“プレゼンの神”澤円とシリコンバレー起業家育成のプロとが語るキャリア論、「日本ではcrazyさへの応援が足りない」

シリコンバレーを拠点に、女性起業家を育成する堀江愛利さんの来日中に実現した、日本マイクロソフトで“プレゼンの神”の異名を持つ澤円さんとの公開対談。日米の最先端の働き方を熟知する2人が考える、これから身につけるべき仕事の心得とは? 告知後すぐに満席となったという貴重なトークのハイライトをお届けする。

堀江愛利さんと澤円さん。

堀江愛利さん(左)と澤円さん。堀江さんは女性起業家を育成するWomen’s Startup Lab代表。澤さんは“プレゼンの神”の異名を持ち、日本マイクロソフト テクノロジーセンターセンター長、執行役員を務める。

澤 円さわ・まどか

日本マイクロソフト テクノロジーセンターセンター長、業務執行役員。1993年立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社勤務を経て、1997年にマイクロソフト(当時)に入社。複数のセールス部門の責任者を歴任。大型案件を次々と決める“プレゼンの神”という異名を持ち、2006年には日本人エンジニアとして初めて、同社「Chairman’s award」を受賞。著書に『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1プレゼン術』など。

堀江愛利ほりえ・あり

Women’s Startup Lab代表取締役。カリフォルニア州立大学で国際経済学とマーケティングを学んだ後、1997年にIBMに入社。シリコンバレー企業のマーケティングを手掛け、2013年に 女性に特化したアクセラレーター(起業家の短期養成所)としてWomen’s Startup Labを創業。日本からの研修も受け入れる。米CNN「10人のビジョナリーウーマン」に選出される。

WHAT IS シリコンバレー?

澤 円さん以下、澤):せっかく愛利さんに来ていただいているので、「シリコンバレーって結局何がすごいの?」ってところから始めたいと思います。そもそも「シリコンバレー」という名称はあくまで場所のニックネームのようなもので、「シリコンバレー町1丁目」という住所はない、という認識合わせから始めましょう(笑)。

堀江愛利さん以下、堀江):シリコンバレーとは地名ではなく、マインドセット。そこに行ったら何かがあるわけではなく、自分のしたいことを実現するために夢中で取り組める場所。

例えば、何気なくUberの車に乗ったら、ドライバーはキャンピングカーでスタンフォード大の一角で寝泊まりしている起業家の卵だったりする。そして、運転しながら「僕のプランを聞いてくれ」と、ピッチ(短時間のプレゼンテーション)の練習が始まる。スターバックスに入ったら、偶然隣り合った客同士が人を紹介し合っている。一言でいうと、世界中のイノベーションを目指す人が集まる場所ですね、表向きは。

:「表向きは」(笑)。いきなり気になる言葉が出ましたが、後ほど掘り下げることにして。今おっしゃったような起業熱がぶつかり合うような雰囲気って、なかなか日本では味わえませんよね。

堀江:スピーディーでオープン。オープンという語感からeasyだと勘違いされやすいのですが、実際はかなりdifficult。結局何も成し遂げられずに帰る人のほうが多いんです。

“なんとなく”で生き延びられる日本

:ビッグチャンスをつかめる場所ではあるけれど、受け身では何も与えられない。自らアクションしていく力が求められる。これこそ今の日本に圧倒的に足りていない部分かなと、僕は危機感を持っていて。

澤円さん。

日本の中でなんとなく暮らしていると「なんとなく」のまま生き残れてしまう。でも、これからの時代はそれだと取り残されていくので非常に危険。僕が“働き方改革”という言葉が大嫌いな理由は、この言葉を言うだけで仕事をした気になっている人が多過ぎるから。新しいソフトをインストールしましたって、「まだ何も生み出してないじゃん!」と突っ込みたくなるわけです。

堀江:アメリカで「働き方改革」って言いますっけ?

