【徹底議論】第2のHagexさん事件起こさないために何ができるか:徳力基彦・中川淳一郎

人気ブロガーのHagexさんが刺殺されるという衝撃的な事件から1カ月半が経った。なぜあの事件は起きてしまったのか。

インターネットの変遷を見続け、ソーシャルメディアの草創期もよく知るアジャイル・メディアネットワークCMOでブロガーの徳力基彦さんとネットニュース編集者の中川淳一郎さんが、事件が起きた背景などについて論じた。

インターネットの前に座る男性

Getty Images

<Hagexさん刺殺事件の経緯>

2018年6月24日午後8時ごろ、福岡市中央区内の起業家支援施設で開かれたイベントで、講師を務めたインターネットセキュリティー関連企業の岡本顕一郎さん(41)がナイフで殺害され、松本英光容疑者が殺人と銃刀法違反の疑いで逮捕された。

松本容疑者はネット上で「低能先生」と呼ばれていた。殺された岡本さんは「Hagex」の名前で人気ブログを執筆し、2018年5月には、複数の人に対してネット上で誹謗(ひぼう)中傷を繰り返す「低能先生」への批判を書き込んでいた。同時に低能先生とみられる書き込みについても、サイトの運営者側に通報していた。松本容疑者は、2~3年前にネットでHagexさんの存在を知ったと話しているという。

出頭する直前にネットに投稿された「犯行声明」には「俺を『低能先生です』の一言でゲラゲラ笑いながら通報&封殺してきたお前らへの返答だ」などと書かれていた。(朝日新聞より)

あの時会ってなかったら、最悪の方向にいっていた可能性も

徳力さん(左)と中川淳一郎さん(右)

インターネットの変遷を見続けきた徳力基彦さん(左)と中川淳一郎さん(右)。

撮影:岡田清孝

徳力:実は、僕がこの対談を引き受けたのは相手が中川さんだったからです。

そもそも僕と中川さんが知り合ったのは、8、9年ぐらい前。当時、僕への匿名での嫌がらせ投稿がネット上で激しかった時があり、ある飲み会でその投稿が中川さんによるものではないかと話題になったことがあるんです。当時僕は中川さんに面識なかったので、そんな可能性もあるのかな、ぐらいで終わったんですが。後日それを友人から聞いた中川さんが怒って直接僕に電話して来てくれたんです。その後2人で飲みに行って、今があるんですが。

あの時、中川さんが直接電話をかけて来てくれなかったら、ずっとお互いの認識はずれたままだった可能性が大きいんですよね。

今回の事件を知った時に、ついその時のことを思い出してしまいました。僕と中川さんも、直接あの時会ってなかったら、そのままオンラインだけの言葉のすれ違いで最悪の方向にいってしまった可能性もあったんじゃないかなと。

だからこそ、中川さんになぜこの事件が起きたのか、聞いてみたいなと思いました。

Hagexさんの事件後、中川さんは相当ネガティブな投稿していましたね。もうSNSをやめると。

中川さん(右)と徳力さん(左)

撮影:岡田清孝

中川:SNSの投稿って「宣伝材料がある人と主張したいことがある人以外にとっては意味がない」というスタンスは最初からずっと変わっていないんです。幸いなことに自分は宣伝材料を持てた。書いた記事や本、イベントの告知という形で、多大な恩恵を受けてきました。

俺は本当は宣伝だけしたいんです。でも、宣伝だけのツイートだとフォロワーは増えない。だから、フォローしたくなるような面白いことや過激なこと、役に立つこと、人間味があるものも投稿する必要があって、その比率は8対2ぐらいじゃないと、と思ってるんです。その8割のために誰かを傷つけるかもしれないし、不快にするかもしれない。

「ネット炎上の実害なし」という主張を撤回しなくちゃいけなくなった

中川:でも、こうも思うんです。そもそもなんで誰かが怒るかもしれない行為をやる必要があるのか。しかも俺の場合、ネット上で結構嫌われてるから、相手の揚げ足を取るための発言だってしてきた。でも、知り合いとの会話でそんな揚げ足を取るやつなんていないわけですよ。もうそろそろ現実社会に戻る、無名人に戻るいい機会だなと思ったんです。

