしていました。

キャンプ後に来店されたときには、「先週のキャンプどうでした?」「次のキャンプに向けて、ランタンが欲しくなって」といったキャンパー同士の会話ができる。よりお客様とのつながりが深くなるのです。

現在、日本のキャンプ人口比率は約6%。私たちは、マス広告を打って新規のお客様を増やしていくより、既存のお客様を大事にしてファンベースを広げていく方法をとっています。ファンとの絆を深めつつも、属人的な接客に頼らないために、テクノロジーの力を借りています。

デザイン以外の全バリューチェーンに同じシステム

クーラーボックス

──テクノロジーをどのように活用しているのでしょうか冒頭のキャンピングオフィスをはじめ、新たな事業に取り組んでいらっしゃると聞きました。どのような事業でしょうか?

お客様との深いつながりを大切に。この「スノーピークらしさ」を支えているシステムは、顧客情報管理のためのSAP Hybrisと、基幹業務システムのSAP S/4HANAです。SAP S/4HANAの導入範囲は、デザインを除いた「製造から会計処理まで」の全バリューチェーン。

全バリューチェーンに同じシステムを入れる企業は珍しいと聞きますが、統一されたシステムだからこそ実現できることがある。そう考えての判断でした。 出荷データ、在庫データ、販売データが同じシステム上に蓄積され、リアルタイムに分析されることで、オンラインとオフラインのショッピング体験が統合されていきます。

例えば店舗で見て気に入った商品を、アプリの中でお気に入り登録し、自宅で家族と相談した後オンラインで購入する。オンラインで気に入った商品を店舗で見に行き、購買を決め、次回行くキャンプ場に配送する。こういったことは直近での実現が考えられます。私たちは、オンラインとオフラインをシームレスに行き来する体験を提供できるようなオンデマンド上のサービスが、これからのベースラインと考えています。

さらに、今シーズンの製品を買ったお客様のフィードバックをリアルタイムに開発パートに共有し、開発中の製品に反映することもできるようになります。キャンプ用品はあくまで道具として、自然を体験する、そして自分と向き合える時間を過ごすことをお手伝いしたいと思っています。

短期的な利益より、大事にしたいこと

スノーピークHQ3の様子

キャンプという、テクノロジーと対極にある体験を提案する私たちが、今大きなシステム導入をするのは意外に思われるかもしれません。システム導入は目的ではなく、この先も「ありたい企業」でいるための手段です。

ライフスタイルブランドである以上、短期的な利益は追いません。デザイン力、プロデュース力といった私たちの強みを変えないために、ビジネスフローのほうを変えていく。私たちが見ているのは、自然と人をつなぎ、人と人をつなぎ、人間らしさをすべての人が取り戻した豊かな未来です。


SAPと言えば、大企業が導入する大掛かりなシステムインフラというイメージがあった。だから、スノーピークのような老舗の中小企業が導入をしていると聞いたときは意外だった。しかも、キャンプというテクノロジーからの究極のオフを提供するためにテクノロジーの力が不可欠、としていたのは新鮮に感じた。効率化でも生産性の向上でもなく、社会や地域にとって理想的な存在であるためのシステム導入。このような企業が今後増えていくのかもしれない。

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