転職を決断するのが怖いと感じるあなたへ、時代に翻弄されない意思決定法とは

定年まで一社に勤め上げることが当たり前だった時代が終わり、転職をごく自然なキャリアの選択肢の一つとして捉える人が増えてきました。

けれども、どう会社や職種を変えるのが正解かが見えなかったり、いざ決断をする段になって今いる環境でも十分に恵まれているんじゃないかと思い始めたり、踏み切れずにいる人もいるのでは。

今回は、元マイクロソフトのテクニカルエバンジェリストで、現在は東大生がプロダクト開発を行うスペース「本郷テックガレージ」を運営し、スタートアップ支援を行う馬田隆明さんにご登場いただきます。

東京大学 産学協創推進本部 馬田隆明

馬田さんは海外の企業経営の潮流を踏まえた、これからの個人のキャリア形成に詳しく、その知見や転職活動に活かせるノウハウを著書や自身のブログなどで積極的に発信しています。

この記事はスタートアップが創業期にピボット=経営の方針転換をする際に踏むべきプロセスを論じたもの。しかしその内容には、個人のキャリアの方針転換に活かせる示唆が散りばめられています。

時代が激変し、先読みが不可能と言われる今、ビジネスパーソンは会社や職種の変更など転職活動を成功させるため、どのようなキャリア戦略を取ればよいのでしょうか。

マイクロソフトで東大で、挑戦する日本人を増やし続ける

——本題に入る前に、馬田さん自身のキャリアについて教えてください。

馬田さんが通っていたカナダ・トロント大学

馬田さんが通っていたカナダ・トロント大学

学部時代はカナダのトロント大学で認知科学を学んでいました。認知科学というのは、人の認知や思考に関する学問です。今回の取材はキャリアの「考え方」についてですが、私自身ずっと、考えて導き出される答えより、「考え方」そのものに興味があったんです。

今回も「この会社に転職すべき、この職種に就くべき」といった答えではなく、それぞれ読者の方々がご自身なりの答えに行き着くうえで有効な考え方を紹介したいと思います。

私自身はその後、日本マイクロソフトに新卒で就職し、プロダクトマネジャーやテクニカルエバンジェリストを務めました。最後の2年弱は「Microsoft Ventures」に配属され、そこで起業家やスタートアップと関わりを持ったことが、現在の東大での仕事につながっています。

クラウド製品「Azure」の日本担当、モーションセンサーデバイス「Kinect」の開発者コミュニティへの貢献など、自分の関心に従って仕事の機会に積極的に手を挙げ、業務時間の内外を問わず尽力してきた馬田さん。その縁で今は東大にいるのだという。

東大では、学生が起業活動やサイドプロジェクトを行う秘密基地「本郷テックガレージ」を運営し、彼らスタートアップをビジネス、技術の両面で支援しています。それに加え、今年からは週に一度、アントレプレナーシップ教育の授業も担当させてもらっています。

——著書やブログでの情報発信も積極的に行っていますよね。

はい。こうしていろんな仕事をやってきましたが、どれもつまるところ、「日本に挑戦する人を増やしたい」と思ってやっているんです。そのためには、挑戦しやすい環境づくりが大切なんじゃないか、と。

今回のテーマであるキャリアに関する情報発信も、その一つです。いきなり「起業しろ、スタートアップに行け」と言われても、特に大企業で働いている人には難しい。であれば、その一歩手前、スタートアップへの転職ならどうか? そう思ってインタビューに応えているんです。

東京大学 産学協創推進本部 馬田隆明

20代、キャリア初期は「ピボット」の連続でいい

——ではその「キャリアの考え方」について。馬田さんはブログでキャリアの初期は転職して「探索」することが有用であると説いています。その理由をあらためて説明してもらえますか?

ブログでは「探索アルゴリズムの応用」「結婚問題の応用」などの考え方を参照して、キャリア初期の転職の有用性を示しました。

まず、探索アルゴリズムについては、クリス・ディクソンという投資家の記事から考え方を借りたものです。たとえば「山登りで一番高い山を目指さなければならない。けれども霧が立ち込めていて、見通しが良くない状況」を想像してください。そんな状況で、どんな戦略を取れば頂上にたどり着けるか——。

最適解を見つけるための単純な解法に「山登り法」があります。これは、「今いる地点より上へ行く」という最も単純なアルゴリズムです。キャリアに置き換えるなら、新卒、20代で入った会社で何はともあれ出世を目指す、そんな状況でしょうか。

しかし、この方法には「罠」が潜んでいます。それは、この方法に従っているかぎり、山は実はもう一つあって、自分は小さい山の麓の地点にいた場合には、いつまでも大きな山の存在に気づかず、小さい山の頂上で「登頂した」と思い込んでしまうことです。

「山登り法」の罠(馬田さん作成)

「山登り法」の罠(馬田さん作成)

だとすれば、登り始める最初の地点をランダムにいくつか設定したり、たまには登りかけた山を下ることを自分に許すなど、いろんなトライをしたほうがいい。その分、試行回数は増えるけれども、今より大きな山を登れる可能性は高くなる。「焼きなまし法」と呼ばれる考え方です。

これをキャリアの考え方に応用すると、最初に入った会社でいきなりトップを目指すとか、最初に就いた職種をいきなり極めようと思うよりも、キャリアの初期にはいくつか試してみて自分に合うものを探索するほうが、結果として自分に一番合っているものを選べる可能性が高い、というわけです。

もちろんこれは山登りに関するセオリーですから、キャリアでもまったく同じことが言えるとはかぎりません。しかし、示唆を与えてくれるものではあると思います。

——なるほど。もう一つの「結婚問題の応用」というのは?