俺はこの12年間くらい言い続けてきた主張を完全に撤回しなきゃいけなくなった。ネット上の炎上回数が何千回という俺(と自分がかかわるメディア)が1回も実害を被ってないのだから、ネット上の炎上は実害はないので恐れる必要はない、ということをセミナーなどでは言ってきたんです。せいぜいネトウヨからデモをくらったことがある程度。ただ今回の事件を受けて、全部崩れたということです。これから自分の言うことが変わっていくでしょうね。

サイバー空間のイメージ

REUTERS/Kacper Pempel/Illustration

徳力:中川さんのずるいところはそこなんですね。本当はインターネットを愛しているのに、一番逆のポジションをとって安全なところから批評してくるんですよ(笑)。

僕がブログを始めた理由も中川さんのように宣伝でした。僕も転職したベンチャーで仕事がうまくいかずクビになるのでは、という恐怖に怯えていたときにブログに出合いました。ブログのおかげでいろんな人達とつながって、仕事にもいい影響があった。ブログを通じたパーソナルブランディングが今の僕を形作っています。ブログは敵ができるリスクもあるけれども、同時に味方と巡り合うチャンスもある。発信し続けることは相対的にメリットがあると考えていました。

今回のHagexさんの事件についても、僕の立場を考えると当然何か書かなければいけないと思っていました。でも、ブログに何か書くこと自体が宣伝になってしまうリスクがある。所詮、私はこう考えています、というポジショントークです。果たしてそれが亡くなった人にとってポジティブな行為なのか、ネガティブな行為なのかを考えると気軽に書けなくなっている自分がいます。

歪んだ「正義」が自分に向くという事件の構造

徳力

撮影:岡田清孝

中川:事件直後の徳力さんのFacebookで面白かったのは「低能先生は、匿名でなく低能先生という人格を持ってしまったから今回の事件を起こしてしまったのではないか」という趣旨の投稿です。

徳力:最初は彼もネット有名人をリンチする人達を「低能」と匿名で罵倒することで、暗闇から攻撃しているつもりだったはずだと想像しています。ネットリンチをしている人に石を投げても何も起きない安全圏からの攻撃だったのに、「低能先生」と認識された瞬間に自分が石を投げられる対象になってしまったと彼は受け止めたのだと想像します。オンライン上の何者でもなかった彼が、いつの間にか「低能先生」というオンライン上のペルソナを持ってしまった

中川:他のユーザーが探偵のごとく「このアカウントは低能先生だ」と糾弾し、彼は意図せずに「はてな有名人」になってしまった。

徳力:容疑者は自分が最も侮蔑的だと思って使っていた「低能」という言葉で呼ばれるようになってしまった。我々部外者からしたら、彼自身がしている匿名での罵倒行為こそが、彼が否定していたネット有名人に対するリンチ行為の最も悪質な行為だと思いますが、彼の中では「正義」を表現する行為だったのだと想像します。

それがいつの間にか、彼が「低能先生」と呼ばれるようになったことで、彼のリンチを許さないという「正義」が知らぬ間に彼自身に向いてしまっていた、というなんともやるせないとしか言いようのない状況になってしまったと想像しています。

さらにモヤモヤするのは、実際に容疑者が義憤を感じたリンチ的行為の対象になっていたネット有名人たちは、そうした批判も含めて養分にしてビジネスをしているところもある。だから彼らを攻撃していた人たちを容疑者が匿名で罵倒する行為は、ある意味彼が守ろうとしていたネット有名人からすると必要ない行為だった可能性もあるんです。その構図に容疑者が気づけば、彼の行動はリンチの対象者を守っているわけではないということに気づけた可能性もあるのではと、つい思ってしまいます。

