「日本型雇用は終わった、退職金なんていらない」という人たちへの反論——“退職手切れ金”をすべての若者に

炎天下のサラリーマン

REUTERS/Thomas Peter

前回記事で、日本の退職金制度が若者に冷たいこと、そして今後さらに冷たくなっていくことで生まれるリスクについて記したところ、制度の見直しを真剣に考えるべきという建設的なご意見と同時に、各方面から多くの反論をいただいた。

参考記事:「20代、30代転職者の退職金はなぜこんなに低いのか——終身雇用崩壊でも変わらぬ制度」

「退職金なんてややこしい制度は、やめた方がいい」「終身雇用の産物なのでこれからは不要でしょう」「そんな金があるなら給与でほしい」「確定拠出年金の時代、退職一時金など不要」など、端的に言えば「退職金不要論」に近い意見が目立った

退職金制度は本当にいらないのか

ご指摘の通り、退職金制度は衰退に向かっている。2000年の会計基準変更により、退職金制度が企業にとってやっかいな存在になったこともあり、この15年で20%の企業が制度を廃止した。

制度そのものを廃止したり、早期離職する若者への退職金を大幅減額する制度に変更したことで、労働市場に何か変化は起きただろうか。まずは現状を確認してみたい。

就活生

REUTERS/Yuya Shino

現在、採用市場は「バブル化」している。少子化による新卒採用バブル、30代・40代の転職バブルと続き、ついに早期離職した第二新卒にまで転職バブルが訪れている。

以前から第二新卒の転職市場はあった。しかし、過去とは状況がまるで違う。新卒で入った会社での経験が数カ月から1、2年という経験の少ない若手も、現在は経験者としての「人材紹介料」とともに、転職している。

こうした現状に危うさを感じる方も多いようで、早々に転職を希望する若手に対して、現職に留まるよう人材紹介会社の方からアドバイスするケースも増えている。そんな状況なので、「3年勤めるまでは1円も出さない」といった退職金制度は、若者に厳しすぎると批判されるどころか、早期離職を思いとどまらせるために有効な仕組みとさえ評価されている。

退職金を持たない転職者が増えている

就活生

撮影・今村拓馬

しかし、在社年数の短い若手の退職金を抑えることに、本当に早期離職を防ぐ効果があるのかは、はなはだ疑問だ。退職金制度がどうあれ、転職する人は転職する。長期的な目で見ればデメリットがあることが分かっていても、現在の職場が「自分の居場所ではない」と感じてしまったら、若手は転職するものだ。

そんなわけで、退職金ゼロの離職者が目下急増している。手もとにお金がないから、「まず退職して冷静になってから転職先を考えよう」などと余裕綽々ではいられない。昔なら頼りにできた実家の親も、かつてほどお金を持っていない。だから、職場や家族には平静を装いながらこっそり転職活動を行い、1日たりとも給与が出ない日のないギリギリの転職を計画する

果たしてそれでいいのだろうか。

企業と従業員の関係はしばしば男女の関係に例えられる。そして、転職が男女の別離に当たるとするなら、その多くはキレイな別れではあり得ない。心の中では元カノ・元カレになってしまった相手と、表面的には辻褄を合わせながら、新たなパートナーを探す。言ってみれば「不貞による別れ」こそが転職のスタンダードな姿だ。

しかし、インターンから内定までおよそ1年をかけて決めた就職先で、入社半年もしないうちに就業時間後の逢引きを繰り返し、こっそり転職先を決める「危うさ」をどう考えたらいいのだろう

この人手不足なので、軽い気持ちで始めた転職活動であっても、早々に転職先が決まってしまう。5年、10年のビジネス経験があるわけでもないのに、正しくキャリアを判断し、見極められるのか。

「転職が決まること」と「転職の成功」は別モノ

飲み屋街のサラリーマン

Taro Karibe/Getty Images

早期離職者には、入社日と退職日を自らに都合よく調整・交渉するスキルがないので、あわただしく新たな職場に転職していくのが常だ。下手すれば前日まで前職に勤務し、退職を成し遂げた安堵と疲労感のもと、新たな職場生活をスタートせざるを得ない。

一方、転職者を受け入れる職場側にも余裕がない。上司や人事には理解があったとしても、顧客の方は転職したてだからといって要求レベルを下げてくれはしない。だから、早期離職者の多くは、自分がいかに異業種から移ってきたか、いかに未経験かを何とかアピールし、周囲の期待値を下げながら居場所を作ろうとする。

しかし、どれもこれもストレスのかかる大変な作業であり、当然うまくいかない人も出てくる。そうなったとしても、失敗を立て直すだけの金銭的な余裕がないので、間を置かずに次の転職に向かっていくしかない。

かつては採用企業側も、転職ストレスに耐えきれない人材を面接で見分けることができていたが、今はミスマッチを覚悟で受け入れている。なにせ採用バブルなのだ。中には予想をいい意味で裏切って活躍する人もいる。いずれにしても、転職先があることは、転職に成功することとまったく同義ではないということだ。

企業は早期離職者の不幸を願い続けるのか

通勤中のサラリーマン

撮影・今村拓馬

転職できる社会、すなわち人材市場の流動化は、「新卒至上主義」の日本が長年待ち望んでいた社会であった。

転職者と企業をマッチングするシステムが整備され、いまや求人情報は氾らんしている。ブラック企業問題の影響もあって、当初転職を想定していなかった若手たちにも、人材流動化の波が及んだ。

終身雇用が崩壊した今、転職者にデメリットの大きい退職金制度は時代とミスマッチしている。しかし退職金制度には、中途退職時の一時的な生活を支える機能もあるのだ。退職金の喪失は、転職者の心の余裕を奪う。特に蓄えもないままあわただしく転職する若者たちのキャリアを迷走させる一因になってはいないか。

そこで、「転職できる社会」から「転職者が活躍する社会」への進展のために、二つの提案がある。

一つは現在の退職金制度についての提言だ。給与を強制貯蓄し、退職時まで預かり、中途退職の場合はディスカウントする「転職者いじめ制度」はもうやめないか。これまで退職金に回していた分は給与として支払い、できれば確定拠出年金の掛け金として支給する。ディスカウントされない老後生計費を自己責任で貯蓄運用していく方が合理的かつ健全だ。

そしてもう一つの提案が、言葉は悪いが「退職手切れ金制度」だ。勤続年数の長短にかかわらず受け取ることのできる、給与3カ月分の手切れ金(あるいは本人の選択により3カ月の転職休暇制度)があれば、ここまで書いてきた「転職できる社会」がもたらす多くの不幸が回避できるはずだ。

「給与3カ月分だなんて、どこの誰がそんな金を出すんだ」とお叱りを受けそうだが、決して夢物語を語ったつもりはない。この手切れ金制度を導入し、従業員に冷静に考えるゆとりを与えれば、むしろ退職率は下がり、採用コストも削減できる。支援を受けて感謝した退職者が成長して帰ってくれば、決して高いコストではない。

(文・秋山輝之/人事コンサルタント)


秋山輝之(あきやま・てるゆき):株式会社ベクトル取締役副社長。1973年東京都生まれ。東京大学卒業後、1996年ダイエー入社。人事部門で人事戦略の構築、要員人件費管理、人事制度の構築を担当後、2004年からベクトル。組織・人事コンサルタントとして、のべ150社の組織人事戦略構築・人事制度設計を支援。元経団連(現日本経団連)年金改革部会委員。著書に『実践人事制度改革』『退職金の教科書』。

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