人生100年時代をにらみ、副業・兼業を認める動きが企業だけでなく、公務員にも広がりつつある。2018年6月に政府が閣議決定した未来投資戦略には、国家公務員の「公益的活動等を目的とした兼業」について、より取り組みやすい環境を整備する方針が盛り込まれた。
この流れを受け、行政、企業、NPOが協働してイノベーションを起こすための働き方を考えるイベントが7月31日、都内で開かれた。各セクターの有志でつくるSOZO日本プロジェクトの第1弾企画だ。
公務員の副業・兼業が求められる背景は? 企業やNPOが公務員に期待することとは?
活発な議論が行われたイベントの内容を、2回にわたって詳報する。
第1部では、Business Insider Japan統括編集長の浜田敬子がモデレーターを務めた。
右から小林史明さん、廣優樹さん、佐藤悠樹さん。
小林史明・総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官/衆議院議員:自民党衆院議員(当選3回)。上智大学卒業後、NTTドコモ入社。2012年衆院選に公募で出馬し初当選。党青年局長代理、行政改革推進本部長補佐、人生100年時代の制度設計特命委員会事務局次長などを歴任。現在は総務大臣政務官兼内閣府大臣政務官を務め、電波・放送・通信関連の規制改革、マイナンバー政策に注力。
廣優樹・NPO法人「二枚目の名刺」代表理事:2009年、「二枚目の名刺」を立ち上げ、本業の名刺の他に、社会を創ることに取り組む個人名刺を“2枚目の名刺”と位置付けた。NPOと社会人をつなぎ、社会人の変化を促しつつ、ソーシャルセクター、企業の発展を同時に後押しするモデルを提唱。日本銀行を経て、現在は商社で食料・食品部門の海外事業開発を担当。
佐藤悠樹・文部科学省 初等中等教育局初等中等教育企画課専門官併企画係長:2009年、慶應義塾大学卒業後、文部科学省入省。大臣官房総務課、初中局参事官付(学校運営支援担当)、内閣官房教育再生実行会議担当室などを経て、現職。省内の若手有志職員、NPO法人ETICとともに、先取的な教育を実践する教育長・校長と産学官がつながる「場」の創出を目的とした「教育・学びの未来を創造する教育長・校長プラットフォーム」を設立・運営。
国家公務員の兼業、20、30代ほど希望
浜田敬子統括編集長(以下、浜田):まず廣さん。公務員の副業・兼業に関する意識調査をされたとのこと。中身を発表していただけますか。
公務員の副業・兼業に関する意識調査のグラフ
NPO法人二枚目の名刺プレゼン資料
廣優樹さん(以下、廣):調査は5月、全国の地方公務員、国家公務員を対象にインターネットを通じて実施しました。「兼業をやってみたいか」と聞いたところ、国家公務員の40%が取り組みたいという意向でした。特に20代、30代の若手の意向が強い。さらに今後、有償・無償を問わず業務外での活動をしてみたいという人に対して目的を聞いてみると、収入増加への期待に加え、引退後の準備、人脈・視野の拡大といった回答が多いという結果となりました。
浜田:過去、大企業社員にも調査していますが、比べるとどうですか。
廣:大企業社員は、学び直しなど「自分のため」という意識が強い傾向にあります。国家公務員では、既に業務外活動に取り組んでいる層では社会貢献への意識が高く、これから取り組もうとする層では自身の成長や引退後を意識する意向が色濃い。企業社員と同じような感覚を持っているようです。
実施したい兼業の内容についても聞きました。民間企業勤務への関心が最も高いですが、現時点では職場で許可される見通しが低い。全体の20%強を占めるのがNPOなどを含むソーシャル・地域系。ここはもう少し拡大できる部分なのではないか。「何かやりたいけど具体的なものはない」という“自分探し難民”も26%いますね。
意欲や能力があっても活かせない理由
業務外活動実施者、業務外活動意向者、兼業意向者の目的の比較グラフ
NPO法人二枚目の名刺プレゼン資料
浜田:小林さんは、この調査結果を見てどう感じましたか。
