「銀行から投資信託購入で半数が損失」報道、銀行だけを責めるのは間違いと言える理由

銀行で投資信託を購入した人の半数が損失を出している——最近そんなニュースが駆け巡った。金融庁の発表を受けての報道だが、金融のプロに言わせれば、これを銀行の運用が下手クソなせいと決めつけるのは、ちょっと違うのだという。青山学院大学金融技術研究所長の大垣尚司教授が解説してくれた。

メガバンクの看板群

超低金利政策が長期化し、本業の収益の伸びを期待できない中、どの銀行も金融商品の手数料収入に期待せざるを得ず、結果として顧客満足をおろそかにした販売が増えていく……との見方もある。しかし、本当に銀行だけのせいなのだろうか。

REUTERS/Toru Hanai

投資信託を販売している都銀や地銀の計29行を対象に、それぞれの顧客にどれくらいのリターンを提供しているかを「見える化」し、銀行間の比較を可能にする共通の成果指標(KPI)を金融庁が公表した。

この中で注目を浴びているのが、それぞれの銀行が顧客に投資信託でどれだけ儲けさせたか、損をさせたかという指標である。

投資信託の販売会社における 比較可能な共通KPIを用いた分析

金融庁「投資信託の販売会社における比較可能な共通KPIを用いた分析」より、運用損益別顧客比率を示したグラフ。

金融庁

具体的には、顧客が投資信託を購入した日からとりまとめの基準日までの累積の運用損益(手数料控除後)が、投資額の何%にあたるかを計算して、「-50%未満」「0%以上10%未満」などの区分ごとにどれくらいの顧客が属しているかを示す「運用損益別顧客比率」が用いられる。

今のところ、個別の銀行ごとではなく全体についての顧客比率のみ発表されているが(右図)、これを見ると、半数に近い46%の顧客の運用損益率がマイナスであることが分かった。

銀行に「顧客目線」を意識させる上では有効だが…

金融庁発表を受け、日本経済新聞はさっそく「投信で損失、個人の半数」というタイトルでこれを報じた(2018年7月5日付朝刊)。

日本経済新聞

「投信で損失、個人の半数」と衝撃的なタイトルで報じた日本経済新聞の紙面(2018年7月5日付)。

日本経済新聞紙面よりキャプチャ

しかし、もし皆さんがこの結果を「投資家が実際に得た利益、被った損失」だと考えたとしたら、それは正しくない

本来、投資家が投資から得る損益は、買った時と売った時の資産価値の増減率(実現損益)であるはずだが、金融庁の成果指標は「すべての顧客が基準日に保有している投信を売ったとしたら、手数料控除後にいくらの損益になったか」を机上で計算したものにすぎないからである。

もちろん、投資信託の利回りは一般的に、顧客が実際に保有している期間とは無関係な期間における資産価値の増減率で計算され、それぞれの顧客が購入した日から一定の期日までという形で計算されることはない。

したがって、それを販売会社である銀行に計算させて、成果指標として監督当局がモニタリングすること自体は、「顧客目線」を意識させる上で非常に効果的だ。ただ、投資家が実際に得た利益、失った損失と同一視することはできないのである。

「ビヘイビア・ギャップ」に注目せよ

金融庁

金融庁の厳しい指導監督で運用成績が向上するならいいのだが、人間の行動(ビヘイビア)の影響はそれなりに大きいようで……。

撮影・今村拓馬

このように、金融庁が今回発表した数字は素人には少し分かりにくいものだ。それでも、「投資信託の運用成績そのものと、顧客が投資から得る損益にはギャップがある」という事実に焦点が当たったことに、筆者は大きな意義を見出したい。

実は、金融庁の発表と同じ6月に、アメリカの投資信託格付け大手モーニングスターが、「マインド・ザ・ギャップ」という調査レポートの2018年版を発表した。

ここで言う「ギャップ」は、アメリカではほぼ普通名詞化している「ビヘイビア・ギャップ(behavior=ふるまい、行動)」のことで、具体的には「投資信託の総合利回り(投資信託自体の運用成績)と投資家利回り(その投資信託を購入した顧客が投資期間に得た利回り)との差」を指す。

