東京医大の入試問題では、背景に女性医師の働き続けることが難しい環境があると言われている(写真はイメージです)。
Getty Images
東京医大の入学試験で、女子が一律に減点されているという報道があり、議論を呼んでいる。
私は東海地方の国立大を2003年に卒業した。大学在学当時、同じ学年には100人中約40人の女子学生が在籍し、他の学年よりも女子が多いと言われていた。前後の学年は20人程度だった。現在でも女子の割合は25%程度だが、国立大だったせいか、東京医大のような裏口入学や女子の入学制限の話は聞かなかった。
一方で、「私立大学では裏口入学があるらしい」とか「私立大は男子の方が受かりすいようだ」という、真偽の不確かな「噂話」が流布されていた。医学部受験の情報サイト「医学部受験マニュアル」でも、「女子が不利」という話があると掲載され、受験生の間では比較的ポピュラーな「噂話」のようだ。実際、入学試験での数学の比重を大きくし英語の比重を小さくすることで、結果として男子学生が有利になっている大学もあると言われる。
入学後の成績は、私が経験した範囲では、トップ層や中間層では男女であまり差が無く、落ちこぼれは男子が多かったという印象だ。医学部入学後に全く勉強しなくなる人や、人生に悩んで大学から足が遠のく人もいるので、落ちこぼれていた人に関して入試との関連を考えたことは当時全くなかった。
職場では女性医師の人数調整も
今回の入試における女子学生差別について、「医学界は男社会」という背景が影響しているとも報道されている。実際どうなのか。
私が以前所属していた大学の放射線科医局では、4年ほど前まで「大学病院の放射線診断科に配属となる女性医師が1人になるように」調整されていた。放射線科は比較的女性の多い診療科で医局では3分の1程度は女性だった。他の女性医師は関連病院で勤務していた。「子どもを持つ女性が1人になるように」ではなく、「女性」という属性(独身、DINKS含めて)自体が1人になるように調整されていたのだが、この「暗黙の了解」は人手不足で大学で働く人材が減ったため、現在では緩和されている。
女性医師は長期的には増加傾向にあり、大学によっては学年の半数近くを女子学生が占めるようになっている(東京女子医大以外で最も多いのは、富山大学で過半数を超え、次いで埼玉医科大学、愛知医科大学、東京医科歯科大学、金沢医科大学、北里大学と続き、いずれも女子比率は4割を超えている)。
しかし、医師国家試験に占める女子学生の割合は近年大きな上昇はなく3割前後で推移しており、これは女子の医学部入学者数が近年頭打ちになっていることを示している(医師国家試験合格率は男子よりも女子が高い)(添付資料1)。また、経済協力開発機構(OECD)でも日本の女性医師の割合は依然として低いままだ(添付資料2)。
添付資料1 各国の女性医師の割合(%)
日本医師会作成資料より
添付資料2 各国の女性医師の割合(%)
厚生労働省資料より
読売新聞によると、女子に対する得点調整は結婚や出産で離職の怖れがあるため、「必要悪」との意見があることが関係者の話として伝えられている。ある女性タレント医師はこのような操作について「当たり前のこと」とし、成績順に合格させたら女性ばかりになり、眼科医と皮膚科医ばかりが増えてしまうことを懸念したと報道されている。
この得点調整は、結婚や出産による女性医師の離職問題と不可分であり、医師の働き方や現在の医療経済を含めた制度全般と潜在的に大きく関わっていることは確かだ。そこで女性医師の離職問題がなぜ起こるのか、さらにはその解決法について考えてみたい。
女性医師が「ハードな科を敬遠する」は本当か?
