アクセルスペース、前人未踏「宇宙ベンチャー」で生き抜いた10年、そして新たな挑戦 —— 中村CEOインタビュー

アクセルスペース

「宇宙ベンチャー」という言葉もないような時代から、宇宙への挑戦を始めた中村友哉CEO。右は、アクセルグローブ計画で打ち上げる予定の衛星の模型。オフィスには、クリーンルームや畳のミーティングスペースなどがある。

「超小型衛星を民間ビジネスにする」。今の時代に聞いても新鮮に聞こえるこの挑戦を、10年前の2008年8月8日に創業し、戦い続けているスタートアップがいる。宇宙ベンチャーのアクセルスペースだ。ただでさえ、急成長を狙うベンチャーの競争環境は過酷だ。加えて、ほぼ誰も挑戦したことのない宇宙ベンチャーとしての10年は、並大抵のことではなかったはずだ。日本と世界の宇宙ビジネスをインサイダーから見てきた中村友哉CEOに、この10年の競争環境の変化と、次のビジネスを聞く。

ウェザーニューズとの出合いは「大事件」

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右下の衛星は、ウェザーニューズと打ち上げた第2弾の超小型衛星WNISAT-1Rの模型。

「超小型衛星を何とか世の中に出したい」。学生時代に約6年間、超小型衛星の開発に携わった中村さん。開発を続けるうちに、超小型衛星を実用化したいと、ビジネスを志した。

2008年に創業し、2013年にウェザーニューズ社の超小型衛星「WNISAT-1」を打ち上げた。民間商用の衛星としては世界初、北極海域の海氷を観測する超小型衛星だった。

当初は、顧客が現れず、ウェザーニューズと出合ったことで、起業が実現した。「(当時は宇宙ベンチャーを創業)できたことが奇跡。ウェザーニューズさんと出合えたことが、会社にとっての1、2を争う大事件」(中村さん)だった。

衛星の打ち上げは決まったが、すぐに壁に突き当たった。「衛星を飛ばすロケットがなかった」のだ。

アクセルスペース

アクセルスペースの社内には、衛星を管理するクリーンルームがある。

大学衛星は盛り上がっていたが、ビジネスとしてベンチャーの小型衛星を打ち上げた事例はなく、どこに掛け合っても「相手にしてもらえなかった」(中村さん)。知人のカナダの大学教授を頼り2011年、なんとかロシアのロケット「ドニエプル」に相乗りが決まった。その後2013年に世界初の民間商用衛星「WNISAT-1」の打ち上げは成功する。

しかし、ここにも壁があった。人工衛星の切り離し順序が最後になってしまったため、実は思い通りの軌道に衛星が乗らず、衛星が地球から近づいたり離れたりする楕円軌道になってしまった。想定より強い放射線にさらされることになり、故障も発生した。しかし、顧客のウェザーニューズは「チャレンジだから、(想定外は)当然ある。次のプロジェクトをやろう、と」(中村さん)と、継続してチャンスを与えてくれた。

会社を維持するだけでは「スタートアップじゃない」

ほどよし

東京大学のプロジェクトで打ち上げた「ほどよし1号機」の模型。

2014年にウェザーニューズ向けの第2弾の小型衛星「WNISAT-1R」プロジェクトを発表。また同年、ビジネス実証用の衛星「ほどよし1号機」を東京大学のプロジェクトで打ち上げた。打ち上げ成功の実績を積み、これで小型衛星ビジネスが軌道にのる……と思ったが、そこにも壁がそびえ立っていた。

「小型衛星で実用的なことができると理解が広がりつつあった。(そうなれば)『うちも衛星を上げてみよう』というところが出てくる前提だった」。しかし、実績を持って見込みのありそうな企業に営業をしても、結局は「ウェザーニューズさんだからできるんですよ」という返事が次々に返って来た。

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アクセルスペースの社内にあるクリーンルーム。衛星や制作、管理の機材が置かれている。

たしかに、超小型衛星のコストは安い。数百億円かかる通常の衛星に比べれば、数億円、100分の1で済む。とはいえ、企業にとっては決して小さくない投資だ。まして、ロケットの契約などを含めると打ち上げまで1〜2年はかかり、また失敗のリスクも当然ある。営業先の担当者レベルでは大いに盛り上がるにもかかわらず、決裁権限のある「上司」を説得できない。

「2014年から2015年ごろですが、これはまずいな、と」(中村さん)感じたと振り返る。

「ウェザーニューズの案件(専用の小型衛星プロジェクト)を、今後何年かごとに受注していけば、たしかに会社は成り立つかもしれない。ただ、それってスタートアップじゃないと思ったんです」(中村さん)。なぜ、起業したか、と振り返ると「世の中の人に宇宙を身近に思ってほしい、我々が撮ってきた衛星のデータをいろんな場面で役に立つようにしたい、という思いがあった」。

