中国への関税発動、アメリカの真の狙いは「中国製造2025」計画の阻止だ

中国の習近平国家主席

2018年3月の全国人民代表大会で任期制限撤廃の憲法改正が承認され、圧倒的な権力を手にした中国の習近平国家主席。「世界一の軍事力の形成を加速する」と語った。

REUTERS/Thomas Peter

トランプ政権が中国に対して矢継ぎ早に貿易関税を課している。

7月6日に340億ドル相当の中国製品に25%の追加関税を発動し、まもなく160億ドル相当を課税対象に加える。また、8月下旬の公開ヒアリングを経て、2000億ドル相当の製品に10%の追加関税を適用する可能性も示唆している。

さらに、7月20日に放送された米CNBCのインタビューでトランプ大統領は「5000億ドル相当に関税を課す準備がある」と発言。これは中国からアメリカへの総輸出額5056億ドル(2017年)に相当する規模であり、いかに大胆なプランかが分かる。

中国の「報復」にアメリカ国内から悲鳴

訪米中の習近平

2012年2月、米アイオワ州の農場を訪ね、大豆ととうもろこしについて関係者の説明に耳を傾ける国家副主席時代の習近平氏。今やこれらの農産品に追加関税が課される事態に。

REUTERS/Charlie Neibergall/Pool

こうした動きに対して、中国側も7月6日に同じく340億ドル相当のアメリカ製品を対象に25%の追加関税を発動。直接的な報復に出たことから、事態はまさに「米中貿易戦争」の様相を見せ始めている。

そもそも中国はアメリカからのプレッシャーを受け、関税引き下げの方向に動いていた。実際、自動車については、それまで25%だった輸入関税を7月1日から15%に引き下げている。それが、報復の追加関税25%の発動により一気に40%まで引き上げられた。

日本車や欧州車に課される関税は15%のままだから、テスラなど中国の工場で生産していないアメリカのメーカーは、大きなハンデを背負うことになった。また、中国の報復関税は、自動車以外にも大豆など農産品をターゲットにしていることから、アイオワなどトランプ政権の支持層が多い農業州での不満も大きい

中国による報復関税がアメリカ経済に影響を与えるのは当然だが、アメリカの対中関税が自国経済にもたらす影響も甚大だ。アメリカは中国製の電子部品にも関税を課すことを決めており、半導体をはじめ多くの電子部品を中国から調達しているゼネラル・モーターズ(GM)やフォードなどアメリカの自動車メーカーはコスト増を迫られる。これを受け、両社は7月25日に今期の収益見通しを下方修正している。

対中「強硬派」と「現実主義派」の対立

ピーター・ナバロ

2018年6月にホワイトハウスで行われたトランプ大統領と安倍晋三首相の記者会見を見つめる、関税「強硬派」のピーター・ナバロ米国家通商会議(NTC)委員長。

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トランプ政権には今、対中政策に関する二つの派閥があると言われている。

一つは、貿易戦争の負の影響も理解しながら、関税を交渉のツールとして使おうという現実主義派だ。スティーブン・ムニューシン財務長官らがその代表格で、彼らは「貿易戦争もこのあたりにしておかないと、対中貿易額の最も多いアメリカが最も大きな被害を受ける」と考えている。よって、これ以上の関税合戦は望んでいない。

実は、共和党の主流派には自由貿易支持者が多い。現に、米上院は7月11日、国家安全保障を理由に関税を発動する大統領権限の制限について、賛成88反対11で動議を可決している。

もう一つの派閥は、ピーター・ナバロ米国家通商会議(NTC)委員長を中心とする強硬派である。ナバロ氏はカリフォルニア大学教授(経済学)で、2015年に中国の貿易政策を批判する『Crouching Tiger: What China's Militarism Means for the World』(邦訳『米中もし戦わば——戦争の地政学』)を出版。翌2016年にトランプ大統領候補の政策アドバイザーに就任し、当選後、通商政策などについて大統領に助言する上記のポストに就いた。

同氏は著書で「歴史的に既成の大国と、台頭する新興国が戦争にいたる確率は70%」と指摘しており、中国の経済発展はアメリカを滅ぼすことにつながりかねないと考えているようだ。

また、6月28日に行われた講演会では、ホワイトハウスによる調査レポート「How China’s Economic Aggression Threatens the Technologies and Intellectual Property of the United States and the World」(中国の経済攻勢がアメリカや世界の技術・知的財産をいかに脅かすか)を引用しつつ、「中国による知的財産権の侵害や貿易ルールの迂回、模造品の乱発などを早急に是正させなければならない」と強調している。

