米中貿易戦争は長期化の様相——中国ハイテク製品狙い撃ちで安全保障で全面的「敵対」へ

米中「貿易戦争」が抜き差しならない悪循環に陥り始めている。

争いの性格も単なる通商摩擦にとどまらず、米中パワーシフト(大国の重心移動)に伴う「中国抑止」へと変化し、長期化の様相を呈してきた。長期化すれば、自由貿易体制を委縮させ、第二次大戦の引き金になった世界経済ブロック化が再燃する危険があるだけに、決して侮ってはならない。

アメリカのトランプ大統領と中国の習近平国家主席

米中貿易摩擦は「米中パワーシフト」による政治摩擦と連動している。

REUTERS/Damir Sagolj

甘かった見通し

経過をおさらいする。トランプ政権が、中国による知的財産権の侵害を理由に500億ドル(約5兆5700億円)相当の中国製品に25%の制裁関税を課すと発表したのは6月15日。7月には第1弾の340億ドル分を発動、8月23日には第2弾がスタートする。さらに2000億ドル相当の輸出に25%の追加関税を課す第3弾も控えている。

中国政府もそれぞれ同規模の報復を発表し、「経済合理性」に逆行した高関税の応酬はエスカレートするばかりだ。

「経済合理性」とは次のような論理である。

中国商務省の7月の発表によると、中国の対米輸出の6割は、アメリカを中心とする外資企業の輸出が占める。だから中国製品に高関税を課せば、ダメージを受けるのは中国側だけではない。アメリカ企業と経済にも損失を与える。好調なアメリカの成長を支えるハイテク企業は、中国からの輸入製品に頼っており、米半導体産業協会は対中制裁を「逆効果だ」と批判する。対中貿易戦を11月の中間選挙での勝利につなげる目論見にも狂いが生じる。

米中両国は5、6月、閣僚級の貿易協議を3回開いた。中国側が米国製品やサービス輸入の拡大で合意しただけに、「話し合いで解決する」という「甘い見通し」が支配的だった。

北朝鮮、台湾問題と連動

金正恩委員長とトランプ大統領

北朝鮮の金正恩委員長(左)とトランプ大統領の間にチャンネルができたことが、アメリカの対中姿勢にも影響を与えているのか。

KCNA via REUTERS

高関税の応酬を、「経済合理性」だけから判断すると本質を見誤る。通商摩擦と並行して顕在化する北朝鮮・台湾問題、南シナ海問題などの政治摩擦は「米中パワーシフト」(大国間の重心移動)という地下水脈で連動している。

対中制裁関税を発表した6月15日という日が、注目に値する。歴史的な米朝首脳会談がシンガポールで開かれた3日後だ。対中制裁と朝鮮問題の連動については、米朝間に直接対話のチャンネルができたため、トランプ氏は北朝鮮に対する中国の影響力を考慮する必要がなくなった、という分析がある。今後も北京に向けて、北朝鮮関係改善のポーズをとり続けるはずだ。

台湾カードはもっと露骨である。トランプ大統領は就任直前、蔡英文・台湾総統と電話会談したのに続き、2018年3月には米台高官の相互訪問に道を開く「台湾旅行法」に署名し北京を苛立たせた。さらに上院は8月初め、台湾との軍事関係強化を盛り込んだ「2019年度国防権限法案」を可決。中国が「核心利益」とみなす台湾問題にあえて手を突っ込み、揺さぶりをかけ続けている。

台湾の馬英九・前総統の外交アドバイザーを務めた楊永明・台湾大学教授は「トランプのアジア回帰政策は北朝鮮、インド太平洋戦略、対中貿易戦の三局面から、中国を抑止しようとする」(台湾紙「聯合報」8月4日付)と分析している。狙いは単に通商摩擦の解消ではなく、対中抑止を通じたパワーシフトの有利な展開にあるという見方だ。

曖昧化する安保と経済の境界

話は1年前に戻る。

中国政府は2017年7月に発表した「次世代AI(人工知能)発展戦略」で、中国AI産業を2030年に世界トップ水準に向上させる野心的な国家戦略を発表した。これに対抗してトランプ政権は同年12月、「国家安全保障戦略」を公表し、AIを戦略的技術と位置付けた。そして中国企業が知的所有権を盗み、サイバー攻撃を通じ、「核心的技術を不当に利用している」と、中国への対抗をむき出しにした。

半導体のイメージ

技術発展が国家安全保障と密接に関わるようになってきた(写真はイメージです)。

Getty images/Monty Rakusen

8月23日発動の対中制裁関税第2弾は、集積回路など半導体関連を標的にする。トランプ政権が特に意識しているのが、中国のハイテク産業育成のための「中国製造2025」。米中関係は安全保障でいくら敵対しても、経済相互依存の深まりで全面的には「敵対」できないとみられてきた。

しかし、AI技術は汎用性が高く、軍事転用すれば「安保と経済」の境界は曖昧になる。中国はハッキングや盗聴を不可能にする「量子暗号通信」を飛躍的に向上させ、圧倒的な軍事優位を保つアメリカの地位を揺さぶる。アメリカの優位維持のために「トランプ後」のリーダーたちも同様の措置を取り、「貿易戦争」は軍事戦略をも巻き込んで長期化する懸念がでてきた。

経済ブロック化に警鐘

果てしない「貿易戦争」がエスカレートすれば、自国経済防衛のため各国が関税障壁を設け、ひいては第二次大戦の引き金になった「ブロック経済化」を招く恐れすらある。

日本経済史が専門の武田晴人・東大名誉教授は、大恐慌の直後の1930年、当時のアメリカ政府が大幅な関税引き上げを断行。米市場から締め出された各国も自国経済保護のため報復的な関税引き下げを実施し、「世界貿易は1931年には1929年比6割減少し、36年まで4割弱にまで低迷して~中略~第二次世界大戦の序曲になった」(Kyodo Weekly)と、警鐘を鳴らす。

トランプ大統領

今回の貿易摩擦がトランプ大統領の中間選挙にも大きく影響しそうだ。

REUTERS/Leah Millis

米中それぞれの国内事情も絡んでいる。中国では、習近平外交への批判が公然と上がり始めた。対米戦略をめぐり「政府内で激しい論争が巻き起こっている」と明かす消息筋もいる。侵略と植民地化によって発展の機会を奪われた歴史を持つ中国は外圧にはめっぽう強い「DNA」がある。トランプが期待するような妥協は簡単にはできない。

一方のアメリカ。中間選挙が近づくにつれ、中国の発表する報復措置は、「反中国」ナショナリズムをトランプ支持層の間にあおる。それだけではない。国家資本主義的な手法でハイテク産業育成を進める中国のやり方に対しては、反トランプのエスタブリッシュメントも反発し、制裁支持が広がっている。トランプにとっては朗報。簡単に拳は下げられない。

貿易戦争の長期化に歯止めをかける知恵が問われている。


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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