今回の事件は、何か歯車が一つでもかみ合っていなければ起こらなかったと思うんです。あくまで、無意味な後付けの「たられば」ですが、何か一つズレていれば未然に防ぐことができる可能性もあったのではないかと、つい考えてしまいます。

衆愚化した日本のネット環境。ここ数年はネット敗北の歴史

中川2003年から2007年ぐらいまではネットが幸せな時期だったと思うんです。あの頃は梅田望夫さんや佐々木俊尚さんなどが出てきて、新たな言論空間が生まれるという期待が、今回の事件の舞台となった「はてな」を中心にあった。

徳力:10年ほど前からインターネットがマスの世界になってしまって、いわゆるネット上の作法みたいなものがなくなってしまったと思います。中川さんの言う「バカと暇人」が入ってきたことによって、群衆の叡智化よりも衆愚化の面の方が強くなってしまった。自分と似たような人と議論をできるという可能性以上に、するまでにいろいろなノイズが入ってくるようになった。ここ6、7年はネット敗北の歴史だと思いますね。

中川:この前Twitterで喧嘩したんですよ。そのとき津田大介さんに「今のネットって、俺らが10年ぐらい前にやっていた腕試しに論破するというものとは違うんだ」と言われました。「今は腕試しをするべきでない人がネット上にいる。いろいろ傷ついた人が相手かもしれないし、知的レベルが違う者同士で腕試しをやっている場合じゃなくて、穏やかなところに着地すべきだ」と。確かにそうだなと思って。

匿名投稿の価値もある。だが、人間は匿名になった瞬間に大胆になる

ネットサーファーのイメージ

REUTERS/Kham

徳力:中川さんはオンライン上での言葉選びがきついですからね。 面識のない人からすると罵倒されたと思うのは仕方ないと思います。本人を知っているとこれは芸だな、と分かるんですけどね。

今回Hagexさんが犠牲になったというのも、残念ながら象徴的と言えると思います。ネットの作法を知っている人が読むと理解できる高度な煽り文章も、それが分からない人からするとただ侮辱されてるようにしか受け取れないということは普通に起こり得ます。

文字のコミュニケーションの特性もあると思います。対面の会話であれば、「死ねばいいのに」と言ったときの言い方とか声のトーンによって、受け取る側は逆に愛情と感じるケースもあるわけですよね。ですが、ネット上の文字になった瞬間に、それらの要素はそぎ落とされ、受け取る側の感覚で、最もネガティブな意味に受け取られる可能性が高くなります

中川:今回の事件の舞台となった「はてな」って昔から「話し合えば分かる」的な雰囲気が前からありました。「はてな」は懐が深かったために、容疑者は自分の要求を通せると思って、話し合いがしたいと思ったのかもしれないですね。

徳力:僕は「はてな匿名ダイアリー※」が2ちゃんねると同様、日本のインターネットの暗部を引き受ける場所になったと感じてしまっています。「匿名だから何でもあり」の場所になってしまった。

もちろん「保育園落ちた日本死ね!!!」のように、匿名だからこその投稿の価値もあると私は信じていますが、それでもやはり一部の匿名投稿の罵倒や誹謗中傷発言は読んでて辛くなるような発言が多い。やはり「名もなき誰か」になった瞬間に、人間っていうのは大胆になってしまう点には注意を払わないといけないと思います。

はてな匿名ダイアリーとは:はてなのサービスの一つ。匿名で日記を書くことができる。

事件が起きないためには警察が本腰入れるしかない

中川淳一郎さん

撮影:岡田清孝

中川:今後こういう事件が起きないためには、警察が本腰入れることしか解決策ってないと思うんです。その最たる例がスマイリーキクチさん※だったわけですね。書類送検された19人は皆「軽い気持ちだった」とか、「本当に彼が犯人だと思ってた」とか言って反省しているわけです。