新たな産業政策「中国製造2025」の脅威

演説中のトランプ大統領

2018年7月、イリノイ州のグラニット・シティにあるスチールコイル(鋼帯)工場で、貿易と関税について演説するトランプ大統領。「アメリカの労働者を守れ」の文字が見える。

REUTERS/Joshua Roberts

この二つの派閥の間にあって、朝令暮改を繰り返してきたのがトランプ大統領である。

トランプ大統領の関心はもっぱら2018年11月に行われる中間選挙にあり、その支持基盤である「ラストベルト」(かつて鉄鋼や自動車で栄えた産業都市が集中するエリア)の白人たちが最も重要なサポーターだ。その視点から、トランプ大統領は中国をアメリカの脅威とするナバロ氏ら強硬派を支持しており、11月の中間選挙に向けて対中関税を強化する動きはますます激化すると考えられる。

参考記事:トランプ大統領に知ってほしい「日本のものづくり魂」——アメリカの製造業は高関税では復活しない

一方で、対立する二つの派閥がいずれも危険視している動きがある。それが「中国製造2025」だ。2015年に中国政府が発表した産業政策で、簡単に言えば「今後10年で10分野において重点的に産業の高度化を図り、世界の製造強国レベルに持っていく」というものである。

10の重点分野は以下の通りだ。

  1. 次世代情報技術(IT)
  2. ハイエンド制御工作機械とロボット
  3. 航空宇宙設備
  4. 海洋エンジニアリング・ハイテク船舶
  5. 先端鉄道交通設備
  6. 省エネルギー・新エネルギー自動車
  7. 高付加価値電力設備
  8. 農業用機械設備
  9. 新素材
  10. バイオ医薬・高性能医療器械

中国の工場

安徽省淮北市の空調機器工場。高度な制御工作機械やロボットの導入が急ピッチで進む。写真に写っているのは日本の安川電機製のロボットだが、「中国製造2025」ではこれらを国内製品に切り替えていく計画だ。

REUTERS/Stringer

「中国製造2025」は、そもそもアメリカを挫くためではなく、「中所得国の罠」に陥らないための手段として考案されたものだ。「中所得国の罠」とは、低賃金労働などをテコに発展した国家において、その発展とともに労働賃金が上昇した結果、経済成長が停滞することを指す。

中国は日本をモデルにすべく、中国国務院発展研究センター(DRC)を介して、内閣府経済社会総合研究所(ESRI)との共同研究を行っている(2011年発表)。なお、同センターは世界銀行とも共同研究を行い、2013年に「China 2030: Building a Modern, Harmonious, and Creative High-Income Society」(2030年の中国——現代的、調和的、創造的で高所得の社会を築く)を発表している。

それらの共同研究の結論部では、産業の高度化、輸出依存から国内消費依存へのシフトが謳われている。中国は今まさにそうした経済改革を断行しようとしており、その行動計画が「中国製造2025」としてまとめられたわけだ。

米中貿易戦争は一過性の問題では終わらない

中国の空母

2018年5月、遼寧省の大連港で試験航海を始めた中国初の国産空母。海洋権益の確保に向けた中国の軍事力の発展は凄まじい勢いで進んでいる。

REUTERS/Stringer

ところが、この計画内容がナバロ氏らアメリカの強硬派を「違う意味で」刺激した。「中国製造2025」に挙げられた10の重点分野は、いずれも軍事技術に直結する。それらの技術水準がアメリカに追いつけば、アメリカの軍事的優位が脅かされ、「米中もし戦わば」負ける可能性が出てくるのではないか——。そんな最悪のリスク・シナリオとして理解されたのである。

このシナリオには共和党の主流派も危機感を抱いており、ナバロ氏の強硬論には反対する議員たちも、長期的視点としては「中国製造2025」への危機感を共有している、というのが現状のようだ。

ナバロ氏は「中国に対する関税発動は、短期的にはアメリカ経済に痛手を与えるかもしれない。しかし、中国に進出したアメリカの企業はこれを機に、拠点を中国からアメリカに戻すか、中国以外に移すことを考えるだろう。そうすれば、アメリカから中国に技術が流出することはなくなる」とウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の取材に答えている。GMやフォードが収益見通しを下方修正することなど、すでに織り込み済みということだ。

共和党の中にそうした「織り込み済み」のコンセンサスがあるとすれば、今回の「米中貿易戦争」は文字通りの意味を持つことになり、中間選挙までといった一過性の問題では終わらない可能性が高くなる。

経済的にも地政学的にも、両大国に狭まれた我が国はどのように振る舞うべきか。世界の経済大国の一角としての日本の舵取りは、これからいっそう難しくなるだろう。


土井 正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社「クレアブ」(日本)代表取締役社長/山形大学特任教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。山形大学特任教授を兼務。

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