増加するパワハラ労災認定——あなたのその不調は上司ストレスでは?メンタルだけでなく、体調も

玄関のドアを開ける手が、動かない。部長の顔を思い浮かべると胸が苦しく、汗が噴き出してくる。

「もう、このまま自分がおかしくなりそうだ」

出版社の営業として勤務する男性(34)は、得も言われぬ恐怖感に襲われ、その場に座り込んでしまった。

ストレスで苦しむ男性

パワハラによるストレスはあなたの弱いところに出る。

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昨年異動してきた部長に無視されるようになって2カ月がたつ。きっかけは、接待中に携帯電話をマナーモードにしており、部長からの着信に気づかなかったことだ。翌日、他の社員の前で1時間近くも怒鳴られた。

部長は、全てを把握していないと気がすまないタイプで、その日の出来事の一部始終を報告するよう命じる。ささいなことを取り上げて、「お前なんかが自己判断するな!」と声を荒げる。男性は、ストレスのせいで私生活で引きこもりがちになった。食事はコンビニ弁当かスナック菓子。休日は夕方まで寝てしまい、暗くなってから起きて、自己嫌悪に苦しんでいる。

パワハラストレスは弱いところに出る

横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター長の山本晴義氏(心療内科医)は、2000年に「勤労者心のメール相談」を始めた。職場のストレスにまつわる悩みをメールで受け付け、直接、返信している。2017年は8000件超もの相談が寄せられた。うち1割弱は、冒頭の男性のようにパワーハラスメントと思われる悩みだ。

山本氏によると、パワハラを含む強いストレスを受けた際の反応は、その人の弱いところに現れるそうだ。

「精神面でいえば、うつ症状やイライラ、不眠などが代表的です。体の面では、普段から血圧が高い人は大きなストレスが加わるとより血圧が上がり、動悸を感じやすくなります。消化器系が弱い人は下痢、胃痛、吐き気。通勤電車で腹痛を感じる過敏性胃腸症候群も珍しくありません。呼吸器系では呼吸困難、過呼吸などがあります。いずれの場合も、症状が出る前の対策が肝心です」

山本氏は、明らかに病的な症状がある場合は医療機関の受診を勧める。

ウォーミングアップ中の女性。

起床時間や食生活が乱れると症状は悪化するから、まずは規則正しい生活が大切。

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並行して、ストレスに対する“気づきとのセルフコントロール”も必要だと説く。ストレス要因を特定し、自分で対処する方法を考えるのだ。上司のパワハラがストレス要因だとしても、すぐに人事異動できるとは限らず、キャリアを考えると休職は慎重を期すべきだからである。

「ストレスを週末まで持ち越さず、その日のうちにストレスを解消する『1日決算主義』を勧めています。パワハラで悩む人は、帰宅しても、寝ていても上司の顔が浮かんできますが、意識的にオンオフの区別をつけ、自分の時間を大事にすることで症状が和らぐ場合があります。この相談者のように、食生活や起床時間などが乱れていると症状が悪化しますから、規則正しい生活を心がけることも大切です」

理不尽な体験による怒りは長く続く

ただ、パワハラの内容が苛烈で、心身に大きな影響がある人には、労働基準監督署への相談を促すそうだ。

厚生労働省の発表によると、ハラスメント(職場での嫌がらせ)で労災が認定されるケースは増加している。2017年に仕事が原因の精神障害で労災認定を受けた人は506人で、初めて500の大台に乗った。精神障害の要因は「嫌がらせ、いじめ、または暴行」が最多で、前年比14人増の88人である。

精神科医で東京労働局労災部会委員を務める田中克俊氏(北里大学大学院教授、日本うつ病センター理事)はこう語る。

「従来は、人格や人間性を否定する言動があった時にハラスメントと見なされていました。しかし、最近はパワハラの解釈が広がり、本人が不快なことを何度も繰り返す『執拗性』が重視されています。例えば、先輩女性社員の『あなたまだ結婚しないの? 結婚っていいわよ、子どもはかわいいわよ』という発言も、それが連日で、本人にとって著しく苦痛であればパワハラになる可能性があるのです」

労災申請だけでなく、ハラスメントを理由に損害賠償を請求する民事訴訟を起こす人もいる。会社側の対応にネガティブな感情を抱いている場合に多い。

「ハラスメントを受けて理不尽な思いをすると、人には自動的に怒りの感情が強く出現します。理不尽さに基づく怒りはその後も強く長く続くため、普段は訴訟など考えないような人でも、訴訟に踏み切ることがあるのです」(田中さん)

証拠集めには録音やメール

PCでメールを送る男性

メールの履歴は証拠となり得る。

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裁判で有利に争うには、客観的な証拠を保全しておくことが重要である。パワハラ上司の言動をこっそり録音したものは有効なのだろうか? 近畿大学法学部教授の三柴丈典氏はこう話す。

「本人の同意のない録音は、基本的には違法収集証拠です。しかし、公正な裁判のために必要だと裁判所が判断すれば、証拠採用されることが多い。被害者はもちろん、加害者の濡れ衣を着せられそうな人も録音しておくほうがいいでしょう」

録音機の持ち込みができない場所だったり、そもそも録音機がなかったりする場合は、速やかにメモをとることだ。

「証拠としての能力は少し落ちますが、パワハラの状況を具体的に記録したメモは有効です。ポイントは、パワハラの現場を離れてすぐ、なるべく時系列で5W1Hに沿って書くこと。相手の言ったことを感情的に羅列するだけでは裁判所で信用されないので注意しましょう」

また、パワハラの相手との連絡は、なるべくメールを使ったほうがいい。日時がしっかり残るメールの履歴は、裁判で証拠として採用されることも多いという。

「何通もやりとりがあれば、書いている人の成熟性や理性が第三者にも分かります。必要なタイミングで必要なメールを送っているのに、パワハラの相手が返信を拒否していれば、不誠実な行動であると見なされます」

パワハラを受けている最中は、「どうすることもできない」「誰も分かってくれない」という視野狭窄に陥ることがある。しかし、積極的に相談したり、自分自身のものの見方を変えてみたりと、打つ手は複数あることを覚えておきたい。

(文・越膳綾子)

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