レポートは、このギャップについてモーニングスター社が膨大な投資信託データに基づいて調査分析を行った結果である(残念ながら日本の投資信託は含まれない)。

高値でつかみ、値下がりすると慌てて売る私たち

例えば、下図の曲線はある投資信託の資産価値を示したものだ。

一般的に、ある期間の投資信託の総合利回りは、期首の資産価値と期末の資産価値とを比べて、年率に換算したものである(話を単純化するために期中の分配金はないものとしている)。

投資信託の資産価値

ある投資信託の資産価値の推移を示した曲線。縦軸は資産価値、横軸は時間の推移。

各種資料より筆者作成

図では、期首の資産価値(A)が100、期末である5年後の資産価値(B)が120なので、(専門的な計算はここでは省略する、以下同)総合利回りは約3.7%と計算される。

これに対し、投資家利回りはいつ投資していつ売却したかで大きく異なる。例えば、資産価値が180(C)の時に購入して80(D)の時に売り抜けた場合、その期間は2年なので、約47%もの損失(投資家利回り-47%)となる。また、資産価値80(D)の時に購入して120(B)の時に売り抜けた場合、期間は2.5年なので、利回りは約17.6%となる。

ただ、これまでのさまざまな調査研究を参照すると、投資家はブームに乗って価格上昇期に購入し、値下がりが続くと狼狽して売ってしまう(C)→(D)のケースが多いようだ。アメリカの研究結果(※)によれば、2010年までの15年間については、「ビヘイビア・ギャップ」によって投資家利回りが総合利回りより約1%低かったという。学術的に裏付けてもらうまでもなく、思い当たる人も多いのではないか。

損したくなければ、愚かな行動を避けるしかない

日経平均を背景にサラリーマン

利益を出したいのは皆同じだが、投資の世界に抜け道や近道はないもの。一喜一憂せず、長い目で見た投資が結局王道だったりする。

REUTERS/Toru Hanai

問題なのは、こうした投資家の行動が販売会社の誘導によるものかと言うと、必ずしもそうとは言い切れないところである。

もし銀行が誘導した結果として利回りが低くなっているのなら、金融庁が厳しく指導すればそのうち事態が改善する可能性もあるだろう。しかし、どちらかと言うと人間の性向に基づくものだとしたら、投資家自身が変わらないと利回りは改善できないことになる。

では、このギャップを避けるためにはどうすればよいか。答えは単純で、愚かな「ビヘイビア」を排除することである。

アメリカでは、次のような投資が推奨されている。

  • 市場の動きに一喜一憂せず、長期間保有すること
  • 日本で言うところの「確定拠出型年金」や「つみたてNISA」のような積み立て型の金融商品を利用して、「投資」していることを意識しないで済むようにすること
  • 短期的な市場の騰落に連動した投資信託ではなく、リスク分散の効いたバランス型投資信託やTDF(ターゲット・デート・ファンド、退職年などあらかじめ目標とする期日を設定し、目標期日に向けてリスク資産の比率が減少していくよう運用するもの)のような長期商品を選択すること

「何だよ、どっかで聞いた話だな」と思われた方も多いかもしれないが、まあ、そういうことなのである。

我が国の投資信託販売にはまだまだ改善すべき点が多いことは事実だが、実はそういう問題が解決してもなお、「ビヘイビア・ギャップ」は残る。金融庁の指導に期待する前に、投資家自身ができることは案外大きいのである。

※出典:Maymin and Fisher, “Past performance is indicative of future beliefs”, Risk and Decision Analysis 2, pp.145-150


大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。主な著書に『金融と法――企業ファイナンス入門』『金融アンバンドリング戦略』『49歳からのお金―住宅・保険をキャッシュに換える』など。

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