小林史明さん(以下、小林):政治家として公務員の方と仕事をしていると、とても優秀だが、両手が既存の仕事で埋まってしまっている印象がある。意欲も能力もあるのに、時間が作れない。そこをどう解放していくかが重要だと思います。
佐藤悠樹さん(以下、佐藤):働き方の部分は本当にその通りです。私も暇だから本業以外の活動をやっているわけではなくて(笑)、最終的には根性で何とか時間を捻出しているのが実情です。土日対応も当たり前。ただ、「それでもやりたいと思えること」ならば、本業の“はり”にもなる。
浜田:Business Insider Japanでも官僚にアンケートをしたところ、約100人から回答が得られましたが、そこに寄せられたのは生々しい長時間労働の実態でした。今の働き方、つまり国会対応などで長時間労働を免れない中では、副業・兼業といっても現実的に難しいのではないですか。
上の顔色を見る以外にも道がある、と示す意味でも、副業・兼業は広まっていくべき、と小林さん。
撮影:今村拓馬
小林:国会対応などによる長時間労働問題は確かにありますが、部局によっては、上司が部下に「自宅待機でいい。必要だったら電話するからテレワークで対応してくれ」と指示するケースもあり、徐々に改革も進んでいるようです。
深刻なのは、公務員の若手からは「上司は、さらに上の上司や政治家のことしか見ていない」という声を聞くことがある。生き方の選択肢を増やすのが副業・兼業です。上の顔色を見る以外にも道がある、と示す意味でも、副業・兼業は広まっていくべきです。
浜田:総務省で、上司と部下双方への意識調査を実施していますね。上司と部下で全然考え方が違うとか。
小林:「職場が働きやすい環境になっているか」と聞いたところ、課長・部長クラスでは7割が「なっている」と答えましたが、役職がない層でそう答えたのは3~4割でした。圧倒的な認識のギャップがある。
浜田:調査を見ると、モチベーション格差も大きいですね。部長以上は半数が「皆がモチベーションを持って働いている」と答えているのに、若手でそう回答したのは6%(笑)。
小林:管理職は自分で意思決定ができるので「やらされ仕事」になりにくいですが、若手が自発的に働ける環境にはなっていないということでしょう。
浜田:こうした状況下で、佐藤さんはどうやって業務外活動を?
佐藤:就業前や終電間際、時には週末も費やして何とか回している状況です。これから業務外の活動に取り組む人には、仲間をつくることをお勧めします。いくら働き方改革を進めても、本務の状況的に「今は動けない」という時期は誰にであるので。事情が分かる仲間とフォローし合う体制があれば安心です。
浜田:上司は佐藤さんのこうした活動に対してどんな感じですか?
佐藤:直接の上司を含め、省内の多くの方に応援いただいており、大変ありがたく感じています。一方で当たり前の話ですが、業務外活動の大前提は本務をきっちりとやることだと考えているため、本務にはこれまで以上に真摯に取り組むように心がけています。少しでも「(業務外活動のせいで)手を抜いている」と思われたら、やりにくくなると自分を戒めながら。
“忖度”につながりやすい「一本道のキャリア」
佐藤さんは肩書のない状態で人と会うことで、普段得られない情報が入ってくるという。
浜田:ところで公務員、特に官僚に関して、最近はいろいろ不祥事も起こりました。ここに来て「公務員が副業・兼業を」という流れは、社会に受け入れられるでしょうか。小林さん、どう思われますか。
小林:受け入れられると思っています。不祥事や、いわゆる“忖度”が生まれる背景には、(キャリアの)レールが一本道だという現状がある。選択肢があれば、上の意向ばかり気にしなくていいのです。
また、官民の交流が失われていることも、汚職につながる一因です。NPOも含め民間との付き合いが増えていけば、作法も分かってくるのではないでしょうか。我々政治家の役割の一つとして民間と行政の通訳役がある。それは、公務員と民間で話す“言語”が違うから。付き合いを通して相互理解が深まれば、副業・兼業も受け入れられるはずです。
浜田:外に出ることで、“共通言語”が見つかるということですね。佐藤さん、業務外の活動が本業に生きた実感はありますか。
