東北に、宇宙誕生の謎解き明かす「7000億円の実験装置」は実現するか?

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「宇宙誕生の謎を解く」とされる、研究施設の誘致を目指す動きが加速している。

国際リニアコライダー(ILC)と呼ばれる素粒子物理学の実験装置を、総額約7000億〜8000億円かけて岩手・宮城両県にまたがる北上山地に建設する計画だ。

世界中から数千人の研究者が東北に集まってくるとされる、巨大プロジェクトへの東北側の期待は高い。

米欧各国からの「2018年末までに、日本政府として意思を示してほしい」とのプレッシャーもあり、日本側の研究者や東北の経済界は、政府への働きかけやPR活動を強めている。

ただ、建設が決まれば少なくとも10年間、毎年400億円規模の支出が見込まれる。巨額の財政支出を、官邸や財務省はどう判断するのだろうか。

ノーベル物理学賞の2博士来日

ノーベル物理学賞の2博士

8月上旬にはノーベル物理学賞を受賞した2人の博士も来日した。シェルドン・グラショー博士(右)と、バリー・バリッシュ博士(左)。

「日本でILCをつくっていただくことに期待したい」

8月7日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見したバリー・バリッシュ博士は、日本への期待感を語った。

バリッシュ博士は2017年にノーベル物理学賞を受賞。ILCの技術設計書をつくったプロジェクトのリーダーも務めている。

今回、1979年にノーベル物理学賞を受賞したシェルドン・グラショー博士とともに来日した。グラショー、バリッシュ両博士は、松山政司・科学技術政策担当大臣にILCの建設を促すレターも手渡している。

プルトニウムの半減期も大幅に短縮

そもそも、リニアコライダーとはなんだろうか。

リニア(Linear)は「直線」で、コライダー(collider)は「衝突型加速器」だ。

加速器は、肉眼では見ることのできない素粒子や原子を観測するために開発された装置。ILC計画では、全長約20キロの直線のトンネルをつくる。

ILCイメージ図

国際リニアコライダーのイメージ図。全長20キロのトンネルを建設する計画だ。

© Rey. Hori

一方から電子、反対側から陽電子を発射。加速した電子と陽電子が正面衝突した際に、どんな反応が起きるかを研究する。

「ビッグバンに近い高いエネルギーの反応を発生させ、宇宙のはじまりの謎を解く取り組み」とも説明される。

福島の原発事故で出た膨大な放射性廃棄物についても、加速器を使って、原子核の性質を変える「核変換」で、2万4000年とされるプルトニウムなどの半減期を大幅に短縮できるとされる。

加速器から派生する技術として、がんの新たな治療法や発見法なども挙げられる。

加速器を使う実験は1980年代に本格化し、さまざまな新しい素粒子が発見されている。2012年には、スイスにある欧州原子核研究機構(CERN)の衝突型加速器でヒッグス粒子が見つかった。

こうした流れの中で、さらに研究を深めていくために必要とされるのが次世代加速器ILCの建設だ。候補地とされる東北の経済界の期待は高い。

東北・新潟の700社が建設に参加の可能性

東北経済連合会の大江修理事は「単にトンネル工事で地元の土木業界が潤うという話ではない」と話す。

もともと、福岡・佐賀両県にまたがる脊振(せふり)山地と、東北の北上山地が有力候補とされていたが、2013年に研究者グループが「北上が最適」と評価した。

ILCの建設が決まれば、三菱重工、三菱電機、日立、東芝といったメーカーが建設の中核を担うとみられている。

ILC構成模式図

国際リニアコライダーの構成を示す図。

提供:ILC推進プロジェクト

さまざまな部品やセンサー、溶接技術や研磨技術なども世界の最高水準が求められるが、同連合会の調査では、東北6県と新潟県の約700社が、何らかの製品や技術で、建設に参加できる可能性があるという。

ILCでの研究成果を基にした、産業化への期待も高い。大江理事は「ILCの周辺に、さまざまな産業や企業の集積も期待できる。それこそ北上がシリコンバレーのようになるかもしれない」と言う。

一度突き返した学術会議

実は、このILC計画、5年前に日本学術会議から一度突き返されている。

2013年9月、日本学術会議の検討委員会が、投資が巨額になることなどから「時期尚早」と指摘している。当時の学術会議の「所見」は、次のように指摘する。

  • 巨額の投資に見合う、より明確で説得力のある説明が望まれる
  • 国家財政が逼迫(ひっぱく)している中で、長期にわたる巨額の財政的負担の問題をいかに解決するか、政官学が知恵を出し合って国民に支持される持続可能な枠組みを示す必要がある
  • 本格実施を現時点において認めることは時期尚早と言わざるを得ない

当時の所見は、2〜3年かけ、「諸学術分野の進歩に停滞を招かない予算の枠組み」などを含む課題について再検討するよう求めた。

巨大プロジェクトの難しさは、この「諸分野に停滞を招かない」ことにある。

現時点での試算では、加速器の建設にかかる費用は5152億円〜5830億円。人件費なども含めると7355億円〜8033億円とされる。各国の費用負担を考慮すると、日本側が負担する年間の費用は375億円〜409億円ほどになると見積もられている。

およそ400億円を文部科学省の予算でまかなうと、他の分野のプロジェクトの予算が削られることになる。そうなると、学術会議の指摘する他分野の停滞につながりかねない。

難問は巨額の予算

このため超党派の国会議員でつくる「リニアコライダー国際研究所建設推進議員連盟」は、次の2点を基本原則としている。

  • 通常の学術・科学技術予算の枠外で措置する
  • 海外が5割近い分担投資をする

こうなると、最終的には官邸と財務省が新規の巨大プロジェクトに首を縦に振るかがカギになると、関係者たちはみている。

山下了特任教授

国際リニアコライダーの建設計画について説明する、東京大学素粒子物理国際研究センターの山下了特任教授。

ILC誘致活動の先頭に立つ一人、東京大学素粒子物理国際研究センター(ICEPP)の山下了特任教授は「まったく新しい枠組みの予算を確保するのは、そんなに簡単な話ではない。社会、経済界、産業界から広く支援をいただき、政策的な判断をしていただくしかない」と話す。

日本側の判断の一応の期限とされているのは2018年末。欧州では、こうした大型プロジェクトについては5年ごとに計画を見直している。次に本格的な議論が欧州で始まるまでに、日本からはっきりした意思を示しておく必要があるということだ。

バリッシュ博士は「今後、数年のプロジェクトについて、どのように資金配分をするのかを検討する。このプロジェクトの実現性が高くないのであれば、欧州側で承認するのは難しくなる」と説明する。

日本学術会議は、8月10日からILC計画の「見直し案」についての検討も始めた。

最後は政治の判断

仮に学術会議が前向きな答申を出した場合、首相が12月末までに、推進するかどうか最終判断することになる。

建設を推進する研究者らは「ノーベル賞級の成果が次々に生まれる」としているが、最後まで議論が交わされるのは、巨額の費用の妥当性だろう。

8月7日の記者会見。「これだけの巨額の費用を、どうやって納税者に納得してもらうのか」と問われたバリッシュ博士は、こう答えている。

「莫大な金がかかるという事実は否定できない。しかし、人間は赤ん坊として生まれ、子どものときから、世界が、自然が、どのようにつくられているのか知りたいという好奇心に満ちている。これこそが、プロジェクトを推進する最大の理由だ」

(文・写真、小島寛明)

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