NVIDIAと言えば、近年は自動運転向けのソリューションや、AI技術の進展を支えるディープラーニングの学習用のチップを提供する半導体メーカーとして知られるようになってきた。
しかし、NVIDIAで最も売り上げを上げているのは、そのどちらでもない。NVIDIAの売上高に占める比率で最大の事業は、ゲーミング事業。ゲーミングPCと呼ばれるeSportsのプレイヤーやゲーマーが利用するPC向けのグラフィックスボードに搭載されるGPU「GeForce」の販売だ。
NVIDIAの屋台骨を支える「GeForce」の製品発表会が8月20日、ドイツで開かれた。CEOのジェンスン・フアン氏が「10年間温めてきた」と言う、これまで難しいと考えられてきた新しい手法を実現することで、3Dグラフィックスの新しい時代を切り開こうとしている。
利益率60%を超えたNVIDIAを支えるゲーミング事業
一般消費者などを対象に販売されているグラフィックスボード「GeForce RTX 2080 Ti」。9月20日より発売、価格は999ドル(約11万1000円)。
NVIDIAが2018年3月に発表した、FY2018(FYとは会計年度のこと。NVIDIAの会計年度は毎年2月に始まり翌年の1月末に終わる)の決算は、好調な事業や株価を象徴する結果だった。売上高は前年度比で41%増の約97億ドル(約1兆755億円)、利益率を示す売上高総利益率(Gross Margin)は60.2%と、半導体産業の優良企業であるインテルと同じく60%を超えた。
新時代のリファレンスモデル「GeForce 2080」を掲げるNVIDIAのジェンスン・フアンCEO。
ゲーミング事業は、NVIDIAの売上高97億ドルの56%を占める約55億ドル(約6125億円)に達し、文字通りNVIDIAの屋台骨を支える事業と言って差し支えない。その売り上げの多くが、同社が「GeForce」のブランドで販売している、ゲーミングPC向けの半導体(GPU)とそれを搭載したグラフィックスボードだ。
ユーザーが最新のゲームをPCでプレイするときには、NVIDIAやその競合のAMDが提供するグラフィックスボードが性能的に必要になる。一般的なPCで使われているCPUに内蔵されているGPUでは、ゲームをプレイするには十分な性能ではないからだ。
NVIDIAの直近の売上高推移。売上高に占める比率は、ゲーミング事業が圧倒的なことがわかる。
こうしたグラフィックスボードのビジネスは年々成長しており、需要は増す一方だ。その背景には、ネットワーク越しにゲームで対戦する「eSports」が世界的に大流行していることがある。
eSportsのプレイヤーは、少しでも勝負を有利に進めるため、できるだけ高性能なグラフィックスボードを必要としている。
そしてeSportsのプレイヤーに憧れてPCゲーミングの世界に入ってきた人も、それを目指して高性能なグラフィックスボードを欲しがる……そうした好循環の結果として、NVIDIAのゲーミング事業は2017年同期比で21%もの成長を遂げた。
新製品の肝は「現実」並みの超高精度なリアルタイム3D演算
GDC2018 NVIDIA基調講演でのレイトレーシング処理デモ。どう見ても専用につくった映画の1シーンにしか見えなかったが、実はリアルタイムに演算しているCGだった。
出典:NVIDIA「GTC 2018 Keynote with NVIDIA CEO Jensen Huang」より
今回、NVIDIAが満を持して発表した新製品は「GeForce RTX 20シリーズ」だ。発表会見の中で、NVIDIAのフアンCEOは「この製品で3Dグラフィックスを再定義する」と述べ、新製品が大きな技術革新であることを強調した。
技術革新の肝は、レイトレーシングという3Dグラフィックをリアルに描写する手法を、PC用のGPUとしては初めてリアルタイムに利用できるようにしたことだ。
3月にサンフランシスコで行なわれたゲーム開発者イベント「GDC」で公開したNVIDIAのデモは、多くの人の度肝を抜いた。スター・ウォーズのストームトルーパーを、リアルタイムに再生するデモは本当にリアルで、3Dで描画されているというより、スターウォーズ映画の1シーンであるかのように見えた。
GDC2018 NVIDIA基調講演のデモの様子。11:48秒付近より。
