企業に属さない。自らのスキルを武器に、しなやかにキャリアを切り開く——。そんなフリーランスの働き方が、かつてないほどに注目を集めている。
個人の価値観の変化だけでなく、大手企業での副業解禁の動きなども追い風に。だが、不安定な収入や仕事獲得の難しさなど、その選択には困難もつきまとう。
フリーランスは、本当に個人を自由にするのか。特有のリスクに「会社か、個人か」の二者択一を超えた仕組みで対応しようとする動きも生まれている。
フリーランスで働く選択肢は注目されているが、思わぬ落とし穴もある。
「最高の働き方」が一変
「20代後半でフリーランスになったころは、最高の働き方だと思っていた」——。
都内のフリーライターの女性(39)は振り返る。元々は大手メディアで社員編集者・記者として勤めていた。経験豊富で、人脈も持っていたことから、独立しても仕事の依頼は途絶えなかった。
「フリーで服飾の仕事をしていた母の影響で、独立に関して世間で言われるほどの不安はなかった。実際やってみたら、好きな仕事に集中できて、時間や場所にも縛られなくて……。それで会社員時代と同水準の収入を得られるのだから、むしろこれ以上の働き方ってないのではないか、と」
しかし、30代になって妊娠した途端、状況は一変する。ひどいつわりのせいで、パソコンに向かっても集中力が保てず、妊娠前は難なくこなせた作業に数倍の時間がかかるようになった。限界直前まで仕事を詰め込んだせいか、早産を経験。キャリアが途絶えることの不安から、産後は歩くことにも不自由するほどの体調の中、2カ月で復帰した。
フリーランスという働き方には産休や育児休業制度がない。(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
「在宅での電話取材でさえ、子どもが泣き出してしまい中断することもあった。相談できる相手がいないのが苦しかった」
夫の地方転勤なども重なり必然的に仕事量をセーブせざるをえず、年収は妊娠前の10分の1にまで激減。自立して輝いていた自分は見る影もなかった。
「家庭や健康上の事情が背景にあっても、取引先から見れば『キャパが小さく、使いづらい』というだけのこと。こういう事態を想定できなかったのが自己責任だと言われれば、そう思う。同業者に取って代わられない専門性を持つことができていれば、不安も少なかったのかもしれない」
企業に属すのでもなく、1人でもなく
収入が安定しにくいのはフリーランスの働き方に付いて回る問題だ。特にフリーランス女性は、現金が給付される育休や産休の法定制度が適用されない。産後の休みは取りづらい。能力とは関わりがないところで、キャリアが大きく揺れる。
クラウドソーシングサービス大手ランサーズ(東京都渋谷区)の実態調査によると、多くのフリーランスがスキル向上への限界、人脈を広げる機会の少なさなど「1人」であるゆえの悩みも訴えている。
特有のリスクに、どう対応するか。企業に属すのでもなく、1人で抱え込むのでもない、ゆるやかな「チーム」を組むという選択肢を見出したのは、フリーで企業の商品開発などに関わる市場調査を請け負うリサーチャー、城みのりさん(45)だ。
2016年に独立して以来、知人の紹介や同業のネットワークを通じて、フリーまたは兼業のリサーチャーによるチームを結成。徐々に規模を広げてきた。メンバーは翻訳やウェブデザイナーも含め2018年8月時点で21人。35〜45歳のメンバーが中心で、介護や子育てで労働時間に制限がある人もいるが、各々の得意領域を活かし、従来、個人では難しかった大型案件も請け負えるようになった。
妊娠・出産など仕事に時間を割きにくい時期があっても、メンバー同士で互いにフォローすることが可能だ。
市場調査会社で正社員として働いていた城さんは、育児との両立に苦しみ、2016年8月に退職した。専門スキルを活かして働くイメージが強いフリーランスだが、まず直面したのは「苦手なことも全て自分でやらなければならないこと」の負担感だったという。
フリーランスのチームを結成し、チームで仕事をこなす城みのりさん。
撮影:加藤藍子
「企画立案・提案書作成、調査設計、実査、分析……。一口にマーケティングリサーチと言っても、多くの工程がある。会社組織では当然のように分担がシステム化されているが、独立した途端、不慣れだったり、苦手だったりして生産性が上がりにくい作業にも、労力と時間を割かなければならなくなる」
個人で受注していた独立当初は、全体工程のうち「調査結果のリポート作成のみ」など、一部を切り出した数万円規模の案件を積み上げるので精一杯だった。一方、チームを組む現在は、数十万円以上の案件を常時6社ほど担当している。
城さんが「クオリティコントローラー」として進行管理を担うことで、状況に応じて業務を差配し、一人ひとりの仕事量もマネジメントできる。
チーム作り促す仕組みも
フリーランスを本当の意味で自由にしていく可能性を秘めた「チーム制」。とはいえ、そもそも個人では互いに連携できるほどの人脈を持っていなかったり、人数は集まっても、城さんのようなディレクションスキルを持つ人材がいなかったりと、課題もある。フリーランスワーカーを多く抱える、クラウドソーシング事業者でもチーム化が進んでいる。
従来、クラウドソーシングのビジネスモデルは、登録企業があらかじめ細分化した業務の一部を、登録する個人(ワーカー)に対して発注するものだった。だが、その前提では切り出せる業務の規模や分野が限られ、単価も低くなる傾向がある。そこへ近年、クラウド上で、受注するワーカー側がチームを組織する動きが活発化しているのだ。
ランサーズは2013年から、ワーカー同士が互いにプロフィールを検索し、ボタン一つで気軽にチームを組織できる「ランサーズマイチーム」機能を導入。同社取締役執行役員の根岸泰之さんは、「独立したばかりだと人的ネットワークもなく、営業の仕方から分からないことも多い。クラウドソーシングのプラットフォームが介在することで、チーム構築の初めの壁を乗り越えやすくなる」と語る。
バックオフィス機能担うサービスも
ランサーズが主催するワーカー向けのセミナーの様子。スキルアップだけでなく交流の場にもなっている
提供:ランサーズ
さらに2018年6月には、フリーランスの“バーチャル株式会社化”を掲げる「Freelance Basics」をスタート。法務・税務など会社でいうバックオフィス業務に当たる機能の一部を、同社の提供サービスによって補う。「チーム構築への抵抗感も減らしたい」として、平均月4回程度開催する専門スキル講座や、コワーキングスペースの提供などを通じワーカー同士の交流を後押しする。
クラウドワークス(東京都渋谷区)も、チーム構築を推進する。とくに案件の進行・品質管理を行うディレクター人材の確保は重要視する。「例えば、依頼企業の注文が多いホームページ制作などは、単純なデータ入力作業を数人に振り分けるような案件と比較して、ディレクターの負担が重い」と広報担当者。
そこで、対象案件を限定し、ディレクター人材の育成にも乗り出した。具体的には、地方在住のワーカーから選出した候補者に対して本社のディレクター業務経験者が研修を実施する。OJTを含む2週間のプログラムで、スキルを習得した上でUターンし、地元を拠点とするチームを取りまとめてもらう。
2018年7月現在、長野県塩尻市や広島市など全国9拠点で展開しているという。
「会社か、個人か」の二者択一を超えたつながりづくり。課題を抱えつつもチャレンジする動きが、個人と事業者の双方から広がっている。
(文・加藤藍子)
加藤藍子:1984年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。全国紙記者、出版社の記者・編集者として、教育、子育て、働き方、ジェンダー、舞台芸術など幅広いテーマで取材。2018年7月よりフリーランスで活動している。
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