暴力団との交際や選手強化の助成金不正流用を認めていた日本ボクシング連盟の山根明会長(78)が、辞任を表明した。
会長辞任のきっかけを作った「日本ボクシングを再興する会」は、審判への介入など12項目を列挙した告発文を提出し、全理事の退任と山根会長の除名を要求、47都道府県の理事から新会長を選んだうえで組織改革を進める計画だ。
再興する会と、親山根派が多くを占める現体制、どちらがイニシアチブをとるのか。改革への道のりは険しそうだが、すでに改革を実行している他の競技団体にそのヒントはある。
混迷極めるボクシング連盟は果たして改革の道筋をつけられるのだろうか。
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「経営」のための経理情報を蓄積
スポーツ競技団体の助成金の過大交付などによる不正受給は、日本選手団が過去最高成績を挙げたロンドン五輪が開催された2012年から2014年ごろまでに多くの協会・連盟で発覚。それを機に各団体とも財務管理の正常化とガバナンス強化に取り組んできた。
なかでも、ボクシング連盟と対照的に改革を遂行しているのが日本フェンシング協会だ。2013年に架空の領収書で日本スポーツ振興センター(JSC)から海外遠征の助成金を不正受給していたことが発覚し、理事20名全員が退任。そこから組織を立て直した。
そのキーマンが専務理事の宮脇信介さん(57)だ。
宮脇さんは、東京大学経済学部卒業後に日本興業銀行、興銀第一ライフ・アセットマネージメントに勤務。米国でMBAを取得し、長く外資系運用会社に勤務した経験もある。大学のテニスサークルの後輩だった山本正秀副会長に「フェンシング協会を立て直してほしい」と請われ、2014年6月に常務理事として協会運営に参加した。
「ボクシングの不正受給とはかなり異なるが、不正は不正。公益法人として、まずは不適切な経理問題に対応した」(宮脇さん)
最初に着手したのは経理機能の整備だ。当時のフェンシング協会は、「決済」のための経理機能はあったが、「経営」の体制はなかった。例えば、選手強化のための合宿や遠征費用、大会運営など、各分野の予算が全体の何%にあたるかなど、経営判断を行うための経理情報が蓄積されていなかったという。
太田選手の登場で予算規模も急増
着実に改革を進めてきたフェンシング協会。太田雄貴さんが31歳で会長に就任。
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フェンシングは他競技と比べると、強化運営には多額の資金が必要だ。国際大会のほとんどが欧米で開かれるため遠征費がかさむ。機材も高額だ。北京、ロンドンと2大会連続銀メダルを獲得した太田雄貴選手など競技力向上に伴い、扱うお金も増えた。2011年度は3億6000万円だった支出は、2017年度で7億円超と近年急速に増加している。
宮脇さんは振り返る。
「お金を適正に扱う人的環境は変わらないのに、財政的に急激に膨らんだ末の不適切経理だった。日本選手のさらなる強化や普及には、事務局組織の正常化は必須条件だった。常務理事として広報も担当したが、過去の運営記録がなかったので、以来、記者会見の記録、台本や席の配置図なども残した。そうでなくては、これくらいの大会はこれくらいのメディアがくるという見通しも立たない」
例えば、リオ五輪前の記者会見はナショナルトレーニングセンターで開いたが、50人の見込みのところに100人来た。
宮脇さんが重視したのは、組織としての経験値、「組織知」の蓄積だ。それがなければ東京五輪に対応できないと考えた。広報関連などは、民間のスポーツマネージメント会社の力も借りた。
2020年後を見据えた改革をスタート
組織の基本的な構造改革は第一段階。2017年には太田さんが31歳で会長に就任。太田会長に請われて常駐の専務理事に就任した宮脇さんが始めた改革第2弾のテーマは「2020年以後」である。
「2020以後はスポンサー収入も強化費も減るので、収入全体が減るだろう。マイナスを吸収できるように組織を変えなくてはならない。選手強化、普及育成、大会運営など事業本部制にしているが、各事業ごとで収入に添った収支がコントロールできるようにする。例えば、遠征や参加する種目や大会の精査も必要になる」(宮脇さん)
「先を読む経営戦略」のシミュレーションを2018年から始めた。
協会の運営には強化や育成の適正なプランを組んでいく経営力が必要だ。経営という能力は、選手の能力とはまた別だ。宮脇さんによると、競技団体の適正な運営に必要なスキルセットは5つあるという。
- 会計知識
- 組織経営の知識
- 契約概念に関する知識
- 海外でのコミュニケーションに必須な英語力
- メディア対応や発信力
無給で専務理事を引き受ける
フェンシング協会専務理事の宮脇さん。無給だが、自身のキャリアの幅を広げ、社会への恩返し、と思って引き受けた。
外部からの人材を受けつけない体質から「スポーツムラ」と称される競技団体の世界はこうしたスキルよりも競技歴や指導歴が重視される。よって、重要な事務方が無報酬だったり、企業からの出向など混在するのが現状だ。宮脇さんも無報酬だ。
「フルにコミットするポジションは有給に、と太田会長とも話している。そうでないと、収入がなくても生活できる年齢が高い人など、担い手が限られる」(宮脇さん)
宮脇さん自身、2017年10月の専務理事職を引き受ける際にそれまでのキャリアパスを一時的にせよ停止する決断をした。まだ働き盛り、大学生の娘たちや妻を養わなくてはいけない身で無給となった。しかも、海外出張では一部経費は出るものの、自身でまかなわなくてはいけないものもゼロではない。
太田会長をサポートする人間が必要だなとは思っていたが、会長から打診を受け、「え?自分かよと思った(笑)」と言う。当然、家族は大反対だったが、遅くとも東京五輪終了までと言う期間限定で説得した。
内部の人の意識や行動が変わらなくては
宮脇さんは外部からの登用ではあるが、フェンシングと無縁ではない。2人の娘が競技者で、次女の宮脇花綸(慶応大学経済学部4年)はフルーレ(フェンシングの種目の一つ)で日本ランキング1位。2018年5月のワールドカップグランプリ大会(上海)で準優勝するなど、東京五輪の星である。娘たちの影響でフェンシングを始めた自身も、シニアの世界選手権に出場するなど競技とのかかわりが深かった。
「(身内に選手がいるから)利益相反になってしまわないよう、(選手選考など)関連した審議の意思決定には参加しないなど一線を画している」
チアリーディング部でのパワハラも発覚した日本大学。
撮影:今村拓馬
宮脇さんを知るほど、「組織をつくるのは人材なのだ」と実感させられる。
日本大学のチアリーディング部の女子学生が、同部監督からパワーハラスメントを受けていたことも発覚したが、日大は「学生の皆さんを必ず守る」と声明を発表しながら、この学生に「今回の文書はアメフトの件なので、あなたの件は関係ない」といった主旨の返答をし、救いを求めた手をはねのけるような対応をしたとされる。
組織は人。上層部が交替しても、中にいる人の意識や行動が変わらなくては、組織改革とは言えない。
日大にしても、ボクシング連盟にしても、このままで改革ができるのだろうか。
日本オリンピック委員会(JOC)と日本スポーツ協会は、9月28日までボクシング連盟に対し、調査結果と改善点の報告を求めているという。
島沢優子:フリーライター。筑波大学卒業後、英国留学など経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年よりフリー。週刊誌やネットニュースで、スポーツ、教育関係をフィールドに執筆。『左手一本のシュート 夢あればこそ!脳出血、右半身麻痺からの復活』『部活があぶない』など著書多数。