アマゾンが使えない!「電子国家」エストニア在住者が見た、リアルなキャッシュレス生活

IT大国として昨今注目を集めるエストニア。電子国家のイメージが強く、何でもオンラインで完結してしまうと思っている方も多いのではないだろうか。

筆者もご多分に漏れず、そう思っていた。そう決めつけていたと言ってもいい。

だが実際に暮らしてみたら、衝撃を受けた。アマゾンがなかったのである。

当たり前にアマゾンがどこでも使えるわけではない

エストニアの街並み

街並みが美しいエストニアの首都・タリン。

撮影:Baroque Street

私は新卒で入社したメガバンクを退職し、仮想通貨のシンクタンク、Baroque Street(バロック・ストリート)を設立。2018年4月、いわゆるバルト三国の北端、エストニアの首都タリンを拠点にするために移住した。

関連記事:メガバンク辞めた同期3人+1人がエストニアでつくる仮想通貨専門シンクタンク

荷物になるものは極力日本に残し、必要なものはオンラインで調達するつもりだった。少しホテル暮らしをしてから落ち着く場所を定め、さあ買い物をしよう、とPCを開いて唖然とした。アマゾンがないのである。

正確に言うと、近隣のEU諸国にはあるが、エストニアの中にアマゾンの倉庫やカスタマーサポートといった機能はない。アマゾンを使うには、他国のアマゾンで商品を購入し、エストニアに輸入する必要がある。当然時間はかかるし、購入代金によっては送料もかかってしまう。勝手に自分の中で積み上がっていた電子国家のイメージが、早くも崩れさった瞬間であった。

もっとも、アマゾンを日本と同じように使える国は、世界にそれほど多くないという事実も付け加えておきたい。

ヨーロッパでもアマゾンの拠点があるのは、5カ国程度。日本のように「いつでも」「便利に」「安く」「数多くの」モノを購入できるようになるには、それ相応のマーケットがなければならないのである。東京都世田谷区より少し人口が多いくらいの規模であるエストニアと、アジア屈指のマーケットを持つ日本を同じ軸で比較するのはナンセンスというわけだ。

スイスには仮想通貨の交通券売機も

では、エストニアのその他のデジタル文化に関しては、どうだろうか。

まず、現金が必要な場面がほとんどない。お気に入りのパイ屋さんが“cash only”だったので、少額の現金を持ち歩いていたが、最近ついにクレジットに対応したので、個人的には一切現金がなくても困らなくなった。

交通カードやSIMカードのチャージもすべてネットで完結する。自動レジの台数も日本より圧倒的に多いし、スーパーには空き缶やペットボトルを入れるとそのスーパーで使える割引券が発行されるリサイクル専用の自動回収機が置いてある。

さすが「電子国家」エストニア……と思ったが、これも早とちり。エストニアだけが特別なわけではなくて、ヨーロッパ全体がそんな感じなのだ。

スーパーの自動レジ

スーパーに設置されている自動レジ。支払いはクレジットカードのみ。

撮影:Baroque Street

どの国もクレジット決済の文化が浸透しており、自動レジも多い。自動回収機はさすがにエストニアオリジナルだろうと勝手に思っていたが、ドイツにもっとスペックの高いものが置いてあるのを発見した。きっと他の国にもあるだろう。

スイスの券売機

一部のスイスの券売機ではビットコインアドレスをスキャンできるようになっている。

撮影:Baroque Street

スイスでビットコイン決済に対応している交通券売機に出くわした時は、もはやオンラインでチャージできるどころの騒ぎではないと衝撃を受けた。

ちなみに、エストニアでは仮想通貨決済が当たり前のように普及し、カフェなどでビットコイン支払いが行われているという情報が一部で出回っているが、そんなことは全くない。少なくとも現地の関係者から仮想通貨で何かを購入したことがあるという話は聞いたことがなく、街中にかろうじてビットコインATMが1つあるくらいである。

幸い他のヨーロッパの国にも頻繁に行く機会があったため、「他と比べてどうなのか」という視点を持つことができたが、そうでなければ「さすが電子国家だ」という結論で終わっていたかもしれない。

e-residencyも万能薬ではない

「エストニアはすごく便利で、独自の発展を遂げている国らしい」という先入観だけが先走りするのは良くないことだし、エストニア推し前提の、ふわっとした内容の記事が多く出回っていることにも問題意識を感じる。

そういった背景から、あえて少し現実目線の話を書いてみた次第だ。

では、エストニアに対する期待自体がすべて過剰で、詐欺的なのかというと、決してそういうわけではない。登記や申請、本人認証をはじめとする公的な取り組みに関しては、世界に先駆けて進んでいる部分も多くある。

そもそも「電子国家」は、主に公的なセクターの独自性に対して使われるワードであり、その代表格が、世界中から電子住民票を申請できるe-residencyだろう。だが、これも決して「それさえあればすべてが解決する」という万能薬ではない。

それでは、e-residencyを持つことで一体何ができて、何ができないのか。次回はe-residencyについて詳しく取り上げたい。


福島健太:株式会社Baroque Street代表取締役CEO。京都大学農学部卒。都市銀行、システムエンジニア、国立大学特別研究員を経て、仮想通貨に特化したシンクタンクであるBaroque Streetを設立。現在はエストニアに拠点を移し、仮想通貨プロジェクトのリサーチに従事している。

Popular

あわせて読みたい

BUSINESS INSIDER JAPAN PRESS RELEASE - 取材の依頼などはこちらから送付して下さい

広告のお問い合わせ・媒体資料のお申し込み