HRBrainのオフィスでは、サービスロゴといっしょにサッカー本田圭佑選手のユニフォームが飾られている。
「何故がんばっていないあの人より、がんばっている私の方が給料が低いのか?」
既存の人事評価に対する不満を持つ声は大きくなっている。アデコグループの行った意識調査によると、20〜60歳の働き手の62.3%が人事評価制度に不満があると答えている。不満の理由としては「評価基準の不明確さ」「評価者によってのばらつき」「評価者からのフィードバック不足」が挙げられている。
「本来であれば人事評価は社員を鼓舞し、企業を成長させるために必要だ」そう話すのは、人事評価を行えるクラウド型サービス「HRBrain」の堀浩輝社長だ。
本田圭佑氏はHRBrainオフィスにサプライズ訪問したこともある。
提供:HRBrain
HRBrainは、FIFAワールドカップ2018の代表として活躍した本田圭佑選手が代表を務める「KSK Angel Fund」が出資して注目を集めている。同社は2017年1月にサービスインしたばかりだが、IT企業を中心にすでに導入社数は300社を超えた。
ミック経済研究所の調査によると、人事関連業務をテクノロジーの力で効率化していくHRTech市場は拡大傾向にあり、2022年には約633億円規模にものぼると見られている。その中でも、HRBrainのような人事・配置に関わる市場規模は全体の約40%にあたる約265億円と推定される。
中でもHRBrainが得意とする人事評価の領域は、非効率なものがいまだ数多く残るのが現状だ。社員ひとりひとりがエクセルなどで定められた目標設定を記したシートを作成、半期毎などに人事担当がそのファイルを収集し、さらにひとつのエクセルにまとめて評価しているケースもある。
同社の独自調査によると、目標設定を行っている全国の会社員の8割がこのような非効率な作業を行っているという。
HRTech業界全体の注目度が追い風に
HRBrain社長の堀浩輝氏。前職のサイバーエージェントでは、AmebaブログやAmebaOwndなどの責任者を務めた。本田圭佑選手は高校時代の先輩だが、卒業からHRBrainの売り込みをするまでの間の交流はなかった。
HRBrainは、人事評価の作業プロセスから、紙や無駄なエクセル入力を一掃する。
同サービスは、定量/定性目標といった従来のものから、MBOやOKRといった、比較的新しい目標管理制度に対応。評価制度の確立から目標シートの収集、1on1などでの進捗管理、評価、集計までをサポートしている。
※MBOとは:
評価方法の一種で、Management By Objectivesの略。ピーター・ドラッカーが提唱したマネジメントの概念で、個人と組織の目標をリンクさせ業績向上を目指していくもの。※OKRとは:
評価方法の一種で、Objectives and Key Resultsの略。グーグルやフェイスブックなどが導入している新しい方法で、従来的なものより高い頻度で評価や目標設定などを行っていくのが特徴。
HRBrainはブラウザーでアクセスできるクラウド型のサービスだ。
提供:HRBrain
しかし、市場を見てみると人事評価に関するクラウドサービスやソフトウェアといったものは、それほど珍しくはない。
HRBrainの導入企業には、サイバーエージェントやアドウェイズが含まれる。こうしたIT企業から評価されている理由を、堀氏は「使い勝手やシンプルさ」ではないかと説明する。
堀氏:私を含めて現在の開発陣の多くが、サイバーエージェントでコンシューマー向けのサービスを開発していました。当時、私たちも業務だからという理由で、使いにくい社内システムを使っていました。家で使っていても苦にならないサービスを世に出したい、そういう想いがプロダクトに反映されてます。
HRBrainのシンプルさについては、導入企業の方から評価されることが多いです。シンプルだけど機能も多いことを両立できるよう日々開発を進めています。
また、堀氏は短期間に300社まで導入企業を伸ばせた要因としては、「HRTech全体の注目度がここ数年で伸びているから」だと話す。
実際、同社の営業チームは飛び込み型の営業は行っておらず、営業チームが対応しているのはウェブなどからの問い合わせがあったものか、導入済み企業からの紹介がほとんどであると言う。
利用率と質の向上につなげる無料カスタマーサポート
HRBrainのサマリー画面のサンプル。すべての情報がクラウド上に集まるため、評価の結果がすぐに反映される。
提供:HRBrain
HRBrainにはもうひとつ特徴的なものがある。それが“カスタマーサクセスチーム”だ。
これはいわゆるサポート制度ではあるが、導入後の運用の助言や仕様の調整はもちろん、導入前の制度設計までも行なうものだ。
導入前のサポートは、今ある評価制度を、HRBrainという新たなツール上でどう実装するかを支援する意味合いもある。
しかし堀氏はむしろ「HRBrainに合ったシンプルな評価制度を、新しく構築するため」と話す。これは、HRBrainに問い合わせをする企業の多くは「現行の制度を見直し、成長を加速させたい」という根本的な課題感を抱えているから。ツールの使い方だけではなくコンサルティング的な要望も叶えている格好だ。
HRBrainのサイトには、すべての料金プランにサポート費用が含まれていることが明記されている。
提供:HRBrain
利用頻度は、企業によっては3カ月に1回、多いところでは2カ月に1回。利用のための追加料金はゼロ円で、質問回数も無制限としている。
同社のビジネスモデルは、サブスクリプション型だ。利用するユーザーが多くなれば収入が増え、サービスに魅力を感じユーザーとして居続けてもらえれば、事業は安定する。カスタマーサクセスチームはそのための必須要素だと言う。
堀氏:我々のサービスは、使いこなしてもらい初めて「入れてよかった」と思っていただける。システムの導入だけではなく、人的なサポートも欠かせない。そこには多くのリソースを投入しています。
無料で無制限の相談というと、同社の負担は小さくないだろう。実際、HRBrainの従業員数は2018年8月14日時点で22名、そのうち5名がこのサポート担当とのことだが、堀氏は「(300社のサポートをするのは)とても大変」と苦笑いをする。
しかし、そこで得られるものも大きい。
堀氏は「サポート担当者はいずれも様々な会社で就業し、評価者・被評価者としての経験もあるが、サポート業務を通してより多くの会社・業界に出入りすることで各業界でプロフェッショナルと言えるぐらい詳しくなっている」と、サポートがHRBrain全体の質の向上にも寄与していると話す。
人事評価のデータは“経営に効く”
「人事評価は方法に過ぎない」と語る堀氏。
日本の人事評価そのものの課題について、堀氏は「育成とリンクしているか」どうかだと言う。
“人事評価をする”という行為は、仕事をできた人に高評価を与え、できなかった人に低評価を下す、というシンプルなものに思いがちだ。
しかし、実態は従業員の士気や能力を上げ、企業全体の成長を促すための作業のはずだ。
そんな重要な作業がエクセルや紙による非効率なものであっては、回るものも回らなくなる。
さらにいうと、HRBrain導入は、単なる効率化には止まらない。
導入した企業からは「データがHRBrain上に積み重なっていくという記録性のようなところに、価値を感じてもらえている」(堀氏)といい、「このデータを集積させていくことで、より踏み込んだ育成計画を立てられたり、どういう人がどのような案件で活躍するのか、という予測もある程度可能になります。こうした経営に効く提案、というものをHRBrainができる世界を作って行きたい」
“エクセル人事評価の一掃”による効率化の、次なるステップを描いている。
HRBrainの玄関には、堀氏が本田圭佑氏にHRBrainへの出資を売り込みにいった際に書いてもらった「Never Give up!!」という直筆コメントとサインが飾られている。
(文、撮影・小林優多郎)