ただし、その時にデモに利用されていたコンピュータは、「DGX Station」というハイエンド・ワークステーションだった。DGX StationにはNVIDIAのディープラーニング(深層学習)用ボードの「Tesla V100」が4枚入っていて、価格は約6万8000ドル(日本円で約756万円)だ。
「DGX Station」。見た目は非常に高価な水冷デスクトップPCのようなものだが、性能は極めて高い。
今回NVIDIAがGeForce RTX 20シリーズで導入したのが、RTコアと呼ばれる新しい演算器だ。この仕組みを利用すると、従来製品に比べて10倍以上高速にレイトレーシングを処理できるという。その結果、従来は700万円級のワークステーションでなければできなかったリアルタイムのレイトレーシングを、10万円程度のGeForce RTX 20シリーズで実現可能になったのだ。
700万円が10万円に……そのインパクトは改めて説明するまでもないだろう。
加熱するゲーム向け半導体競争、2020年にはインテルも参入へ
インテル公式アカウント@Intelnewsは6月13日、一言以下のツイートを投稿した。
「@Intelnews:Intel's first discrete GPU coming in 2020: https://intel.ly/2ylFwrl」
このリアルタイムのレイトレーシングの導入を、NVIDIAは周到に準備してきた。ゲーミングPCのOSを提供するマイクロソフトに対して、レイトレーシングをサポートするソフトウェアの基盤の導入を働きかけたり、サードパーティのソフトメーカーに対してレイトレーシングの導入を働きかけてきた。
フアン氏は「このレイトレーシングの実装には10年かけて取り組んできた」と述べ、じっくり準備して、ついに実現した技術であることを強調した。
Battlefield Vでのレイトレーシングの効果。ボンネットに飛行機が映っている。
発表会ではそうしたことを反映して、メジャーなゲームタイトルでレイトレーシングがサポートされたことを明らかにしている。
シリーズの販売が全世界1000万本級の人気タイトル「Battlefield V」では、プレイヤーの視点からは見えないはずの「飛んでいる飛行機の機影」が車のボンネットに反射して表示されている様子や、爆発による炎が水たまりに反射する様子がリアルタイムに表示されるところを見せた。従来の手法ではできなかった、より現実世界に近い描画を実現している。
レイトレーシングをオンにした状態、水たまりに炎が映っている。
同じシーンでレイトレーシングをオフにした状態。水たまりに炎などが反射していない。
ただし、課題もある。NVIDIAは8月22日(現地時間)に、GeForce RTX 20シリーズの前世代と比較した性能を発表した(NVIDIAのWebサイト)。それによれば、GeForce RTX 20シリーズは前世代と比較して約1.5倍の性能向上だという(ソフトウェアがGeForce RTX 20シリーズのハードウェアを活用する改良を行なった場合には2倍になるとNVIDIAでは説明している)。
NVIDIAが公開した、従来のGeForce1080との性能比較。
これまで新しい世代では2倍以上の性能向上を実現してきたのに、今回は1.5倍にとどまるのは、レイトレーシングに対応する機能に半導体の処理能力をふったためだと考えられる。
そこに対してユーザーが不満を持つ可能性はあるが、フアン氏は「レイトレーシングは今後10年の3Dを引っ張る技術だ。我々はGPUを再定義したのだ」と、レイトレーシングこそGPUの未来で、ユーザーがそれを選択してくれるとあくまで強気だ。
もちろん競合も黙って指をくわえている訳ではない。
NVIDIAの長年のライバルであるAMDはNVIDIAよりも進んだ製造技術で製造される新製品を計画しているほか、インテルもこの市場に2020年に参入する予定であることを既に明らかにしている。
技術的ブレイクスルーで先陣を切ったNVIDIAと、追うAMD、そして2年後に競争に加わるインテルのつばぜり合いはますます激しくなっていく。
(文、写真・笠原一輝)
笠原 一輝:フリーランスのテクニカルライター。CPU、GPU、SoCなどのコンピューティング系の半導体を取材して世界各地を回っている。PCやスマートフォン、ADAS/自動運転などの半導体を利用したアプリケーションもプラットフォームの観点から見る。