8月1日、平成30年度全国高等学校総合体育大会(インターハイ)の開会式が開かれ、平成最後のスポーツの夏が始まった。近年、プロスポーツの配信権をめぐるニュースが過熱しているが、「学生スポーツのネット配信」に注力する企業も出ている。
スポーツブルは、多くの学生スポーツを配信する意義を『人は、見られることで、強くなる。』というコピーで表現する。
写真:スポーツブル
ロッカールームや練習風景もファンに届ける
2018年夏の甲子園の開会式は8月5日だ。
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2018年夏、インターネットスポーツメディア「スポーツブル」は新たな試みに乗り出す。
朝日新聞社と朝日放送テレビが提供する「バーチャル高校野球」と連携して、第100回全国高校野球選手権記念大会(夏の甲子園)の全試合ライブ中継を行い、全国高等学校体育連盟(高体連)公式サイト「インハイ.tv」との連携で、インターハイ全30競技のライブ中継もする。
スポーツブルを手がけるのは、2015年に設立した株式会社運動通信社。創業者は電通に約9年勤めた黒飛功二朗だ。放送局担当を経て、デジタルマーケティング領域に携わった。
中高生時代、学生スポーツとは無縁だった黒飛が、「学生スポーツの無料ネット中継サービス」に参入したきっかけには、あるメディアとの出合いがあった。
運動通信社 社長の黒飛功二朗。電通に約9年勤めてから起業。
写真:西山里緒
2014年、電通から独立して1年目、朝日放送から依頼を受け、黒飛は甲子園本大会をネットで生中継するサービス「バーチャル高校野球」のプロデュースを手がけた。
テレビとネットの同時再送信(サイマル放送)を推進する時代の機運もあり、この仕事をきっかけに、黒飛にはテレビ局・新聞社などの権利保有者からスポーツのネット配信に関わる相談が舞い込むようになる。
例えばテレビ局では、3時間の取材をしてもそれを5分に縮めなければならないこともある。試合後のロッカールームの様子や練習風景、1年間追いかけ続けて撮ったインタビューなど、テレビ放送からこぼれ落ちてしまった素材をファンに届けたい。
作り手の想いに耳を傾けるうちに、それらを余すことなく配信できるプラットフォームを作りたいと考えるようになった。
激戦のスポーツ中継ビジネス、あえて「アマ」を攻める理由
英パフォーム・グループが展開するDAZNは2017年からのJリーグの放映権を10年間・2100億円で獲得した。
画像:DAZN
ここ数年で、スポーツ中継の配信権をめぐる状況は激変した。インプレス社が発表した「動画配信ビジネス調査報告書 2018」によると、転機は2016年から2017年、スポーツの動画配信サービス「DAZN(ダゾーン)」が日本に参入し、本格的に稼働を始めたことだ。
スポーツブルが正式版リリースをしたのは2016年11月。当時すでに、大手も含め複数社がスポーツコンテンツのネット配信サービスを始めており、参入障壁は決して低くはなかった。黒飛はあえて高い配信権料を必要とするプロスポーツではなく、学生スポーツなどアマチュアスポーツの可能性に着目した。
学生スポーツはプロスポーツとは違い、商業目的の利用は制限されている。
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サッカーや野球などのプロスポーツに対し、学生スポーツはそもそも学生たちの部活動であるため、「商業起点であってはいけない」(黒飛)という事情がある。スポーツブルは大会主催側から正式な許諾を受け、競技や大会の認知普及を目的として、一貫して無料でコンテンツを配信する。
立ち上げ当初からさまざまな学生スポーツを配信、2018年夏には「バーチャル高校野球」と連携し、地方大会からライブ中継をしている。配信を予定している試合数は、2017年の約3倍にもなる700試合以上だ。大会後も一定期間アーカイブされているため、終わった試合も見られる。
「バーチャル高校野球」と同年に立ち上がった高体連公式サイト「インハイ.tv」とも連携し、夏の高校スポーツをまとめて視聴できるプラットフォームとなった。
朝日新聞の担当者は提携した最大の理由を、「スポーツブルのインフラを利用することで、より多くの地方大会を安定的に配信し、高校野球の普及・発展につなげられること」と話す。
注目カードのホームランだけがハイライトじゃない
「(学生スポーツでは)試合に優劣はない」(黒飛)
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スポーツブルは2018年7月にデイリー・アクティブ・ユーザー(DAU)150万人を記録。「バーチャル高校野球」「インハイ.tv」との連携前の6月の約4倍になるといい、8月はさらにその数字を伸ばす見込みだ。
「学生スポーツは、必ずしも注目カードのホームランだけがハイライトじゃないんです」 (黒飛)
もし自分の子どもが出場している試合であれば、あるいは母校の試合であれば、結果にかかわらず1回戦から大事な試合だ。「そういう意味で、(学生スポーツでは)試合に優劣はない」(黒飛)。この熱量にフォーカスを当てることが、ほかの動画配信サービスが参入できない強みになる、と語る。
「東京オリンピックのスター」は、今年のインハイ選手の中にいるのかもしれない。
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プロ・アマを問わず、多種多様なスポーツを無料でネット中継することで、競技人口が比較的少ないスポーツに光を当てるきっかけにもなる。
7月には、サーフィンの世界最大の国際大会「WSL(WORLD SURF LEAGUE)」の男子QS1500がスポーツブル上で配信された。
WSL ジャパンゼネラルマネージャーの近江俊哉氏は、「(配信によって)サーフィンのファンだけでなく、野球やサッカーを見ていた人も見てくれるようになった。明らかに裾野は広がっていると思う」と語る。ファンの増加は選手のモチベーションを変える、と断言する。
ライブ中継をはじめとするコンテンツは無料配信して広告収入を得る一方で、次に狙うのが、スポーツのリアルな体験を創出するビジネスだ。
その足がかりとなるのが、スポーツを習いたい人とトレーナーをマッチングするサービスだ。すでにサッカーの本田圭佑選手が代表を務めるNow Do社との提携を発表しており、サービス開始に向けて準備を進める。
2018年のインターハイで活躍している選手たちは、2020年の東京オリンピックでは19歳前後だ。2年後、表彰台に立つことになる次世代のスターたちは今、プレーしているのかもしれない。
(文・西山里緒)