「携帯料金は4割下げられる」発言の真偽。大幅値下げの大きすぎる副作用とは

スマートフォン 販売

日本の携帯電話の買い方・使い方に、あらためて疑問が投げかけられている(写真はイメージです)。

撮影:小林優多郎

「携帯料金は4割程度の値下げ余地がある」

菅義偉官房長官の発言が、携帯電話業界で波紋を呼んでいる。

NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクといった大手3キャリアは国内企業の中でもトップクラスの利益を上げており、公共の電波を利用して「儲けすぎ」との批判は根強くある(下のグラフのうち、ソフトバンクだけはモバイル部門を含めたグループ全体の数字、直接比較はできない)。

一方で、政府が料金値下げを直接的に指示することにも、異論が巻き起こっている。果たして「4割値下げ」は可能なのか、またそれによってどのような影響があるのか、これまでの業界動向を整理したい。

「4割値下げ余地」発言に困惑するキャリア

国会議事堂

政府は3キャリアに対し、さらなる値引きを暗に求めている。

撮影:今村拓馬

菅官房長官は、「4割値下げ余地」について8月21日の札幌市内での講演で発言した後、8月27日の記者会見でもあらためて言及したことが報じられた。

その根拠として、日本の携帯料金はOECD加盟国平均の約2倍との報告を受けたという。また、菅官房長官は2019年10月にMNOに参入予定の楽天が、既存事業者の半額程度に料金を設定することも根拠として挙げている。

※OECDとは:
経済協力開発機構、Organisation for Economic Co-operation and Developmentの略。国際経済について議論を進めるアメリカやヨーロッパ諸国など36カ国が加盟する国際機関。日本は1964年から加盟。

※MNOとは:
自社で通信設備を所有する移動体通信事業者(Mobile Network Operator)のこと。日本では現在、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社を示す。

この発言に対し、困惑を隠せないのが3キャリアだ。2015年に安倍晋三首相が携帯料金の値下げを指示したことを発端に、総務省の指導に基づいた取り組みを進めてきたからだ。

総務省は、大手キャリアから帯域を借り受けて通信サービスを提供するMVNOの拡大を推進。楽天モバイルやmineoを始めとするMVNO各社は、無駄なサービスを省いた「格安スマホ」「格安SIM」を打ち出してきた。

※MVNOとは:
自社で通信設備を持たず、MNOから借り受け事業を展開する仮想移動体通信事業者(Mobile Virtual Network Operator)のこと。

この動きに対し、NTTドコモは対象端末の契約で毎月1500円(税抜)を割り引く「docomo with」、KDDIは利用したデータ量に応じて料金が変動する「ピタットプラン」など、利用形態に応じて割安に使える新たな料金プランを2017年に追加している。

docomo with

NTTドコモは「docomo with」を2017年に開始(写真はNTTドコモの吉澤和弘社長)。

auピタットプラン

KDDIのauは段階制の新料金「ピタットプラン」を発表した(写真左は田中孝司前社長、現在は会長)。

ソフトバンクとKDDIは、いわゆる「サブブランド」も展開してきた。ソフトバンクは低価格ブランドの「ワイモバイル」を、KDDIはグループ会社のUQコミュニケーションズがMVNO「UQ mobile」を拡大させており、大手キャリアとMVNOの間に位置する料金と充実したサービスによる「いいとこ取り」を狙ってきた。

ワイモバイル

ソフトバンクはサブブランドとして「ワイモバイル」を展開する(写真はソフトバンクのY!mobile事業推進本部本部長を務める寺尾洋幸氏)。

菅官房長官の発言に対する3キャリアの反応も横並びとなった。

NTTドコモはdocomo withやシンプルプランなどを提供していることを挙げ、「今後もお客様の要望に応じて料金プランの見直しや拡充を進めていく」(同社広報部)と静観の構えだ。

KDDIも新料金プランであるピタットプランなどの存在を挙げ、これまでも値下げに取り組んできたことを主張。「毎年、5000億円を超える設備投資を行っている」(同社広報部)と設備投資の大きさを強調した。

ソフトバンクも「引き続きお客さまにとってより良いサービスを検討していく」(同社広報部)と語っている。

今後の収益悪化が嫌忌されたのか、3キャリアの株価は下落傾向にある。

だが、各キャリアは株式を上場する民間企業であると同時に、国民の財産である電波を使用する許認可事業として総務省の監督下にある。料金プランを含め、総務省の方針に沿って事業を展開してきただけに、政府がさらなる値下げを指示できるのか、疑問の声が上がっているのが現状だ。

「日本の携帯料金は高い」は本当か

今後の争点になりそうなのは、「4割」の根拠だ。そもそも日本の携帯料金は本当に高いのだろうか。

総務省が公開している「電気通信サービスに係る内外価格差調査」(平成28年度)から、明確な結論を導くことは難しい。データ容量や端末の割賦代金を考慮しても、日本はアメリカより安い傾向にあり、欧州との比較では同等か高い場合もある、といった水準に収まっているからだ。

また、キャリアのサービス品質は国ごとに大きく異なるため、単純な金額比較は難しい。北米や欧州、アジアに出張の多い筆者の実感では、日本の大手キャリアの品質は世界的に見ても高い水準にある。

