東京医科大学が医学部の一般入試で、女子と浪人年数の長い男子が不利になるよう得点操作を行っていた —— 。同大学の記者会見から1週間以上が過ぎた。元受験生たちが怒りの声を上げている。当事者の話から見えてきたのは、まるでパワハラ採用試験のような医学部入試の実態だ。
差別を受験テクニックとして教えられてきた女性は、今回の報道で初めて「怒り」を覚えたという(写真はイメージです)。
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現役男子に20点の“下駄”は「重大な女性差別」だ
東京医科大学の調査委員会がまとめた報告書によると、同大医学部医学科は、遅くとも2006年度から、女子よりも男子、浪人よりも現役を優遇するような得点調整を行っていた可能性があるという。調査委員会は「重大な女性差別的な思考に基づくものといわざるを得ず、強く非難されるべき」としている。
この発表を受けた8月9日、「東京医大等入試差別問題当事者と支援者の会」が立ち上がった。当日、東京都内のカフェで行われたイベントでは、同会で共同代表を務める作家の北原みのりさんが、元受験生の女性たちがつづった文章を代読した。これはその一部だ。
若くないと駄目ですか? ひとり親家庭で再受験目指す女性の叫び
不正入試が行われていたと見られている年に東京医大を受験し、現在は別の大学の医学部に通う女性は、「憤りを隠せません」と言う。
「女性の受験生の入学者の人数の調整は暗黙の了解だったという医療関係者がいましたが、受験生はそんなことは思っていません。合格比率を見て『女性は数学が苦手だから』と無理やり納得し、『物理や生物が難しかったからしょうがないよね』という根拠のない話をかいつまみ、集め、『だから女子はこの大学には少ないのだ』と受験するしかなかった。まさかその裏でこのような操作が長期にわたって行われていたとは思っていませんでした。不正が行われた年度の点数をすべて開示することを望みます」
「東京医大等入試差別問題当事者と支援者の会」イベント会場にはこんなポスターが。
撮影:竹下郁子
別の20代の女性は、ひとり親家庭に育ち、経済状況から医学部に進学したいと言い出せず、国立大学の薬学部に進んだ。しかし、やはり医師になる夢を捨てきれず、親しい人の急死なども経験し、今改めて医師を目指している。
今年、東京医大を受験したが不合格に。年齢的にも金銭的にも来年が最後の受験と決め、毎日13時間の勉強に励んでいるという。
医学部を受験するのは裕福な家庭に育った一部の“エリート ”だけではない。浪人の長さで差別するような東京医大の姿勢は、再受験組にも大きな衝撃を与えている。
「再受験を目指す理由はさまざまだと思いますが、親族やお子さんを亡くされた方、医療事故でお兄さんを亡くされた方などいろいろな経験をきっかけに、高い志で再受験されている方がいます。そういった経験や決意を全部無視して、年齢で一律に排除されてしまうのはどうしてでしょうか。どんなに頑張っても女に生まれたからと、さらには現役生ではないからと、若くないからと医師になる夢を諦めなければならないのでしょうか。医学部への門戸が開かれないと、どうしたって医師になれないのです。今回の東京医科大の事件を受け、毎日、怒りと悲しみに暮れています。できるだけフェアな入試制度に改善されることを切に願うばかりです」
東京医科大には、受験料の返還と事実の公表を希望しているという。
入学試験が就職試験に通じてしまう危うさ
会の共同代表の北原みのりさん(右)と井戸まさえさん(左)。
撮影:竹下郁子
イベントには、3年前に東京医大を受験し現在は別の大学の医学部に通う女性も来ていた。女性は、東京医科大の問題が報じられたことで「人権に目覚めた」と話す。これまでは差別もまるで受験テクニックのように教えられていたからだ。
「予備校では『女子や浪人生にはこの学校は難しいよ』と言われることも多くて、みんな当たり前に受け入れていました。これは差別なんだ、怒っていいことなんだと気づけたのは、今回の一連の報道を見てからです」(女性)
東京医科大の関係者は、女子の得点を操作していたことに対して「女性は大学卒業後に出産や子育てで現場を離れるケースが多く、医師不足を防ぐためだった」と説明している(朝日新聞デジタル8月2日より)。