佐藤:大いにありますね。業務外活動のメリットは、肩書のない状態で人とふれ合えること。私は文科省では課長補佐クラスなので、日頃は教育長と1対1で電話することはない。でも仕事を離れてプライベートになれば、それが可能になるし、相手も心を開いてくださいます。さまざまな実情も勉強させてもらえますし、人の輪も広がります。
浜田:本業の延長線上で業務外活動をすれば、やはり本業に得るものもありますよね。相乗効果を考えると、本業と近い分野で取り組んだほうがいいのか。廣さん、どうでしょう。
廣:副業・兼業を社会貢献というより学びの場として捉えるなら、近い分野ではないほうが実は面白いかもしれないです。あえて遠い分野で、普段の仕事の尺度や進め方から離れるからこそ得られる気づきは、自分の価値観を再定義し、仕事を進めるにあたっても大きな刺激になるはずです。また、今までつながりがないような分野との接点から、想像もしなかったようなイノベーティブな取り組みを仕事に持ち込める可能性も出てきます。
小林:役所にいるとデスクワーク中心になりがちですが、現場を回って、市民活動もしてみることで分かる肌感覚がある。それを持ち帰って、抽象化して本業に活かすのもありなんじゃないでしょうか。
浜田:ちなみに佐藤さん、現在の業務外活動は無償で? 無償と有償でハードルが変わると思うのですが。
佐藤:私はそもそもプライベートな「課外活動」ですので、完全に無償です。有償となると、心理的・感情的なハードルが高くなってしまいますね。正直、制度上の制約についてあまり知らないので調べないといけないですし。何ももらわないほうが気が楽です。
「公益性」の定義とは
浜田:ここから、会場の質問を受けたいと思います。どなたかいらっしゃいますか。
質問者A:神奈川県内の市役所に勤めています。地方公務員と国家公務員で随分と環境が違うのではないでしょうか。地方公務員には国会対応がないので24時間ずっと働くということはないし、地域と距離が近いので、NPO活動に参加しやすいと思います。
本業とは別の活動をすることで、本業では得られない人脈や知識が身につくことも期待されている。
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浜田:廣さん、「二枚目の名刺」の調査では、地方公務員からも「長時間労働で時間的余裕がない」という声が多かったんですよね。
廣:はい。副業・兼業をしたくない理由を聞くと、国家公務員より地方公務員のほうが「時間的余裕がない」ことを挙げる傾向にありました。それが役所内での就労時間の多さだけに起因するのか、それともそれ以外の環境面によるものなのかまでは分からなかったのですが、国家公務員と地方公務員で置かれた状況に何らかの違いがありそうです。
小林:私も地方公務員はもっとやれると思う。逆に質問者の方、地方公務員が副業・兼業に取り組まない要因は思い当たりますか。
質問者A:私自身、居住している市内のNPOに参加していました。ただ、勤め先は別の市だったんです。職場が近すぎるとやりにくいかもしれません。私の場合は福祉分野の業務に長く携わっているので、そこで関わる相手と、業務外でも顔を合わせるのは、正直なところお互いにあまり望ましくないのかな、とも思います。
質問者B:(政府の方針にも盛り込まれた)「公益性」という言葉は、どう定義したらいいでしょうか。NPOなどだけではなく、例えば地域産業を支援することなども非常に「公益性がある」ことなのでは。
小林:おっしゃる通りで、民間企業での活動も視野に入れた議論を今後はしていくべきです。ただやはり「利益相反があるのでは」という懸念もあるので、第一歩としてまず、NPOやNGOなどでの活動を想定していこうということ。身近なところで言えば、例えば町内会も「公益性が高い組織」だと思います。町内会をアップデートしたら実現できることは多い。公益的であるはずの身近な組織がほったらかしにされているので、まずはそこから変えていくのも面白いと思います。
※後半は8月26日に公開予定です。
(構成・加藤藍子、撮影・今村拓馬)