警察が本気を出せばこういう人たちを特定できるんですよ。

スマイリーキクチさん事件とは:スマイリーキクチさんがある凶悪事件の犯人だとする誹謗中傷を受け、その実行犯たちは一斉摘発された。

徳力警察が実力行使をすれば、逮捕されるかもしれないという事実をあまりに大勢の人が知らなすぎると思います。

だからこそ、できることもあると思っています。例えば、サッカーの観戦中に高校生がキレて相手選手にTwitterで差別的な発言をした結果、本人特定されて批判が集中し、彼の人生はかなりつらいことになったと聞きます。

そういう学生が増えないようにするためにも、ネットに匿名でも誰かを誹謗中傷したり傷つけたりすれば何が起きるのか、僕ら大人が教えてあげる義務があると思うんです。これはプラットフォームもそうだし、教育も含めて責任がある。

中川:昔、俺Twitterで喧嘩した奴がいたんですよ。その相手が途中から「なんだよ、じゃあ俺は死ねばいいとかそういうことか」とか言い出したから、「お前さ俺とここまでやり取りして、死ぬとか言うんじゃねえよ。お前にだって価値あるだろう」と言ったら、「ありがとう。こんな俺にもそんなこと言ってくれる奴いたんだ」って返信が来て、そいつ変わったんですよ。「じゃあ、これで和解しようぜ。お前のことをフォローするわ」ってなったことが過去にありました。

徳力基彦さん

撮影:岡田清隆

徳力:そこにヒントがあると思います。人間のコミュニケーションでは本当は五感をフルに使っていて、表情から雰囲気から声のトーンから全てを踏まえてコミュニケーションするのに、テキストコミュニケーションの世界ではそれが全部抜け落ちてしまう。文字の表現だけでやらないといけないのでどうしてもお互い何かにカチンと来やすいですよね。

そこを踏まえた上でテキストコミュニケーションのプラットフォームが何をどう変えていくのかがこれから問われる。法律も変えないといけないかもしれないし 、教育も考えないといけないし、社会の空気感も考えないといけない。

僕はプラットフォーマーのユーザーインターフェースの改善が最短で手を打てるものだと思っています。

ネットの可能性残すためにみんなが考えなきゃいけない

中川:俺は見せしめ逮捕とかバンバンやるべきだと思う。それしかネットの秩序は保てないと思う。俺たちがニュースサイトとかで記事を出すときって、訴えられるかどうかまで考えて出しますよ。その視点をネットに書き込む一般人も持った方がいいんですよ。全く同じ事やっているんですから。

徳力:大きい権力に対する攻撃ではなく個人に対する罵倒行為をしたら、当然相手は恐怖を感じるわけです。で、大抵相手が訴訟なりに打って出ると、罵倒行為をした人は「そんなつもりはなかった」と言うんですよね。これは、僕はずるすぎると思っています。

本来は人間社会で罵倒行為を繰り返していたら普通社会的制裁を受ける。それを覚悟でやるんだったら止めないですけど。知らなかったのでごめんなさい、というのは僕は許されないと思いますし、自分も含めて今回の事件をうけてその意識は一層変えていかないといけないんだろうな、と感じます。

中川:俺は誹謗中傷される人がしばらくは「言われ損」を甘んじざるを得ない状況が続くと思う。プラットフォームが変わってくれないわけですから。スマイリーキクチさんも10年間、いわれなき誹謗中傷に耐えていたわけですよ。

ただ、俺はインターネットだからこそできる可能性があると思っていて、インターネットのポジティブな可能性を残すために何をしなければいけないのかというのはみんなが考えなきゃいけないと思います。

俺らはインターネットによって今があるから、後ろの世代に還元するという責任を負っていると思うんです。俺らがやらないといけないこと、できることもあると思うんです。

(聞き手・浜田敬子、構成・松本幸太朗、浜田敬子)


徳力基彦:NTTなどを経て、2006年にアジャイルメディア・ネットワーク設立時から運営に参画。「アンバサダーを重視するアプローチ」をキーワードに、企業のアンバサダープログラムを支援する。著書に『顧客視点の企業戦略』『アルファブロガー』など。

中川淳一郎:ネットニュース編集者・PRプランナー。一橋大学卒業後、博報堂を経て、2001年独立。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘 』など。

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