そこで、2015年、新たなビジネスモデルに取り組むことにした。2022年までに、50機の超小型衛星を打ち上げ、地表の画像をはじめとする地球の観測データを提供する人工衛星データプラットフォームをつくる「AxelGlobe計画」(アクセルグローブ計画)だ。

2018年末以降 衛星3機を打ち上げスタートする「アクセルグローブ計画」

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アクセルスペースが、データ事業参入を表明した理由は。

アクセルグローブ計画は、性能が均質な小型衛星群によって地球を観測することで、そのデータを蓄積していくものだ。大型衛星では1カ月ごとだったり撮影時刻が変動するなど撮影条件に差が出るが、アクセルグローブの撮影は毎日。また、最終的には地球上の全陸地の約半分という広い地域をカバーできるのも強みだ。中村さんは「(科学的な)解析に耐えうる観測データを(民間に)提供する最初のプレーヤーになる」と意気込む。

計画は、2018年の年末から2019年にかけ、まずは3機を打ち上げ、最後の数年で10機単位を打ち上げる。徐々に実績を積んで、資金を確保しながら、打ち上げていく計画だ。

アクセルグローブ計画のイメージ動画。

アクセルスペースは、2015年にグローバル・ブレインや、SBIホールディングスの子会社などから18億円の大型資金調達を実施した。これまでの累計の資金調達額は約19億円。出資者はすべて、日本をベースにした組織だ。

中村さんは、50機の打ち上げを成功させるには100億〜200億円と、まさに桁違いの資金がかかると見積もる。そのため今後の資金調達については、外為法など関連法規を遵守しつつも「海外資本が入ることは避けられないだろう」と語る。

人工衛星の「製造」にとどまらず、観測データのプラットフォーム化を目指すことには、宇宙産業に手を伸ばす新興国の存在がある。

「(今後、宇宙分野にも新興国が参入する中で)衛星もいつかはコモディティ化します。テレビの製造分野で起きたようなことを、再び衛星分野で起こすわけにはいかない。(衛星データを提供する)サービスの部分を(高度に)作り込んでおけば、新興国が衛星を作れるようになったときに、(それに代わる)新たなサービスを作ろうとは、おそらくならないはずです」

この10年で宇宙産業の風当たりは一変した

tellus

政府は、政府の衛星データをオープンにするプラットフォーム「Tellus」(2018年内のパイロット版)のプロジェクトを開始。Tellusを通じて、データ利用を促す団体「xData Alliance」を2018年7月末に発足させ、アクセルスペースやアクセルデータなど、スタートアップが大企業と名前を連ねた。

中村さんは、この10年の宇宙産業を取り巻く最も大きな変化を「政府の空気」だという。

10年前、宇宙開発は国と大企業が中心だった、しかし、最近では、ベンチャー企業の新規参入を政府が後押しするようになった。2017年に政府が公表した「宇宙産業ビジョン2030」にも、ベンチャー企業の新規参入の課題と支援が明記された。

宇宙産業ビジョン2030

宇宙産業ビジョン2030の概要。

宇宙政策委員会

契機は、2000年代のアメリカの動きだ。テスラのイーロン・マスクのスペースXや、アマゾン創業者ジェフ・ベゾスのブルーオリジンなどをはじめとする、ITビリオネアたちが宇宙事業に参入、民間で宇宙旅行を実現する構想が立ち上がった。米国で徐々に宇宙ベンチャーも登場し、実績を残し始めた。

「さらなる発展を目指して、アメリカのように、ベンチャー企業が宇宙産業のイノベーションに貢献できるよう、政府はベンチャー企業を応援しようと舵を切った」(中村さん)

あくまで記者の推測だが、そこには大企業と政府とで支えてきた既存の宇宙産業だけでは、いずれ世界に勝てなくなる —— そんな危機感もあったはずだ。

そうした政府の後押しもあってか、国内でも徐々に宇宙ベンチャーが登場し始めたと中村さんは言う。

「上場は1つの選択肢」

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中村さんはすでに次のステージを見据えている。「アクセルグローブ計画に一定の目処をつけて、次に飛躍するために、上場は1つの選択肢だと思う」。

中村さんは、「アクセルグローブ計画の“次”を考える時期にそろそろ来ている。どんどん成長する姿を世の中に見せて、宇宙ビジネスの注目度を上げたい」と話す。

創業から10年、当然「上場」について注目する金融関係者も少なくない。

中村さんは、次の大きな飛躍のための「1つの選択肢」として上場も否定しない。「(資金調達に)ベンチャーキャピタルが入っているので、何らかのイグジットは必要。場合によってはバイアウト(買収)も否定するものではありません。ただ、上場は、社会に認められるということ。1つの可能性として、追求していく」との考えだ。

日本のスタートアップの宇宙ビジネスを牽引してきたアクセルスペース。「第1弾のところは何とか来れたかなと思いますが、まだまだこれから。ここ1年で(社員の)人数が倍になり、60人を超えました。今後も、なんとか這いつくばっていかなければいけない。10年目にして、ますます大変です」(中村さん)。

(構成、撮影・木許はるみ 聞き手・伊藤有)

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