例えば、東海道新幹線では大阪までほとんど途切れることなくLTEを利用できる。ところが、ドイツの高速鉄道ICEでは、都市部を外れるとすぐに3Gよりも遅い2Gに落ちてしまう。日本の地下鉄では走行中もLTEでつながるが、ロンドンでは地下鉄駅そのものが圏外になる、といった具合だ。

日本のLTE

夏休みに訪れた福島のローカル線では圏外になったが、駅に近づくとLTEに入った。サービス品質は世界的に見ても高い。

このように品質の高さを考えれば、日本の携帯料金は決して高くはないと筆者は考えている。だが、日本の消費者が納得しているかどうかは別問題だ。

最近ではなりを潜めているが、不要なオプションを抱き合わせで契約させる「レ点商法」や、MNP獲得のための過大なキャッシュバックなどを背景に、「必要以上の料金を払わされている」と感じている消費者は少なくないからだ。

しかし、こうした背景を考慮しても、大手キャリアの「4割値下げ」は副作用が大きすぎるという問題がある。

それが、総務省が推進してきたMVNO各社の存在だ。MVNOが格安スマホ市場へ次々と参入した背景には、大手キャリアの携帯料金は一定の高い水準にとどまるだろうという見立てがあった。大手キャリアが4割値下げを断行すれば、この前提が崩れることになる。

MVNO各社は菅官房長官の発言をどう見ているのか。MVNO 3社の広報担当に問い合わせてみた。

・UQ mobile(UQコミュニケーションズ):
大手キャリアが値下げした場合は、競争が激化することが想定される。

・mineo(ケイ・オプティコム):
総務省や情報通信審議会の動向に注視していく。

・IIJmio(インターネットイニシアティブ):
仮に大手キャリアの携帯料金が単純に引き下げられるのであれば、MVNOの接続料にも変化が反映されるのではないか。

一方、MVNO事業を展開しながら、2019年10月にMNOにも参入する楽天は、「市場動向に関わらず、引き続き安価で安心して使っていただける品質を維持する」と回答。MNO事業への影響は「詳細は現在検討中。MVNOと同様、お客様にご満足いただけるサービスを提供できるよう準備を進めていく」と回答した。

大手キャリアの値下げにより帯域の卸値が下がったとしても、MVNOにとっては厳しい局面が待っている。その背景にあるのがコストの増大だ。当初はリテラシーが高く、手間のかからない層が中心だったが、格安市場に流入するユーザーが増えるにつれ、大手キャリア並みのサポートを求める声が高まっているという。

いま、大手キャリアの販売店には「Apple IDを忘れた」など初歩的なトラブルを抱えたユーザーが殺到しており、数時間待ちの光景も珍しくない。その一部が、そのままMVNOに向かいつつあるというわけだ。

こうした状況で大手キャリアが値下げを断行すれば、MVNOは撤退の危機に瀕し、日本でも拡大を始めた格安スマホ市場を丸ごと潰しかねないというわけだ。

格安市場やインフラ投資を含めたバランスの良い議論を

ドコモ 料金プラン

ドコモは既存プランの組み合わせで「4割DOWN」をアピール。

出典:NTTドコモ

菅官房長官の発言を受け、8月24日にNTTドコモはdocomo withの対象端末に「iPhone 6s」を追加した際、「シンプルプラン」や「ベーシックシェアパック」を組み合わせることで月額料金が「4割安くなる」との説明を加えてきた。

関連記事:ドコモ「新機種iPhone6s」投入で“格安スマホ潰し”が加速 —— docomo withが端末拡充

ソフトバンク 新プラン

ソフトバンクは8月29日、動画やSNSなどをよく使うヘビーユーザー向けプランと、毎月のデータ使用量の少ないライトユーザー向けプランの2つを発表した。

出典:ソフトバンク

対するソフトバンクは8月29日に、動画やSNSの使い放題を含む新料金プラン「ウルトラギガモンスター+(プラス)」と、端末と回線を分離した段階制料金プラン「ミニモンスター」を発表。プランの検討にかかる時間を考えれば、菅官房長官の発言前から準備を進めてきたものとみられるが、結果としてタイムリーな発表となった。

KDDIはすでに同様の段階制プランや「Netflix」とのセットプランを提供しているものの、今後はプランの新設や追加の値下げに踏み切るのか、判断を迫られることになる。いずれにしても何らかの形で「4割値下げ」を先取りしたアピール合戦が始まることは間違いないだろう。

長期的な視点では、2020年に商用サービスが始まる次世代通信「5G」に向けた設備投資にも注目したい。

5Gは携帯電話やスマホだけでなく、あらゆるモノがネットにつながるIoTのインフラとしても利用される。電波は目に見えないが、膨大な数の基地局に支えられており、そこに投資を続けていくことは日本の国力にもつながってくる。

すべての消費者が、自分の必要とするサービスを適切な料金で使えることはもちろん重要だ。それに加えて、格安市場の拡大や5Gインフラ投資にも目を向けたバランスの良い議論を期待したい。

(文、撮影・山口健太)


山口健太:10年間のプログラマー経験を経て、2012年より現職。欧州方面の取材によく出かけている。著書に『スマホでアップルに負けてるマイクロソフトの業績が絶好調な件』。

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