9月16日の引退まで1カ月を切った安室奈美恵。彼女の軌跡をたどる“体感型の展覧会”「namie amuro Final Space」(東京、大阪、福岡、沖縄の4会場で9月16日まで開催中)は連日満員御礼状態に。ライブDVDの予約数に至っては100万枚を超え、「音楽映像作品で初のミリオンセールス」という偉業達成のニュースも飛び込んできた。日本人女性アーティストととして初めて「ヴォーグ・ジャパン」の表紙を飾ることも発表された。
そんな中、引退前最後のファッション関連企画として、キャンペーン・アンバサダーを務める「Namie Amuro x H&M」の第2弾が8月21日に発売された。ルーカス・セイファートH&Mジャパン社長が、そこに込めた思いと舞台裏を明かす。
新聞広告で“ラブレター”
モードな雰囲気を湛えた安室奈美恵のビジュアル前で。ルーカス・セイファートH&Mジャパン社長。
引退を発表した安室のもとには、ファッションや化粧品のブランドや商業施設、イベント出演など、多くのコラボ企画のオファーが持ち込まれていた。
そんな中でH&Mは、
「多くの日本人がそうであるように、H&Mのスタッフも、安室さんの音楽や価値観の影響を多大に受けている。日本が誇るスーパースターとしてだけではなく、幅広い世代の女性のロールモデルとして活躍される安室さんに、私たちは魅了されてきた」
「ロールモデルやファッション・アイコンとしての安室さんを支持するだけではなく、安室さんから多くのインスピレーションを受け取っているファンの方々やお客さまに、歴史に残るようなキャンペーンを届けたい」
と、熱烈なメッセージを送り、コラボレーションが実現した。
さらに「単に商品を訴求するだけでなく、安室さんに出演いただくにあたり、私たちが抱いていた思いを多くの人々に知ってもらいたい」との考えから、全国紙の新聞広告(4月10日付)で、安室へのラブレターを披露した。
アジア600店舗の大キャンペーン
「引退までにたくさんのコラボアイテムやキャンペーンアイテムが発売され、どれを買おうか迷うが、手ごろな価格なのでたくさん買えて嬉しい」と話す女性客も。
ゴールデンウィーク商戦に合わせて4月25日に発売したコレクション「Namie Amuro x H&M」第1弾では、日本国内81店舗と香港、台湾、マカオの計約110店舗で発売。渋谷店で180人、日本全国で6400人が行列を作り、香港、台湾でも反響を呼んだ。
これを受けて、安室が第2弾の企画にもゴーサインを出すとともに、456店舗を誇る中国と28店舗ある韓国でも取り扱いを決定。一気にアジア約600店舗で発売する大規模キャンペーン化している。
8月21日には平日にも関わらず、渋谷店では朝4時45分から並んだ女性客を先頭に、600人以上が行列。安室の出身地であり、2018年5月に県民栄誉賞を受賞し、無償で沖縄ブランド「Be.Okinawa」プロモーションに無償で参加(8月16日から引退までの1カ月間)している沖縄では、900人以上が行列。日本全国では82店舗で、合計1万6000人以上が列をなす状態になった。
安室ファンとH&M客の掛け合わせ
H&Mの渋谷店と新宿店には、大キャンペーンビジュアルが登場。
セイファート社長は、「全国全ての店舗に行列ができたと報告を受けている。これは海外のH&Mにも例がない事態だ」と話す。
その背景として「今回いらした客層も、若い方々から高齢者の方々までとても幅広かった。これは安室さんの人間性や、長くショービジネスをされて培われたファンの方々のおかげでもあるし、老若男女、幅広い方々をターゲットに、誰もが手が届く価格でファッションを提供しているH&Mのコンセプトとも合致。両者の強みを掛け合わせた企画になった」と振り返る。
さらに、「今まで接点のなかった新しいお客さまにも来店いただけていると手ごたえを感じている」と続ける。
ちなみに、第2弾の秋コレクションでは、「安室の新しい人生を応援したい」という考えから、「New Me」をインナー・コンセプトに掲げ、トレンチコートやテーラードのセットアップ、ワイドパンツなど、普段のイメージとは異なる、モードでマニッシュ(男性っぽさがあり)ながらもグラマラスな秋のファッションの装いを提案しているのが特徴だ。
また、「安室さんは多くの人々にパワーを与えてくれる存在だった。感謝の気持ちを伝えたい」ということから急遽作成した「My Hero」の刻印入りネックレス(1299円)も人気だった。
お盆明けに変わる日本人
行列や店内には、子ども連れや男性、ティーンズやシニアなど幅広い層が来店していた。
実はH&Mにとって、今回のキャンペーンはもう一つ大きな意味を持っている。
「これだけの秋の大型キャンペーンは、9月か10月に行うのがグローバルでの慣例になっている。けれども2017年2月に日本法人の社長に就任してから、日本ではアイテムもカラーパレットもお盆明けに一気に購買マインドが秋物に変わることに気付いた。それに合わせて今のタイミングで打ち出しができたのが大きな収穫だ」と話す。
21日は30度を超える気温だったが、スタッフたちの心配をよそに、渋谷店をはじめ、多くの店舗で初日にトレンチコート(7499円)やニット(2999円)が売り切れるなど好調な動きを見せた。
H&Mのコラボといえば、日本未上陸だった2004年のカール・ラガーフェルド、2005年のステラ・マッカートニーから始まり、日本上陸時にはコム デ ギャルソン、最近ではアレキサンダー・ワンやバルマン、アーデムなどとデザイナーズコラボを発売して話題を呼んできた。
とはいえ、デザイナーズコラボの取扱店舗数は世界で約200店舗と限られている。今回の「Namie Amuro x H&M」が日本発信の企画で600店舗規模で大キャンペーンを展開できたのは、25年の活動を通じて「アジアの歌姫」になった安室奈美恵のカリスマ力と、H&Mのビジネス力に加え、女性をはじめ多くの人々をエンパワーメントしたいという理念があってこそだ。
少し成長が鈍化しているH&Mの復調への起爆剤にもなりそうだ。
(文・松下久美)
松下久美:ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。2017年に独立。著書に『ユニクロ進化論』。