ZOZO定期便の真の狙い——サブスクリプションは単なる定額制サービスではない

ZOZO前澤友作社長

2018年7月、「ゾゾスーツ」の計測データをもとに作る初のフォーマル商品を発表したZOZO前澤友作社長。同社からは矢継ぎ早に先進的なサービスが打ち出される。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

日本経済新聞(7月24日付)の連載コラム「やさしい経済学」で、兵庫県立大学の川上昌直教授が次のように書いておられました。

「サブスクリプションモデルが拡大するのに伴い、企業にとっては顧客との関係を長期的に継続することが非常に重要になります(中略)顧客は契約を続けたくなければいつでもやめることが可能で、そうなれば企業は収入を失ってしまうため、継続して利用してもらえるように顧客に寄り添うことが不可欠になります」

さらに、「寄り添うこと」の意味を掘り下げて、こう結論されていました。

「顧客と長期的な関係を築くには単にカスタマーサポートを設ければよいというわけではありません。受け身の対応ではなく、顧客がそのサービスを利用して利便性が高まり、生活に良い変化をもたらすように絶えず修正していく必要があります」

筆者も同じ思いです。いまや全ての産業に広がろうとしている「サブスクリプション」は、利用した期間に応じて料金を支払うという、単なる支払い方式を意味するものではありません。

ZOZO「おまかせ定期便」の衝撃

ZOZO「おまかせ定期便」

ZOZOが2018年2月に開始した「おまかせ定期便」のサービス案内画面。

ZOZO

川上教授の指摘をより具体的に説明するなら、サブスクリプションの本質とは、顧客との長期的・継続的な関係性を築き、それを活かしてクロスセル(=関連商品の購入を促す)・アップセル(=単価や利益率の高い商品の購入を促す)を行いつつ、究極的に顧客の「こうありたい」という思いに沿ったライフスタイルを提案することなのです。

また、サブスクリプションはモノやサービスを売って終わりではありません。そこから得られるあらゆるデータを収集、集積、分析し、カスタマーエクスペリエンスのさらなる向上につなげていくことまでが含まれています。

そうしたサブスクリプションの本質を捉えたビジネスを展開する企業が、日本のファッション業界から出てきたこと、しかもそれが世界にその名を知られるユニクロのような大手ではなく、東証1部上場6年目の比較的若いEC企業「ZOZO(ゾゾ、旧スタートトゥデイ)」だったことに、私は大きな衝撃を受けました。

同社が2018年2月に始めた「おまかせ定期便」が、まさにその核心です。申し込み時のアンケートで、好みのテイストやサイズ感、隠したい身体のパーツ、予算感などを答えると、自分の趣向にあった商品が5~10点程度、定期的に送られてくるので、気に入ったものだけを購入し、必要ないものは無料で返品できるというサービスです。

顧客へのアンケートだけでなく、これまでの購買履歴や採寸用ボディスーツ「ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)」による計測結果も加味され、それらのデータを人工知能(AI)が独自に解析し、その結果をもとにコーディネートの経験豊かなスタッフが定期便で届ける商品を決定しています。

顧客が「友達」であることの意味

ZOZO「ゾゾスーツ」

ゾゾスーツは2018年7月時点でも改良版の配布が遅延している状況だが、顧客からはなぜか決定的な批判の声は聞かれない。

ZOZO

「おまかせ定期便」は入念に組み立てられたサービスですが、私が衝撃を受けたのは仕組みそのものではなく、その前提となっている顧客との関係性です。

ZOZOの前澤友作社長は、顧客を「友達」と定義しています。従来のマーケティングでの顧客管理の手法は、米セールスフォース・ドットコムが提唱した「カスタマー・リレーションシップ・マネジメント(CRM)」でしたが、ZOZOはあえて「カスタマー・フレンドシップ・マネジメント(CFM)」としているのです。

顧客との間に長期的、継続的な信頼関係がないと、仮に何かのきっかけでサブスクリプションに切り替えてもらえたとしても、長続きしません。逆に言うと、当初から顧客を友達に見立てるほどの親密なパートナーと考えてきたZOZOにとって、サブスクリプションは極めて親和性の高いサービスモデルなのです。

実際、2017年11月に発表したゾゾスーツの生産がうまくいかず、数量確保に失敗して出荷が遅れ、2018年4月にようやく改良版の発送が始まるという大きなトラブルが起きたにもかかわらず、批判とクレームの大合唱にならなかったのは、顧客とのフレンドリーな関係性があったからではないでしょうか。

見据えておくべき「12のパラダイムシフト」

メルカリ山田進太郎会長兼CEO

2018年6月19日に東京証券取引所の新興企業市場マザーズへの上場を果たしたメルカリの山田進太郎会長兼CEO。同サービスは、自ら生産し、販売する消費者「プロセルシューマー」を生み出した。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

本稿の冒頭で、サブスクリプションは全ての産業に広がりつつあると書きましたが、そのことと本質を同じくするパラダイムシフトが起こり始めています。その大きな変化の潮流は、次に挙げる12の項目で端的に説明できると私は考えています。まずは前半の6項目から。

「超高齢化社会」から「超長寿社会」へ

従来の「高齢者が増えた」という考え方を脱し、「超長寿が可能な世界が現実のものになった」と捉え、働き方(ワークスタイル)を見直す動きが加速しています。足元ではまだ60歳定年制が大半ですが、この1年という短い時間の中でも、5年、10年と定年が延びるケースが出てきています。60歳から新たに「働き方30年計画」を立てることは、いまや全くおかしなことではないのです。

