日本郵政の正社員の処遇切り下げは合理的か——同一労働同一問題の本質を考える

「働き方改革関連法」が6月29日に国会で可決・成立し、大きな柱の一つである同一労働同一賃金に関わる「パートタイム・有期雇用労働法」の制定と改正労働者派遣法が施行に向けて動き出した。

日本郵政

JP労組は、正社員に支給されている「扶養手当」「住居手当」など5つの手当を非正規社員にも支給するように要求した結果、一部の手当が減額・廃止されることになった。

Christopher Jue/Getty Images

同一労働同一賃金を巡っては、すでに日本郵政グループが今春闘で諸手当について労使交渉が行われ、その結果、正社員の住居手当など一部の手当てが廃止・縮小という処遇の切り下げが大きな話題となった。もちろん同一労働同一賃金の名の下に非正規に合わせるために、正社員の処遇を切り下げることは法の趣旨に反する。

しかし、企業にとっては正社員と同じように非正規に諸手当てを支給し、基本給や賞与も今以上に支払うとなると人件費の増加が避けられない。中堅小売業の人事部長はこう打ち明ける。

「非正規社員の処遇の改善は労組とも協力し、改善を図ってきています。ですが、月給制の正社員と時給制の契約社員の給与や諸手当てを同一賃金にする作業は手付かずの状況です。仮に正社員とまったく同じにすれば人件費が増大し、5年後には経営が持たない事態になりかねません。ただし、正社員の処遇を一方的に切り下げることは許されず、難しいところです。正社員と契約社員の双方が納得できる形で、今後話し合いを進めていきたいと思っています」

おそらく多くの企業が同じような悩みを抱えているのではないだろうか。

だが、労使で話し合うといっても自社の正社員と非正規の待遇差のどこが不合理なのか、不合理でないかという判断基準がわからなければ、労使で勝手に決めても法律に違反する恐れもある。

格差の違いは給与だけでなく手当ても考慮せよ

お金

非正規労働者と正規労働者では給与だけでなく、手当てでも差がつけられている。

撮影:今村拓馬

成立したパートタイム・有期雇用労働法やすでに示されている指針(同一労働同一賃金ガイドライン案)がある。

さらに2018年6月1日には、正規社員と非正規社員の待遇差を巡って争われていた長澤運輸訴訟とハマキョウレックス訴訟の最高裁判決が下された。今後は法律の趣旨や指針、最高裁が示した判断基準に沿って自社の正規と非正規の待遇差の見直しを進める必要がある。

実は最高裁の判決ではこれまでの下級審の判断を覆す画期的な解釈を下している。最高裁が示した判断基準は大きく以下の2つである。

  1. 職務の内容等が異なる場合であっても、その違いを考慮して両者(正社員と非正社員)の労働条件が均衡のとれたものであることを認める規定である。
  2. 正規と非正規の労働条件の違いが「不合理な格差」にあたるかどうかを判断する際は、両者の賃金の総額を比較するだけではなく、個々の賃金項目の趣旨を個別に考慮して判断すべきである。

つまり、やっている仕事の内容が違う、転勤の有無の違いがあっても、それに応じたバランスのとれた処遇(均衡処遇)にするべきだと言っている。もう1つは、格差の違いは給与の総額だけではなく、例えば非正社員に手当てが付いていない場合は、その手当ての趣旨や目的をきちんと調べて判断するべきだと言っている。

ハマキョウレックス訴訟では「無事故手当」「作業手当」「給食手当」「通勤手当」などの非正規への支給の是非が争われた。

最高裁は、例えば「無事故手当」は「優良ドライバーの育成と安全輸送による顧客の信頼獲得」という目的に照らすと、それらの必要性は契約社員と正社員の間で異なるものではなく、支給に相違を設けるのは不合理と認定した。また、通勤手当については通勤に要する交通費の補てんという趣旨に照らして支給の相違を設けるのは不合理だとしている。

転勤ない一般職への住居手当に根拠なし

国会

撮影:今村拓馬

ではこの判例に照らすと、話題となった日本郵政グループの諸手当てをめぐる会社側の主張は合理的といえるのか、検証してみたい。

日本郵政グループ労働組合(JP労組)は正社員に支給されている「扶養手当」「住居手当」「寒冷地手当」「年末年始勤務手当」「隔遠地手当」(日本郵便のみ)の5つ手当を非正規社員に支給するように要求した。交渉結果は、住居手当は一般職の5000人について10年間の減額による経過措置を設けることで廃止、寒冷地手当は50%に減額し、残りは5年の経過措置で廃止、年末年始勤務手当は年末勤務手当を廃止し、年始手当を非正規に支給、隔遠地手当は転勤者のみ手当ての一部を廃止、というものだ(扶養手当は2019年春闘で協議)。

問題は会社側の主張である。JP労組への取材や『JP労組新聞』によると、住居手当を非正規社員に支給しないのは、以下の2点で合理的理由があると主張した。

  1. 住居手当は正社員としての優秀な人材の確保と定着を目的にしたものであり、定年までのインセンティブであること
  2. 転勤がある正社員に対する住居費の補助の目的で支給していること