東京医大の元幹部はTBSの取材に対し、「体力的にきつく、女性は外科医にならないし、僻地医療に行きたがらない。入試を普通にやると女性が多くなってしまう。単なる性差別の問題ではなく、日本の医学の将来に関わる問題だ」と述べたとされている。
外科が避けられる原因には、「ハードさ」以外の男性中心のカルチャーなどがある(写真はイメージです)。
Getty Images
筆者は、厚生労働省の医師・歯科医師・薬剤師調査(平成28年度)をもとに各診療科のグラフを作成したが(内科や外科は、サブスペシャリティを統合した値とした。添付資料3)、確かに、女性医師が最も多いのは皮膚科の47.5%である。次いで、麻酔科(38.7%)、眼科(38.3%)、産婦人科(35.6%)、小児科(34.3%)、臨床研修医(32.4%)と続いている。
これに対して外科は8.4%、救急は12.6%である。最も少ないのは整形外科で4.9%だ。データを見る限り、女性医師の診療科が「皮膚科、眼科など」に偏り、救急や外科に少ないのは確かなことのように見える。
しかし、女性がハードな診療科を避けるのかというと、やや説得力に欠ける。一般的にはハードで知られている小児科や産婦人科における女性医師の割合は高い(臨床研修医の男女比を、もっとも若い世代の医師の男女比と考えると、それを上回る女性がこれらの科を選択していることがわかる)。小児科や産婦人科では女性が多いことで、「育休の穴埋め問題」が発生しているとはいえ、ハードな内容にもかかわらず多くの女性医師が選択している。
外科が避けられる原因として「ハードさ」以外の、男性中心のカルチャーなどがある可能性がある。
男性でも若い世代は外科を敬遠し、女性医師と同様にマイナー科(外科や内科以外の専門科)を選択する傾向が強いと言われ、外科敬遠問題を女性のみに求めるのは、あまりにも粗雑すぎないか。外科に関しては仕事がハードであるにもかかわらず、収入が増えるわけではないことや、初期研修の必修科から外されているなどの問題がある。
添付資料3 平成28年度の厚生労働省のデータ
筆者作成
医師の「働き方」の現状に大きな原因があるのは、女性医師だけでなく、若手の男性医師も同様だ。月4回程度の当直、当直の翌日も通常勤務すること、完全主治医制(原則として交替制勤務ではない)、病院がぎりぎりの人数の医師しか雇用することができない現状こそ、改革が必要なのではないか。
「女性医師問題」の解決法は?
(1) 交代制導入
現在、患者の主治医になったら時間外でも自分で診なければならないが(完全主治医制と呼ばれる)、看護師のように交替制勤務を導入することが解決の糸口になるのではないか。夜間や休日のみではなく、それ以外の日にも、必要に応じて交代制にできればと思うが、現在の病院当たりの医師数(中小病院に医師が点在している状態)や、将来的な医師数の見積もりを考えると、交代制に十分な医師数の確保ができるかという課題は残る。
(2) 柔軟な勤務体制や遠隔会議の導入
診療科によっては(患者を直接診断しない診療科など)、交替制勤務よりも柔軟な勤務体制が有効な場合もある。現在も会議はスカイプなどで行われることがあるが、診療科のカンファレンスや病院内の会議なども、遠隔で参加できると、時短で働く女性医師などの「職場からの疎外感や責任を果たしていないという自責」が少なくなり、働き続けやすくなる。
(3)看護師や薬剤師への権限譲渡
女性医師を一定の数以内に抑えたいとする背景には、常勤医の待遇の低さなど構造的な問題もある。
Getty Images
交代制に必要な医師数を確保するのがすぐには難しいことを考えると、医師の権限を少し看護師や薬剤師へ譲渡し、医師の負担を少なくすることも有効だろう。アメリカでは、nurse practitionerと呼ばれる一定レベルの診療が許された看護師が存在し、麻酔をかけられる麻酔看護師も存在する。薬剤師も、簡単な処方ができる。
(4) 常勤医の待遇改善
女性医師が出産後に病院での常勤に戻らず、パート勤務を続けることがたびたび問題にされる。個人的にはパート医師を「二流の戦力」にせず、うまく活用していくこと。同時に常勤医の労働に十分に報いるような報酬体系が必要だと思う。
現在、医師の給与はパートよりも常勤医で抑制されており、大学病院などの大病院では常勤医の給与がハードな仕事内容にもかかわらず、安い傾向があり、当直料も「夜勤」としての給与は支払われていない(看護師の夜勤と違い、医師の当直はどんなに忙しくても「勤務時間」にカウントされない。夜勤では深夜は通常割増賃金になるが、当直では基本賃金の3分の1の支払いで良いとなっており、基本的に当直料は安い)。大学などの常勤医は市中病院にアルバイトに行き、生計の足しにしていることが多い。
常勤医の仕事が正当に評価されていない(特に給与面で)ので、女性医師の「常勤に戻る」ことにインセンティブが働きにくい一方で、産休や育休をカバーする男性医師や独身女性医師の不公平感の一因になっている。
(5)保険診療制度の改革も?
今日本では安価で質のよい医療を全ての国民に提供しているが、病院当たりの医師数は少なく、医師1人当たりの業務は過剰で、医療従事者の献身によりかろうじて保険制度が支えられている。大病院はどこも赤字が続いており、雇用人数を増やすと経営できなくなってしまう。医師や看護師の確保や、働き方を改善する面からも、現在のような「安くて質のよい医療」を続けるのが困難な状態にさしかかってきている。
民間医療保険のカバーする領域を増やすのか、検査や手術の単価を上げるのか、経済的な改革についても、いずれ国民の理解が必要な時期が来るだろう。
松村むつみ:放射線科医、医療ライター。ネットメディアなどで、医療のことを一般の人たちにわかりやすく伝えることを心がけて記事を執筆。一般の方の医療リテラシーが高まることを希望している。人口問題や働き方など、社会問題にも関心が高い。