「シングルキャリア」から「パラレルキャリア」へ

単一の職場で働くシングルキャリアから、ライフワークとして複数のキャリアを持つ時代がやってきました。国家公務員についても、NPO法人や非政府組織(NGO)などの「公益的活動」を目的とした兼業が認められる方向で、すでに指針づくりが始まっています。

「コンシューマー」から「プロセルシューマー」へ

アルビン・トフラーは1980年に、生産の主体である企業(プロデューサー)に対して、消費者(コンシューマー)だった個人が企業の生産企画に参画することで新たな商品を生み出す「プロシューマー」が出現すると指摘しました。そして今、プロシューマーは自らモノやサービスを販売する「プロセルシューマー」へと進化を遂げようとしています。

例えば、消費者間取引(C2C)のプラットフォームであるメルカリは、さまざまな制約のためにパートタイム労働者としてしか働くことのできなかった主婦たちが、プロセルシューマーというワークスタイルを選ぶことのできる絶好の場となっています。

「欠乏欲求」から「自己実現欲求」へ

食べるため、生きるための働き方から、自己実現や自分らしいライフスタイルを実現するための働き方へ。言い換えれば、人に認めてもらうだけの働き方ではなく、「こうありたい」という働き方を自分で定め選ぶ方向へのシフトが進んでいます。

「金銭的欲求」から「成長と貢献」へ

金銭的な報酬そのものを否定するわけではありませんが、それ以上に、自己成長や社会問題の解決に貢献できるかどうかを重視する時代になっています。もう一歩踏み込んで言えば、金銭を得て働くことと、成長と貢献を求めることはもはや表裏一体の関係で、区別することはできないのです。

「貨幣経済」から「評価経済」「価値経済」へ

これまで貨幣の多寡であらゆることを評価していた社会から、実際に価値のあること、本当の価値を重視する社会へと、価値観の変化が進んでいます。ブロックチェーン技術やトークンエコノミーが登場し、無名の人が応援したり、インフルエンサーと呼ばれる人たちが評価することにトークンが付与されるなど、大きな意味を持つようになりました。そういう意味で、コミュニティ全体が価値をつくる時代が到来したとも言えるでしょう。

サブスクリプションの普及は大きな変化の一部

ベネズエラの仮想通貨「ペトロ」

テクノロジーの進化は著しく、パラダイムシフトの原動力となっている。普及の速度もまた著しい。ベネズエラ政府は石油埋蔵量を裏付けとした仮想通貨「ペトロ」を発行。時代の変化を印象づけた。

REUTERS/Marco Bello

後半の6項目は、以下の通りです。

「所有・購入」から「シェア・サブスクリプション」へ

アメリカでは洋服のシェアリングやサブスクリプションが定着してきています。なるほど、自分で着る服を毎日選ぶのは手間だし、クローゼットやクリーニングなど保管・管理するコストもかかります。自分で選んで買ったけど失敗した、ということも多い。所有することには自己承認欲求が満たされるというメリットも確かにあるのですが、それ以上に自分が「こうありたい」という自己実現欲求を満たすことが重視される時代なのです。

「商品・サービス」から「ライフスタイルの提案やサポート」へ

⑦と重なりますが、商品・サービスよりも、自分らしさやライフスタイルを反映した提案やサポートを求めるニーズがもはや上回っています。ZOZOの「おまかせ定期便」は、形式的には洋服という商品の提供ですが、実質的にはライフスタイルの提案なのです。

「垂直・統合」から「水平・分散」へ

これは⑥と重なります。テクノロジーの進化で水平分業や分散化が進み、個人のプロフェッショナルが主導する世界へと変化しています。パラレルキャリアのフリーランスだけでなく、従来からある垂直統合型の組織の中においてさえも、専門性を持った人材が複数の仕事をこなすようになっていくのです。

「個人の成績」から「チームの成績」へ

アメリカのビジネススクールは、チームで成果をあげることにフォーカスしています。ビジネスの現場でも、多国籍企業がチームを組んで仕事をするケースも増えてきました。⑨で書いたように、個人のプロフェッショナルが水平的につながって仕事をするようになれば、そのつながり=チームの成績が重要視されるのはある意味当然のことと言えるでしょう。

「複雑・煩雑」から「シンプル・ミニマル」へ

テクノロジーが劇的な進化を遂げ、情報量は指数級数的に増えていますが、それに対して個人の能力はさほど変化していません。複雑・煩雑になるばかりの社会を生き抜いていく上で、処理能力の限られた人類がシンプル・ミニマルを指向するのは、ごく当然の流れ。シェア・サブスクリプションの隆盛も同じ論理で、要するにモノを持っていたらキリがない時代なのです。

「AIとの競争」から「AIとの協業」へ

AIが人間の仕事を奪うというメディア記事や本をよく見かけるようになりましたが、そういう側面があるのは確かに事実です。しかし、人でなくてはできない仕事が残るのもまた事実。AIがすべきことと人がすべきこととを峻別する必要があります。AI分野で最先端を走るグーグルは、社内でもAIを駆使しており、浮いた時間を1on1の対人ミーティングに充てているのは有名な話です。

——いかがでしょう。サブスクリプション・サービスの広がりが、大きなパラダイムシフトの中の一現象であることをご理解いただけたでしょうか。あなたは、あなたの所属する組織は、あるいはあなたが始めようとしている事業は、これらのパラダイムシフトを見据えて動いているでしょうか。

従来のビジネスでは多くの場合において、顧客にモノやサービスを購入してもらうことが目的でした。しかし、サブスクリプションにおいては、購入は顧客との関係の「始まり」に過ぎないのです。


田中道昭(たなか・みちあき):立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。専門は企業戦略、ミッション・マネジメント等。三菱UFJ銀行、シティバンク、バンクオブアメリカ証券会社等に勤務。主な著書に『「ミッション」は武器になる』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など。

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