医師の雇用問題と入試の公平・中立性を保つこととは全く別の問題だが、なぜこうした混同が起きているのか。北原みのりさんは「医学部の入学試験はそのまま就職に通じている、すごく特殊な受験」になってしまっているからだと懸念を示す。
それがよく表れているのが面接試験だろう。医学部の面接の質問はかなりプライバシーに踏み込んだものが多い。
「親が医者かどうかや、親の卒業した大学はよく聞かれました。『妊娠・出産したら仕事はどうするの?』というのも定番の質問です。復帰して医師を続けるつもりだと答えていました。これも今思えばおかしなことですが、当時は全く違和感を感じていませんでした」(前出のイベントに出席していた女性)
妊娠したら仕事はどうする? 親は医者? は面接の定番
高校生にも仕事と家庭を両立させていくことへの覚悟が問われる(写真はイメージです)。
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医学部受験予備校のレクサス教育センターが編集している『医学生がガイドする私立医学部合格読本』には、受験生たちが面接で何を聞かれたかが掲載されている。2016年版、2018年版を見ただけでも、結婚・妊娠・出産・育児について尋ねる大学が少なくないことが分かる。
「面接で聞かれたこと」(『医学生がガイドする私立医学部合格読本2016、2018』より)
東京女子医科大学:医師と家庭を両立出来る自信はあるか。女医としてのメリットとデメリット。両親は医師をめざすことについて何と言っているか。
昭和大学:女医としてどのように仕事をするか(産休・育児休について)。
埼玉医科大学:結婚しても医師を続けられるか。
北里大学:出産育児で離職する女性医師が多いが、あなたはどうするか。
東海大学:女性医師としての家庭と仕事の両立について。
兵庫医科大学:結婚・出産の時、どのように医師を続けるか。
親の職業や家族構成を聞く大学も複数あった。
慶應義塾大学:父親の出身大学。親の職業。
聖マリアンナ医科大学:親は医者か。親の出身大学。父親の職業。
杏林大学:親は何をしているか。
藤田保健衛生大学:家族構成。父親は何科の医者か。兄弟はいるか。
獨協医科大学では「女の子にもてるにはどうしたらいいか」という質問も出たようだ。
ちなみに東京医科大学は「倫理とは何か」と問うている。
募集要項で説明していれば「大学自治」の範囲内か
文科省の「医学部医学科の入学者選抜における公正確保等に係る緊急調査」
撮影:竹下郁子
東京医大の問題を受け、文部科学省は8月10日、全国の医学部医学科のある大学に対して緊急調査を始めた。性別や年齢によって合否判定に至る取り扱いに差異を設けたことがあるか、また、男性の合格率が女性の合格率を上回っている場合、その理由について大学としてどのように考えているかなどをアンケート形式でたずねている。大学の回答期限は8月24日。結果も公表予定だ。
同日、参議院議員会館で開かれた「東京医科大学入試女性差別に抗議する緊急院内集会」には文科省の担当者も出席した。報道などによると、文科省は「入試の募集要項に男女比の調整を明記していれば、大学の責任で特定の受験者を優先して合格させることはできる」というスタンスだ(朝日新聞デジタル8月2日)。このことについて参加者から質問が飛ぶと、担当者は「大変難しい問題」と前置きした上で、説明した。
「入学者選抜は『大学自治』に深く関わる問題なので、文科省から号令を出すのは控えています。例えば医学部は、大学がある県に住む受験者を優遇する『地域枠』を多くの学校で設けていて、もし点数が低くても他の県の受験者よりは“ラクに”入学できるようになっています。これも適切なのかということになる。重要なのは、目的が公正か、それを大学が説明できるかだと考えています」(担当者)
地方の医師不足解消のために設けられた「地域枠」は、いわゆるアファーマティブ・アクション(少数集団に対する優遇措置)の一環だろう。だが、男女で定員に差を設けるのは、教育基本法における教育機会の均等に反する。
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今回の緊急調査でも、文科省は「事前説明」や「募集要項等で周知」していたかどうかを重要視している。しかし、果たしてどこまでが「大学自治」なのか。議論が必要だ。
(文・竹下郁子)