カンボジアの画像を自宅で診断——アジアに医療を「売る」時代がやってくる

アジアに日本の医療を「売る」時代がやってくるかもしれない。

私は自宅での遠隔画像診断を含めて、複数の仕事をしている放射線科医だが、日々の仕事を通じて、そのように実感することが多くなった。

これまではどちらかというと、ドメスティックに仕事をしてきて、海外進出を考えたことはあまりなかった。留学はしたいと思ってきたけれど、子育ての壁に阻まれ、いまのところはまだ実現できずにいる。

しかし、そのような一介の平凡な医師でも、アジア諸国との関わりを意識せざるを得ない時代がやってきた。「売る」というと少し語弊があるが、わが国の、質の高い医療の輸出を通してアジア諸国に貢献でき、医療水準の引き上げに役立つ時代がやってくるということである。

日本にいながらアジア医療に貢献

医者と患者のイメージ

日本の質の高い医療を海外に輸出し、アジア諸国の医療水準の引き上げに貢献する時代が訪れる(写真はイメージです)。

Getty Images

これまで、東南アジアなどのアジア諸国と日本の医療を通じたかかわりといえば、JICAなどを通じた予防接種の普及などの国際協力事業が主流だった。しかしそういった構図は、ここに来て少し潮流が変わっているように感じる。ITによる遠隔診療の普及も、変化に拍車をかけている。

私は5カ月ほど前から、カンボジアなどアジアから送られて来る画像の読影に携わっている。読影する症例はまだそれほど多くはなく、1日数症例だ(英語の報告書作成は、日本語に比べるとまだ時間がかかるため、数を制限している)。しかし、確実に需要はあり、こちらが制限を外せばもっと数は増えることが予想される。

外国で撮影された画像が、日本の協力機関を通じて、私の自宅に配信されてくる。それに対して、英語で報告書を書く。症例は、東南アジアらしく急性期の頭部外傷やそのフォローアップが多いが、時々日本の病院と同じような高齢者の慢性疾患のフォローアップなどもある。

特に東南アジアは医師不足に悩んでいる国が多く、日本の専門的な医療の需要は高いと考えられる。私の専門分野である乳がんの症例はまだないが、今後食生活の欧米化や高齢化などが進むと、日本と同様に爆発的に増えてくる可能性がある。このように、日本にいながら、アジア諸国の医療に貢献できるのはありがたい。

中国の診療所に画像診断医も派遣

上記の例だけではなく別の診療所では、中国に設立した会社を通じて、人間ドックを受けに来日した中国の方々の画像の読影もさせていただくことがある。いわゆる医療ツーリズムで、日本の相対的に安価で質の高い画像診断に対する需要はそれなりに強い。

大学病院でも、アジアの診療に関わる施設がでてきている。私が以前在籍していた大学病院は、2年ほど前から国内メーカーの協力のもと、中国の診療所に画像診断医を派遣している。

医療のアジア進出に、経済産業省や厚生労働省も関心を持ち、2014年に経済産業省は「医療の国際展開ハンドブック」という資料を作成している。

グローバルな競争力を欠く日本の医療

添付資料1 経済産業省資料より、赤線が日本企業

添付資料1 経済産業省資料より、赤線が日本企業

日本の医療は現状では国際展開に関していくつかの課題を抱えている。

日本の医療機器メーカーや製薬メーカーの国際的シェアは、欧米諸国のそれに比べると高くない。2017年に経済産業省が作成した資料によると、医療機器メーカーの世界でのシェア上位は欧米の企業で占められ、日本のメーカーは後塵を拝している(添付資料1)。

製薬メーカーも、外国のメガファーマに比べると規模が小さい会社が乱立しており、世界進出には課題が残されている。

2018年6月7日には、首相官邸で「経済インフラ戦略会議」が開かれ、医療の海外進出戦略に関してアジアでの展開を中心に議論されている。世界の病院グループが複数の国にまたがって展開しているのに比べ、日本の上位3病院グループ(国立病院機構、日本赤十字社、恩賜財団済生会)は国内のみの展開であることを指摘している(添付資料2)。病院グループの海外進出でも、海外と比べると日本は遅れをとっている。

アジア諸国の高齢化という追い風

添付資料2 首相官邸「経済インフラ戦略会議」平成30年6月資料より

添付資料2 首相官邸「経済インフラ戦略会議」平成30年6月資料より

主にASEANに代表されるアジア諸国との間で日本の医師免許や看護師免許をどう位置付けるかは、今後日本の医療、介護分野のアジア進出のひとつの鍵になるかもしれない。

日本の医療現場は高齢化により、医療を必要とする人が増え、現状ではまだ人手不足が続いている。国内ではまだ専門医の少ない分野もある。開業医も、専門科によっては供給と地域のニーズに偏りがある。介護や看護の現場の人手不足を補うため、特に働き手の少ない地方では、東南アジアからの人員を受け入れるかどうかが以前から議論されている。

しかし、少子化が急激に進んでいる現状で、いつまでも医療現場の人手不足が続くとは考えにくく、長期的には医療従事者が充足し、過剰になっていく可能性がある。

そうなると、日本の医療従事者が現在よりももっと低いハードルで海外に出て働く選択肢も出てくるだろう。

これまでは、日本人医療従事者の海外での働き方といえば、ポスドクなどの留学、USMLE(アメリカの医師免許)などを受けて外国の医師免許を取得し現地の病院で働く(これらの選択肢はいずれも、欧米の先進国で働く場合である)、JICAなどを通じた途上国との「国際協力」という選択肢が一般的だった。これからはIT化による遠隔診療が容易になること、国内メーカーの進出などが後押しして、アジアでの診療がより近く、より現実的なものになる可能性がある。

いますぐ海外で働く意思がなくても、医療従事者は英語で診療ができるようになっておくと、案外近い将来役立つことがあるかもしれない。

先に高齢化経験した経験が生きる

添付資料3. 経済産業省資料より

添付資料3. 経済産業省資料より

現在アジア諸国の人口、経済成長率はすさまじく、日本が世界に対して占めるGDPは継続的に下落する一方で、2050年には世界のGDPの50%超をアジアが占めると予測される(添付資料3)。日本の医療がアジアにうまく進出、展開できれば、医療が主要な輸出産業の一つとなる日が来る可能性もある。

アジア諸国でも、人口増加の後には高齢化が進行することが予想される。アジアでも今後は、先進国と同様、がんや生活習慣病などの疾患が増えてくる可能性がある。その際には、先に高齢化を経験した日本の医療の経験や政策などが有用になってくるのではないだろうか。

私個人に関して言えば、これからも、遠隔技術を通した診療を続けることで、現地の医療に微力ながらも役に立っていければ、と思っている。


松村むつみ:放射線科医、医療ライター。ネットメディアなどで、医療のことを一般の人たちにわかりやすく伝えることを心がけて記事を執筆。一般の方の医療リテラシーが高まることを希望している。人口問題や働き方など、社会問題にも関心が高い。

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