:言うわけがないですよね。

堀江:私は、「ワークライフバランス」を迫る考え方にもちょっと抵抗がありますね。創業期とか育児中の時期とか、どうしたってバランスが取れない時はあるでしょ。ムチャクチャな生活になっていたって、死ぬときにバランスが取れていたらいいんじゃない?というのが私の持論。

:むしろ、きれいにワークライフバランスを取りながら成功した起業家っているのかな。何かに対して極端に自分を投入しないと、何もhappenしない気がしますよね。

堀江:そう。クレイジーであることが求められる。スタートアップの面接をした投資家に「どうでした?」と聞くと、「She wasn’t crazy enough」とか返してくるんです。つまり、もっとクレイジーさを求めると。日本では「crazy」であることへの応援が足りていないのかも。

視察している場合じゃない

日本では「普通であること」が重んじられ過ぎている。就職活動では学生に「個性のある人材を求める」「突出した才能を歓迎する」と言うくせに、僕みたいな格好の学生が来たら100%落とすでしょ。つまり、扱い慣れていないんですよ。本当はいいものを持っていても、普通であることを強制され、プチクレージー止まりで終わってしまう人はたくさんいますよね。“普通”を強いる人たちが「何かイノベーションを起こさないとマズイらしい」となった時にやっちゃうのが、「シリコンバレー視察」ですよね。

堀江愛利さん。

堀江:来てますよ、たくさん。多過ぎじゃないかってくらい。

:大手の旅行会社がご丁寧にプログラムを組んでいますからね。

堀江:視察ツアーでなく、「何かをするツアー」でないと意味がないと思います。VIPチケットで試合を観ても、MBAの選手にはなれないように。例えば、実際に事業プランを本場でプレゼンしてみるとか。世界の舞台で、人の心を動かす話ができるかというチャレンジをぜひ皆さんにはやってほしい。私がやる実習ではそういうトレーニングばかりです。

:僕は一応プレゼンテーションを生業にしていているんですが、やっぱりプレゼンでものを言うのはテクニックではなく中身の力。突き詰めると、その人の生き様。どれほど本気でそれを伝えたいと思っているかという姿勢そのものなんですよね。ところが日本ではまだまだ「自分がやりたいことに夢中になって打ち込む」という生き方に冷たい。

僕が応援しているスタートアップ「Fairy720°」は、VRとドローン技術を使って“妖精がいる日常”を本気で目指しているんです。しかも、自衛隊出身のゴツい男2人が(笑)。「これによってハッピーになれる人がたくさんいる」って信じ抜いている。もう応援するしかないじゃないですか。

ところで、さっき愛利さんがシリコンバレーについて(「表向き」はと)ネガティブな面もあるとおっしゃったのはどういう意味?

そのイノベーションは正しいのか?

堀江イノベーションの手法自体が画一的になってきていると感じています。その背景として象徴的なのは、シリコンバレーの主役が男性のイノベーターに偏り過ぎているという現状です。カンファレンスでは男子トイレにだけ長蛇の列ができますし、ある調査によると、シリコンバレーのベンチャーキャピタルは93%が男性で、投資先となるのも男性が9割以上。非常に男性的な文化なんですね。

だから、実は非常に偏った価値観に基づくかもしれないということ。「シリコンバレーで成功するのが正しい」という思い込みさえ、疑ったほうがいいと私は思います。

:それは日本がずっと解決できていない問題でもありますね。

堀江:そのイノベーションの方法は正しいのか?という問いかけをする癖を私たちも身につけなければ。

:ゼロから考え直す力が必要だと。結局、正解がないから、ずっとチャレンジし続けないといけない。

堀江愛利さんと澤円さん。

「シリコンバレーで成功するのが正しい」のか?「そのイノベーションは正しいのか?」。常に問いかけをする癖を身につける必要があるという。

堀江:澤さんはチャレンジしています?

:僕は常に「最近チャレンジしているか?」と自問しながら危機感を持っています。会社にいながら枠にとらわれない生き方を貫いて、仕事の4割は社外への貢献というチャレンジもしているんですが、最近は行く先々で喜ばれることがほとんどになってきて、「これはもしやチャレンジが甘いのでは?」と。より難しい課題を求めなければと思っていますね。

いつもの習慣や決められたルールに従っていればいいや、と思考停止になるのが一番怖いこと。会社や誰かが合格基準を決めてくれるのを待つのではなく、自分でチャレンジの基準を考えて持とうとする

そういう個人の気構えが、きっと企業や社会全体の閉塞感の打破にもつながっていくんじゃないかなと思っています。

(取材、文・宮本恵理子、撮影・竹井俊晴)

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