例えば、自分が結婚するまでに10人の相手と付き合える場合、どのようなルールを設ければ、その10人の中からベストなパートナーを選べるか、という問題です。

この問題、実は数学的にはある程度答えが出ています。「3人目までは意思決定はせず、4人目以降で良いと思う人がいたらその人を選ぶ」。すると、良いパートナーと出会える可能性が最も高まるんです。

この結婚問題の考え方をキャリアに当てはめてみると、たとえば職業人生が50年、一つの職業、会社を見極めるのに要する期間が仮に5年だとすると、10回のチャレンジができることになりますね。

だとすれば、2、3社までは「今は探索の期間」と割り切っていろんな会社を試し、その後、良いと感じたところを選ぶと最適な会社や職種を選べる可能性が高まるのではないでしょうか。

ちなみに「絶対ここで成功しなければ」というプレッシャーを感じずに何かにトライできるようになるのも利点の一つ。「うまくいかなかったら逃げてもいいんだ」と思えるようになりますから。

キャリアの決断に迫られる30代、40代に有効な戦略

——ここまではキャリアの「初期」に関するお話でしたが、このメディア(未来を変えるプロジェクト)の主な読者層である30、40代についてはどうでしょうか。20代とは異なる戦略が求められそうです。

東京大学 産学協創推進本部 馬田隆明

そのとおりです。30、40代にもなれば、それまでの経験からそろそろ「選び取らなければならない時期」でしょうから、先ほどの考え方をそのまま当てはめていいとはかぎりません。

30、40代の読者に一つめに紹介したいのは、「ミッドライフ・クライシス」に関するスタンフォード大の研究です。ミッドライフ・クライシスとは、仕事も私生活も順調だと思って過ごしていた人が「本当にこのままで良いのだろうか」と悩み始める、心理的葛藤のことです。

——ドキッとさせられますね。

この研究によれば、人が感じる幸せは、20代・30代・40代・50代と年代によって変わっていくそうです。

その研究手法もユニークで、各年代の人が書いたブログの中に「幸せ」というフレーズと関連して出てくるワードを分析したそうです。すると、10代は「興奮」、20代半は「追求」、30代半は「公私のバランス」、40代は「意義」、50代以降は「人生を味わう」だったといいます。

必ずしもすべての人の幸福観が、この順番に沿って変化するわけではないですが、多くの人はこうした変遷をたどっていくとのこと。この研究結果で重要な示唆は、人の幸せの定義は年齢とともに変わっても不思議ではないということです。

自分がこれから40、50代を迎えるにあたり、おそらく今後は意義や人生の味わい、やりがいを重視するようになるだろうと思うのであれば、転職活動の際、何を重点とするのかは変わってしかるべきーー興奮や追求、公私のバランスではなくなるーーと自覚できるとよいかもしれません。

——ちなみに、読者層と同じ年代である馬田さん(現在34歳)がご自身のキャリアを振り返るとして、この研究結果をどう感じますか?

今はそれこそ「意義」的なものに自分が重きを置いているように感じますが、当然若いころからそうだったわけではなく、以前はむしろ、意義や会社のビジョンといったものに対して斜に構えているところがあったような気がします。

では、年代によっても変化するキャリアの重点はどのようにして決まるのか。アメリカの起業家、ジム・ローンは「人間は、いつも周りにいる5人の平均をとったような人になるものだ」と言っています。家族や仕事仲間、プライベートの友人など——。

東京大学 産学協創推進本部 馬田隆明

その意味では、私はマイクロソフト時代にスタートアップに関わるようになり、起業家やそこで働く人など視座の高い人に囲まれる機会に恵まれたことが大きかったと思います。彼らのおかげで自分の目線が常に引き上げられているのは、今でも感じているところです。

より身近なたとえ話では、渋谷に住むと食事に誘われやすくなると言う人もいます。引っ越して付き合う人も変わるでしょう。すると自分の行動も変わるはず。私も実は「東大のスタートアップが面白いので、本郷に引っ越してスタートアップの傍にいる」という環境の変化を選択したのが、今につながっているんです。

つまり、人の重点や意思決定は、自分が思っている以上に少し環境が変わっただけで大きく変わってしまうものです。年初の抱負のような「こうしよう!」という自分の意思だけを過信するより、「どういう自分になりたいのか」を考えた上で、そうなるために自分の身を置く環境を変えたほうが効果的かもしれない、というのがここで得られる示唆ですね。

