ベンチャー界隈に「ロビイスト」が増える理由 —— 新産業には「ルールメイキング思考」が必要だ

国会議事堂

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ここ数年、ベンチャーが進出する産業が大きく変化し、仮想通貨や民泊、ドローンなど、「法規制」によって事業の大きな転換を迫られるケースが増えている。

そうした中で、規制に関わる省庁や政治家との意見交換・交渉を行うロビイストの重要性も増してきた。

しかし、機密性の高い仕事なだけに、なかなか表立ってその仕事の中身が語られることは少ない。

ロビイストの活動とは一体、どんな仕事なのか。ロビイングを行う際に気をつけるべき点は何なのか。ベンチャーのロビイングに関わる3人に話を聞いた。

最先端のテクノロジー領域と政治・行政らをつなぐ

この分野は将来有望だけど、政治や既存業界との関係で問題がないか、ウォッチしてほしい

ロビイングを含めたパブリックアフェアーズ(政府渉外や広報)のコンサルティングを行うマカイラには、シリコンバレーの多国籍企業だけではなく、日本国内の創業間もないベンチャーや投資家からも相談が舞い込む。

藤井宏一郎

科学技術庁・文部科学省、グーグル執行役員公共政策部長などを経て、2014年にパブリックアフェアーズのコンサルティング会社「マカイラ」を創業した藤井宏一郎さん。

ベンチャーは新しいテクノロジーとアイデアを使ってイノベーションを起こすが、そうした新産業には明確な法規制が存在しないことも少なくない。

後付けで法整備がなされた結果、新産業の風景そのものが様変わりしてしまう、といったケースもある。法的な線引きがないことは、急成長の機会がある半面、リスクも大きいのだ。

「新しい技術やビジネスモデルによって世の中は大きく変わっていくが、急激に産業構造を大きく変えてしまうと、危険な部分もある。そうすると、新しい規制が生まれる。今後出てくるであろう規制に対して、企業や業界はどう対応するべきなのかを考え、新しいビジネスがきちんと発展できるように公共的な環境を整えるのが我々ロビイストの役割です」(マカイラ藤井さん)

たとえば、新たなビジネスモデルに違法性や炎上可能性がないか、規制の動きやSNSでの反響等も含めたリスクの分析。また、政治・行政や業界団体、メディアなど、公共的なステークホルダーと関係を構築するのも重要な仕事の一つだ。規制が入る前に業界でルールを決めて自主規制を敷いたり、政策提言などを行い政府の規制にも関わる。

ロビイング活動には、経営陣の理解が不可欠

吉川徳明

経済産業省、ヤフーを経て、2018年4月からメルペイでロビイングを行う吉川徳明さん。

しかし、資金力や集票力に欠けるベンチャーの主張を、行政や政治家が聞いてくれるのだろうか? ベンチャーがロビイングをすると言うと、そうした疑問も出てくる。

メルペイでロビイングを行う吉川徳明さんは、「(たとえ人脈がなくても)ちゃんと準備すれば、問い合わせからでも話は聞いてもらえる」としつつ、新産業の本質をより深く理解してもらい、協力を得るには、「社内外の信頼を積み上げること」が重要だと語る。

「ロビイストの役割は社内と社外の認識のギャップを埋めること。社外の人に自社のことを理解してもらうには、信頼を積み上げることが重要。問題が起きてから何か言うのではなく、早い段階からコミュニケーションを始めて、『こういう考えを持っているのか』『こういう人たちが働いているのか』というのを知ってもらうことで、信頼が積み上がってくる」(吉川さん)

ss

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金融関連の新規事業を行うメルペイはまだサービスを開始していないが、事前にリスクを減らすためにも、すでにロビイングに着手し、政治・行政や業界団体との関係構築を進めている。

2018年8月1日には、政策関連の情報発信を行う自社ブログ「merpoli(メルポリ)」をオープンするなど、情報発信にも力を入れる。

merpoli

merpoliのWebサイト。

他方で、信頼を得るには、企業側から一方的に伝えるばかりではいけない。社会からの要請に応じて、戦略やプロダクトそのものも、一定の柔軟さをもって軌道修正していく必要がある。そのためにも、社内の理解、特に経営陣の理解は欠かせない。

メルカリ社長の小泉文明さん、メルペイ社長の青柳直樹さんがいずれも自らロビイングを経験し、その重要性を理解しているのも大きいと、吉川さんは言う。

「小泉さんや青柳さんがIT企業でロビイングをしていた時に担当していたのが、当時経済産業省にいた私です。過去の経験から、ロビイングの重要性を理解している。経営陣にその理解があるのも入社した理由の一つ」

吉川さんは経済産業省、ヤフーを経て、2018年4月にメルペイに入社。自身も企業からのロビイングを受けていた立場だったからこそ、誰にどう伝えれば、行政や政治家が動いてくれるのかよく分かっている。

なぜ役所や政治家が検討する価値があるのか。(ロビイストは)自社の利益だけではなく、社会的な価値にどう貢献できるのか、言葉で伝えなければいけない

従来の“陳情”とは異なる「ロビイング2.0」とは

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護送船団なきベンチャーにとっては、ロビイングによる社会への理解促進は、事業規模が拡大するほどに重要な意味を持つ。

REUTERS/PO Luigi Cotrufo

1990年代までは「護送船団方式」が一定の力を持ち、産業界と政府をつないできた。現代でも金融や通信業界、一次産業などではそうした方式がいまだに機能している。

護送船団方式とは:過度な競争を避け、全ての企業が存続できるように、政府が規制する産業保護政策。

そうした企業は献金や集票によって、政治への大きな影響力を行使し、自分たちの企業に有利な環境を構築する。

しかし、資金力や集票力に欠けるベンチャーで同じことはできない。

シェアリングエコノミー協会で渉外部長を務める石山アンジュさんは、今後必要なロビイングを「ロビイング2.0」と表現する。

石山アンジュ

シェアリングエコノミー協会事務局渉外部長の石山アンジュさん。左は、元総務大臣で、政調会長代理の新藤義孝衆議院議員。

  • ロビイング1.0=自分たちの業界の利益獲得のために、政治と行政へ働きかける(=陳情)
  • ロビイング2.0=一つ上の理念(公益)を掲げ、PR、全てのステークホルダーを巻き込んで社会全体に働きかける(=ファンづくり)

また、今までのロビイストの多くは、官僚出身や国会議員秘書の経験者が多かったが、石山さんはクラウドワークスで広報を担当している中で、業界団体・政府との渉外も担当。

ベンチャーが社会的信頼を獲得するためには、PRも欠かせないため、政策づくりを経験していなくても、貢献できる部分は大きいと話す。

シェアリングエコノミー協会では、「シェアリングエコノミー認証制度」を設定するなど、自主ルールを策定し、適切な管理体制を構築している。これによって、過度な規制が入るのを防ぎ、より健全に産業が育つようにしている。


民泊新法によって急激な撤退を迫られた民泊や、いまだ解禁に至らないライドシェアを見るまでもなく、産業・社会・利便性を両立させる法整備の議論は、今後さらに活発化していく。特に、モビリティや医療、再生エネルギーといった新しい分野は、既存産業の保護だけではなく、欧米やアジアなど諸外国の潮流に「日本が遅れを取らない」ことも重要な政策だ。

ルールを構想する段階から積極的にベンチャーも交わり、世界基準の“あるべきルール”を議論する姿勢、「ルールメイキング思考」は、今後さらに重要になってくるだろう。

(文、写真・室橋祐貴)

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