転勤がある正社員に支給しているのであれば、転勤がない一般職に支給している現状は明らかにおかしい。一般職に支給して非正規に支給しないのは合理的とはいえない。その点は会社側も気づいているのか「転居転勤のない一般職に支給している現行制度は、社員間の均衡の面から再考が必要」とし、一般職の住居手当を廃止したいと逆提案をしてきた経緯がある。

主張の(1)についてはハマキョウレックス訴訟の下級審では合理的と判断されたが、最高裁は排除している。

皆勤手当の支給がないのは不合理

東京大学社会科学研究所の水町勇一郎教授は同訴訟の注目点は、「それぞれの待遇の趣旨・目的に照らして格差の不合理性を個別に審査している点」だとし、「とりわけ二審判決で論拠の1つとされていたいわゆる『有為人材確保』論を採用していない点は、今後の同条の解釈において重要な意味をもちうる」と指摘している(『労働判例』2018年7月15日号)。

有為人材確保論とは、ハマキョウレックス訴訟の2審判決で、契約社員に皆勤手当を支給しないのは不合理ではないと判断したが、その理由として「契約社員には勤務成績等を考慮した昇給や時間給の増額があること」以外の根拠として挙げた、「将来転勤や出向をする可能性があること、会社の中核を担う人材として登用される可能性があること」を指している。

だが、最高裁は有為人材確保論を採用せず、「皆勤手当の目的は運送業務を円滑に遂行するために皆勤を奨励する(出勤者を確保)ことにあり、契約社員の昇給も皆勤の事実を考慮して行われたわけではない」として契約社員に支給しないのは不合理だと判断している。

出勤者を確保するのに「将来の転勤可能性や人材登用可能性の有無」とは関係がないと判断したわけであり、転勤の実態がない正社員のみに住居手当を支給するのは合理的理由として採用されない可能性が高い。

交通

撮影:今村拓馬

同一労働同一賃金ガイドライン案でも、将来の役割に対する期待が異なるといった主観的・抽象的な説明では足りず、客観的・具体的な実態に照らして不合理性を判断すべきという趣旨が書かれている。あくまでも手当ての趣旨・目的に照らして、正規社員と同一の支給要件を満たす非正規には同一の支給をしなければならないとするのが新法とガイドラインの原則だ。

次に正規社員のみに支給している「寒冷地手当」「隔遠地手当」について日本郵政側はこう主張していた。

正社員は全国一律の基本給を定めたうえで、地域の物価水準などの違いを反映し、社員間の均衡をはかるために調整手当や寒冷地手当を設けている。一方、非正規のベースである地域別最低賃金は各地域の生計費(光熱費を含む)も考慮したうえで決定している。よって非正規には寒冷地手当は支給していないのは合理性がある

ちなみに非正規社員の賃金は地域別最低賃金をベースに設計された時給制である。つまり、正社員は勤務地の物価水準や暑さ寒さの生活の不便さを考慮して手当てを払っているが、非正規は最低賃金の中に地域の生計費が織り込まれているから手当てを支給する必要はないと言っている。

処遇切り下げられた正社員が訴訟を起こせば

これは果たして合理的といえるだろうか。

最低賃金とは労働者の生活を保障する最低限の賃金であり、そこに物価水準や光熱費など含まれているというのは後づけにしか聞こえない。仮に含まれているとしても寒冷地手当の趣旨・目的に照らし、客観的・具体的な実態を調査し、非正規の時給に占める寒冷地手当相当分と正社員の手当てを比較検証し、もし違うのならば同額とすべきである。

そもそも同一企業内の正規と非正規の待遇差の解消を目指す法律の趣旨から考えれば、地域別最低賃金という一般的な賃金に寒冷地手当に相当する部分が含まれているとする主張が合理的といえるのかどうかも疑問だ。

もう1つの問題は、正規社員の処遇を切り下げると不利益変更となる。前述したように正社員の処遇の切り下げは、非正規の処遇向上を目指す同一労働同一賃金の法制化の立法の趣旨に反する。

東京大学の水町教授は筆者の取材に対し、こう指摘している。

「新法の趣旨は劣遇されている非正規の処遇を上げることであり、正規を下げることで合わせたり、賃金原資を一定にして正規と非正規を合わせることは許されません。あるいは制度改正をするときに全部シャッフルして同じ制度にするにしても、正社員の賃金原資が下がる場合は労働条件の不利益変更になります。仮に終業規則変更を行ったとしても、就業規則変更の合理性が問われ、改正法の趣旨からして裁判所はおそらく合理性を欠き、無効と判断する可能性があります」

不利益変更と感じた正社員が一人でも訴訟を起こせば、就業規則変更の合理性が問われかねないということである。日本郵政グループの場合は、正規社員の一部の手当ての廃止・縮小が行われるが、激変緩和措置を設けるとともに、正社員の一時を前年の4.0カ月から4.3カ月への引き上げ、定期昇給の完全実施とベア500円相当の初任給引き上げなどによって賃金原資の増額を図っている。

同一労働同一賃金の一連の法律の施行は、大企業は2020年4月、中小企業は2021年4月である。しかし、新法を先取りした最高裁判決は言うまでもなく下級審の判断を拘束する。施行を待たずに待遇差の不当を裁判に訴えることができる。企業は非正規社員からだけではなく、処遇の切り下げを理由に正社員からも訴えられるリスクも抱えている。


溝上憲文:人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『辞めたくても、辞められない!』『2016年残業代がゼロになる』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。

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