時代に翻弄される「キャリアの不確実性」への向き合い方

30、40代が取るべき戦略についてもう一つ。『転職の思考法』という本に書いてあり、確かになあと思ったのは、初めての転職が、すなわち自分で行う初めての意思決定である人が多い。だから、その不確実性を恐ろしく感じてしまう人が多いのだ、ということ。

転職して会社や職種を変えたとしても、それで自分の将来が好転するかは分かりません。ですから、「不確実性に対してどういう態度を取るか」が重要で、それが決まっていなければ、決断することは難しいのではないでしょうか。

——不確実性への態度、ですか。

例えば、自分の将来がどうなるか、ある程度分からないことを前提として、その分からなさや不確実性を楽しむんだ、という態度もあれば、自分の人生から不確実性をできるだけ排除するんだ、という態度もありだと思います。どこまでリスクを取れるかはその人や状況によって違うからです。

ですから、どういう態度を取るのが正しいということはなく、これはその人自身の世界との接し方の問題、決めの問題です。

では、どのようにしてその態度を決めるのか。スタンフォードの教授らによる『Decisive』という良書があります。Decisiveは日本語に訳せば「決定力」。その中で彼らは、不確実な状況で意思決定をする際には「WRAP」というプロセスを試すことを推奨しています

東京大学 産学協創推進本部 馬田隆明

——どのようなプロセスでしょうか。

WRAPは、以下の4つの意思決定プロセスの頭文字をつなげた言葉です。

  • Widen Your Options(選択肢を広げる)
  • Reality-Test Your Assumptions(仮説の現実性を確かめる)
  • Attain Some Distance Before Deciding(決断の前に距離を置く)
  • Prepare to be Wrong(誤りに備える)

「選択肢を広げる」はその文字通り。実は多くの人は選択肢を多く探そうとしない傾向にあるんです。「仮説の現実性を確かめる」は、例えば1、2週間でもスタートアップでお試しで働いてみる。「決断の前に距離を置く」は、親友が自分と同じ状況にいたら自分はどうアドバイスするかを考えて、あらためて自分の状況を踏まえてみる。「誤りに備える」は、仮に転職で大失敗するとしたらその理由は何だろうと考えてそのリスクをつぶす、といったこと。

このように、不確実性に対しては意外といろんな対処ができるんです。

——この考え方はあらゆる意思決定に応用できそうですね。

はい。そうして不確実性への態度さえ決めておけば、キャリアの打ち手や、それこそそれを選び取る決定力も変わってきます。

シリコンバレーを代表する投資家のピーター・ティールは自身の著書で、「人は時間の投資家である」といったことを述べています。この考え方はキャリアにも当てはまります。つまり、自分の人生の時間をどう投資すれば一番大きなリターンが得られるかを考える、ということです。

その投資方法にはコツコツ積み上げるやり方もあれば、自分のポートフォリオの一部が一気に跳ね上がるスタートアップ的な打ち手も考えられるでしょう。

——しかし、どれだけ対処しても残るのがキャリアの不確実性ですよね。

はい。今、金融業界やIT業界で働いている50、60代の人たちは、結構高給取りです。しかし、それは必ずしも彼らが優秀だったからとか、スキルがあったからだけではなく、業界が伸びるタイミングにたまたまそこにいた、ということだと思うんです。

つまり、身もふたもないことを言ってしまうと、転職って結局、運じゃないですか。だとしたら、キャリアの中でどうやってスキルアップするかを考えるのと同様に、長いキャリアの中でどうやって運を掴むか、ということも考えるべきではないでしょうか。

——必要な対処をして、運が巡ってくるのを待つと。

そうですね。それでも失敗を恐れる人がいると思うのですが、よくよく考えてみれば、多くの人はすでにその備えはできているのではないでしょうか?

仮に転職や起業で失敗したとしても、またその会社に戻ってくるとか、別の会社の友人が誘ってくれるとか、真面目にやってきた30、40代なら、2回くらいは失敗しても救ってくれる環境やネットワークはあると思います。それでもまだ怖いなら、もう少しセーフティネットを作ってからジャンプすればいい。

私が今やっていることも、学生チームのプロダクト開発を支援し、学生同士のつながりを深めることで、学生同士の互助のセーフティネットを作ろうとしている、とも言えます。より強いセーフティネットを築ければ、彼らはさらに思い切った選択、たとえば起業などもしやすくなるはずなんです。

「良い挑戦であれば、失敗しても何とかなる」。そうした環境を自分の身のまわりに作ることが、運を味方につけ、キャリアに挑戦できる人になるための最良の処方箋だと思います。

東京大学 産学協創推進本部 馬田隆明

[取材・文] 鈴木陸夫 [撮影] 伊藤圭


馬田隆明:東京大学 産学協創推進本部。カナダ・トロント大学を卒業後、日本マイクロソフトに就職。製品「Microsoft Visual Studio」のプロダクトマネジャー、テクニカルエバンジェリストなどを務め、その後スタートアップ支援を行う部門「Microsoft Ventures」のメンバーとしてスタートアップ支援に従事。2016年6月より現職。本郷テックガレージを運営する傍ら、主に起業家向けの情報発信を行う。著書に『逆説のスタートアップ思考』。

未来を変えるプロジェクトより転載(2018年4月5日公開の記事

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