世界各地で移民問題が激化し、最低限度の生活保障が危ぶまれる移住も迫られる人々が増加している。コミュニティ内の相互扶助の考え方が注目されるのは世界共通の現象のようだ。写真はギリシアとマケドニアの国境周辺。
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頼母子講(たのもしこう)や無尽(むじん)という言葉を聞いたことがあるだろうか。
家の建築や修繕、家畜・家財道具の購入といった同じ目的を持った人たちが「講」と呼ばれるグループを作り、とりまとめ役である「講元」が一定の期日に全員から掛け金を徴収し、くじや入札で決めた当選者に、集めたお金そのものや目的のモノ、サービスを給付する仕組みだ。
次の(掛け金徴収の)期日が来ると、前回給付を受けた人も含め再び全員から掛け金を集めるが、一度給付を受けた人はその後当選の対象にならない。給付が全員になされたところで講は解散する。
日本では、沖縄や山梨などごく一部の地域を除いて行われていないが、世界を見回すと似たような仕組みが自然発生的に各地に生まれていて、英語では「Rotational Savings Club(持ち回り貯蓄クラブ)」と呼ばれている。
ちなみに、日本におけるRSCの起源は鎌倉時代にさかのぼる。江戸時代には日本中で広く行われるようになり、大きなお金が集まる講元の中から、庶民向けの金融業者となる者が出てきた。戦前あった「無尽業者」と呼ばれる金融機関がそれで、戦後はそのほとんどが「相互銀行」に衣替えし、さらに株式会社化されて現在の「第二地銀」となったのである。
話題の「貯蓄アプリ」の仕組み
貯蓄アプリ「Esusu」のサービス画面。
Esusu
実は、このRSCをネットアプリ化したサービスが、ウォール・ストリート・ジャーナルの最先端ネットビジネスを紹介するコラム「The Future of Everything」で取り上げられていた。サービスの名前は「Esusu」。ホームページの情報によると、仕組みは以下のようなもの。アプリを使う以外は、RSCそのものだ。
- RSCを結成したいメンバー全員がEsusuのアプリをインストール(iPhone/Android)
- リーダーが、積み立て目標金額や1サイクル当たりの積立額、積立回数などを設定
- メンバーが、積立金の引き落とし口座・個人情報(社会保障番号もしくは免許証番号)を登録
- アプリが、メンバーの口座から1サイクルごとに積立金を自動引き落とし、集中口座(※)に送金
- Esusuは、1積み立てサイクル当たり10ドル(メンバーが10名なら1人1ドル)の手数料を天引き
- 設定された期日が来ると、アプリはメンバーからランダムに1人を選択し、その登録口座に全員分の積立金を振り込む
(※集中口座は、Esusuの提携銀行であるEvolve Bank & Trustに開設される専用の口座で、メンバー1人あたり25万ドルまで、通常の預金口座と同じく預金保険制度の保護対象となる)
積み立て金が全額振り込まれるということは、言い換えれば、そのメンバーがそこまで積み立てた金額を集中口座から引き出して、残りを自分以外のメンバーから借りることを意味する。したがって、次回以降の積み立ては、他のメンバーからの借入金の返済に充てられることになる。
不払いは信用情報にしっかり影響する
米国市民権・移民業務局(USCIS)で「忠誠の誓い」を行う移民たち。アメリカは移民の国ゆえに、客観的な個人の信用力が重要視される。「Esusu」は不払い情報を信用情報(クレジット・スコア)に関連づけることで、積み立ての不履行を回避している。
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積み立て金の支払い状況は個人信用情報に登録されるので、不払いは信用評価に影響することになる。不払いの場合、アプリから再請求が行われるが、それでも延滞が継続した場合、サービサー(不良債権の回収業者)に委託して回収がなされる。
昔のRSCでは、地域コミュニティの(監視の)目が、不払いに対する歯止めの役割を果たしていた。Esusuでは、提携銀行を通じた個人信用情報への登録がその役割を担うわけだ。
提携銀行のEvolve Bank & Trustは1925年に開業した、90年超の歴史を有する中堅銀行。アーカンソー州を本拠とし、個人・中小企業取引を中心にサービス展開している。地域・規模の両面から見て、全米展開は決して容易ではないが、Esusuと提携したことで、小口ながら全米から資金が集まるようになる。
RSCは本来、個人間の相互金融の仕組みながら、「モバイルアプリ+金融機関の仲介」によって現代的なサービスに仕組み直されたわけである。
海外移民コミュニティでの苦労がアイデアを生んだ
インディアナ州からサンフランシスコに出てきて2年間ホームレス生活を続けている20代の二人。成人の4割超が「400ドルの緊急の支出」に対応できる貯蓄がないとの調査結果を受け、アメリカでは低所得層の生活維持が大きな問題となっている。
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実は、このサービスに注目が集まる背景には、2018年5月に発表された米連邦準備制度理事会(FRB)の家計資産報告の存在がある。アメリカの成人10人中4人が、400ドルの不時の支出に耐えられる蓄えがなく、借り入れか資産を売って工面するしかないと答えたという、ショッキングな調査報告である。
今まさに金融を通じた相互扶助のあり方が問われているといってもよいだろう。Esusuを設立したAbbey WemimoとSamir Goelの二人も、海外移民のコミュニティでその日暮らしの生活に苦しんだ末にこの仕組みを考案し、40万ドルの創業資金を集めたという。
日本でも、若年世代とシニア世代の双方に、昔とは異なる文脈でRSCのニーズが出てきているのではないだろうか。
貧困化、格差の拡大が日本でも進む。コミュニティで支える仕組みは日本でも今後重要になってくるはずだ。
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なお、この仕組みは金融における新商品の開発例という視点からも興味深い。
新商品開発の有力な手法に、「温故知新法」と筆者が呼んでいるものがある。従来からある商品やサービスの本質を十分に研究し、これに最新技術の殻をかぶせて、新たな市場や顧客を開拓するのである。金融技術の本質は案外何百年も不変のものが多いので、それなりに効果的だったりする。
我が国のフィンテック(FinTech)はこれまでのところ、どちらかと言えば情報技術としての側面に焦点が当たっているようだが、本旨は「Fin for Tech(技術のための金融)」ではなく「Tech for Fin(金融のための技術)」であるはずだ。今後は金融技術のほうに差別化の焦点が移っていくだろう。
大垣尚司(おおがき・ひさし):京都市生まれ。1982年東京大学法学部卒業、同年日本興業銀行に入行。1985年米コロンビア大学法学修士。アクサ生命専務執行役員、日本住宅ローン社長、立命館大学教授を経て、青山学院大学教授・金融技術研究所長。博士(法学)。一般社団法人移住・住みかえ支援機構代表理事、一般社団法人日本モーゲージバンカー協議会会長。主な著書に『金融と法――企業ファイナンス入門』『金融アンバンドリング戦略』『49歳からのお金―住宅・保険をキャッシュに換える』など。