エストニアのe-residencyの意外な盲点。家賃が払えないのでビットコインでキャッシュを作った

仮想通貨と紙幣のイメージ

Getty Images/R.Tsubin

前回「エストニアと日本を同じ軸で比較するのはナンセンスである」という話を書いた。

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今回も、そういったエピソードの紹介から話を始めたい。

私は電子国家として知られるエストニアに生活と会社の拠点を置くことを決め、2018年4月に移ってきた。

しばらくホテル暮らしを続けながらネットで家を探していた時のことだ。賃貸物件に関しては日本と同じく物件情報サイトが複数あるため、検索で探せて大変便利である。

しかし、ここからが問題だ。候補物件にサイト経由で内覧の予約を入れたのだが、待てども待てども連絡がこない。日本だと一つ申し込んだだけで、山のように連絡が来るので、警戒してたくさん申し込まないようにしていたのだが、一向に反応がない。

そこで第二候補、第三候補と連絡を入れていったのだが、メールで連絡が取れたとしてもそのあとが続かない。しびれをきらして、不動産屋に乗り込もうとしても、事務所機能がなかったり、売買専門だったりしてなかなか上手くいかない。結局、最終的に連絡が取れたのは、ほとんどが電話だった。

4人で4ベッドルームを希望していたり、外国人だったりしたことが敬遠される原因になっていた可能性はあるが、「客なんだから相手してくれて当然」と思うのは、サービスが過剰なまでに行き届いている日本ならではの価値観なのかもしれない。

家を借りるのにもe-residencyをつないでサイン

しかしこの後が早かった。

ようやくブローカーを捕まえて内覧を終え、メールで金額を交渉。条件がまとまって「さあようやくサインだ、どこで会おうか」と思っていると、1通のメールが送られてきた。添付されたファイルをダブルクリックで開こうとすると、開けない。メールをよく見ると"添付ファイルに電子署名でサインして送り返してくれ"と書いてある。思わず「そうきましたか」と笑ってしまった。

幸いそれなりに詳しかったため、自分のe-residencyカードをPCにつないですぐさま電子署名をしたファイルを送り返したが、エストニア人が全員そのレベルのITリテラシーを備えているのであれば、かなり恐ろしいことである。少なくとも、我々の相手をしてくれた不動産屋のおじさんは、普通に使いこなしていることが分かった。

エストニアといえばe-residencyと言われるが、そもそもe-residencyとはエストニア国外の人たちがエストニアの電子住民になれる制度のことである。手続きは全てオンラインで完結するため、我々も日本を出る前に申請を完了させ、東京のエストニア大使館でカードを受け取っている。簡単なアンケート(審査)への回答と申請料の100ユーロの支払いさえすれば、基本的には誰でも電子住民になることができる。

e-residencyカードとアダプター

e-residencyカードはアダプターを使ってPCに接続できるようになっている。ちなみに日本のように自分のナンバーを秘密にする必要はない。

撮影:Baroque Street

家の契約だけでなく、テレビやWiFiの契約にも、e-residencyに接続して本人確認。これは確かに便利で、外国人でも統一されたフォーマットで身分証明できるので、すぐに回線を契約させてくれる。日本に来たばかりの外国人が、在留カードやパスポートやビザの証明書などを持ってWiFiを契約しに行く様子を考えてみてほしい。一体何日かかるのか想像もつかない。

e-residencyがあっても口座開設は簡単ではない

一方で、e-residencyがあってもどうにもならないこともある。その最たる例が、銀行口座開設である。「e-residencyがあれば法人設立や口座開設が簡単にできる」という、これまたふわっとした情報が出回っているため、もう少し正確に表現しようと思う。

まず、法人設立や口座開設は確かにネット上で完結する。

ただ、リモートで作れる銀行口座は現状フィンランドのHolviというオンラインバンクだけで、これは正直使い物にならないといって良い。日本にカードは届くのだが、口座にユーロを入金するのが非常に困難なのである。某メガバンクでも直接送金するルートを持っていないため、窓口に行っても「届くかどうか分からない」という回答で、結局2回失敗した揚げ句諦めた。

さらに口座維持手数料が毎月3000円程度かかるため、どんどん残高が減る。ユーロ圏以外からの送金に関しては、Holviが公式に海外送金のマッチングサービスであるTransferWiseの利用を勧めているという状況である。

現地に行ってからもすぐに口座開設できるわけではなく、法人口座を作る場合は、身分証明や事業計画の提出、口座が必要な理由の説明など、クリアしなければならない項目は多い。我々の場合、とりあえず家賃の支払いに個人口座が必要だったので、審査の際に契約書等の書類一式も提出したが、1週間待たされた揚げ句、「家賃の支払いだけでは銀行口座が必要な理由にならない」と言われ、口座開設を断られた。

家賃のためにビットコインをユーロに“両替”

ビットコインATM

街中に一台だけあるビットコインATM。

撮影:Baroque Street

そのため初回の支払いは、手持ちのBTC(ビットコイン)をビットコインATMでユーロに換え、そのキャッシュを不動産ブローカーのおじさんに渡して契約書の裏に受け取りのサインをもらうというバカみたいなオペレーションになった。

契約書の裏側に書かれた金銭の授受の記録

契約書の裏側に書かれた金銭の授受の記録。

撮影:Baroque Street

その後ドイツやイギリスのオンラインバンクを複数開設し、残高のチャージもできるようになったため、ユーロ圏での送金に関しては不便しなくなったのだが、月に1度おじさんと会うのも一つの楽しみなので、未だに毎月キャッシュで家賃を払っている次第だ。

今回はe-residencyの実利用的な側面を取り上げたが、銀行口座が作りにくい以上、ずっと日本にいる人が電子住民になってもメリットがあまりないというのが現状である。そのあたりは次回以降、考察していきたい。

次回は、エストニアのビジネス的な側面に着目し、レポートしていく。


福島健太:株式会社Baroque Street代表取締役CEO。京都大学農学部卒。都市銀行、システムエンジニア、国立大学特別研究員を経て、仮想通貨に特化したシンクタンクであるBaroque Streetを設立。現在はエストニアに拠点を移し、仮想通貨プロジェクトのリサーチに従事している。

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